第29話 勇猛無比(後編)


---三人称視点---


 リーファは手にした聖剣を振り上げて力のある限り振った。

 するろ聖剣から魔力の波動が放たれて真空波と化した。

 放たれた真空波は風と空を裂いて帝国の銃兵と砲兵に襲いかかった。


「な、なんだ! 何が起きたぁっ!?」


 敵からすればこの状況下で混乱するのは当然であったが、

 この機会を逃すまいとリーファは敵の放つ銃弾と砲弾をひらりと躱しながら、

 ひたすら聖剣を縦横に振るう。


 聖剣から放たれた真空波が風の刃となり、

 敵兵を次々と傷つけ、更なる混乱を呼び起こした。

 この絶好の機会を物にせんと連合軍の弓兵と銃兵隊も後に続く。


「な、何だ! 何が起こっている!?」


 帝国軍の中隊長オリアは思わず、そう叫んだ。

 状況を呑みこめないまま、それでも隊長としての義務を果たすべく、

 オリアは兵を鼓舞する為に怒号をあげたが、この状況下では意味をなさなかった。


 リーファが手にした聖剣から放たれる真空波は物質的損害だけでなく、

 敵の士気と戦意を低下させた。

 弓兵と銃兵隊も手にした弓、弩と魔法銃で次々と敵兵を黄泉の世界へと送る。

 これによって勢いが連合軍に再び傾いた。

 そして止めを刺すべく、リーファは火炎魔法の詠唱を始める。


「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! 行くわよぉっ!! 『フレアバスター』」


 リーファは左手に魔力を集中させて、前方目掛けて、大声で砲声する。

 次の瞬間、リーファの左掌から眩く輝いた光炎フレアが放出された。

 リーファの聖王級せいおうきゅうの火炎攻撃魔法。 

 更にソウル・リンクで威力が強化されたこの一撃は絶大な破壊力で、

 帝国軍の銃兵隊と砲兵を地獄の業火の如く、焼き殺した。


「う、うあああぁっ!!」


「あ、熱いっ!? あ、あ、あ、熱いっっ!!」


 爆音と爆発が生じて大地震でも起きたかのように、地面が激しく振動する。 

 更には魔力反応『熱風ねっぷう』が発生。

 今の一撃だけで数十人、いや百人以上の銃兵隊と砲兵が焼き殺された。


 だがリーファは容赦はしない。

 更に追い打ちをかけるべく、次なる手を打った。


「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! 止めよぉっ!! 『スターライト』」


 リーファが次に詠唱したのは英雄級の光属性の攻撃魔法。

 呪文を紡ぎながら、リーファは左腕を大きく引き絞った。

 それから左手に莫大な魔力を篭めて、前方に突き出した。

 次の瞬間、リーファの左手から迸った光の波動が流星のような速度で前方の敵を捉えた。


 その光の波動が一発、二発、三発と前方の敵集団に命中。

 これにより魔力反応が『熱風』から『太陽光サンライト』に変化する。


 凄まじい衝撃音が周囲に轟き、大気が激しく揺れた。

 前方の帝国兵達は光の渦に呑まれて、

 断末魔のような悲鳴を上げるが、光の波動は暴力的に渦巻き、

 帝国兵の身を焦がし、その生命力を次々と奪う。

 

 リーファのこの連撃で数百人単位で帝国兵が死に追いやられた。

 だが怒りよりも死に対する恐怖、あるいは生存本能に火がついた

 帝国兵は蜘蛛の子を散らしたように、四方八方に逃げ回った。


「くっ……流石に魔力を使いすぎたわね」


 大量の魔力を消費して、わずかに身体を揺らすリーファ。 

 だがそれと同時にアストロスが――


「お嬢様、私の魔力を分け与えます!

 行きますよっ!! 『魔力マナパサー』ッ!!」


、アストロスが魔力マナパサーを発動。

 彼は自分の半分の魔力をリーファに分け与えた。

 これでリーファの消耗した魔力も補充された。


「アストロス、ありがとうっ!!」


「お嬢様、まだ戦いは終わってませんよ」


「……そうね」


「アストロスさん、ジェインちゃん。

 ボクらも魔法攻撃で敵に追い打ちをかけましょう」


「了解です」「了解だワン」


 エイシル達はそう言葉を交わして、両手で印を結んだ。


「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! 行きますっ!! 『サイキック・ウェーブ』」


「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! せいっ!! 『ワールウインド』」


「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。 

 我に力を与えたまえ! 行くよんっ!! 『ストーンシャワー』」


 エイシル、アストロス、ジェインも魔法攻撃で敵兵に追い打ちをかけた。

 強力な念動波が命中するなり、

 標的となった者は両眼と両耳から血を流して、地面に倒れ込んだ。


 アストロスとジェインの旋風と石の雨が敵集団を更に追い込み、

 それに続くように他の魔導師達も魔法攻撃を浴びせ続けた。


「よし……この機を逃すな。

 傭兵及び冒険者部隊は先陣に切って、敵を殲滅せよ!」


「アストロス、エイシル、ジェインッ!

 私達も後に続くわよっ!!」


「「はい!」」「ウン」


 傭兵隊長ジャックやリーファがそう命じると、

 傭兵及び冒険者部隊が怒涛の勢いで突撃を開始。

 たちまち恐るべき怒号となり、人々の戦いの手を更に激化させた。


 先陣を切る傭兵隊長ジャックと戦乙女ヴァルキュリアリーファ、

 アストロス、ジェインらが手にした武器で次々と標的を仕留めていく。

 この猛攻によって帝国側の陣形は無残なまでに崩壊した。


 それを後方の本陣で観ていた女将軍ネイラールは――


「このままだと全滅しかけないわね。

 連合軍の勢いが今までないくらい凄いわ。

 ……どうしてこうなったのかしら?」


 すると副官のドーラが彼女の問いに答える。


「どうやら敵には噂の戦乙女ヴァルキュリアが居るようです」


戦乙女ヴァルキュリア? あの伝説の?」


「ええ、なんでも追放された貴族令嬢が試練を

 受けて戦乙女ヴァルキュリアになったという噂があります」


「へえ、その女……なかなか骨があるじゃない」


「それでネイラール将軍。

 ここからどうように軍を動かしますか?」


 副官の問いにネイラールはしばし考え込んだ。

 正直言ってここから戦局を巻き返すのは難しいだろう。

 だが皇帝から預かった貴重な兵を無駄に浪費する訳にもいかない。


 彼女はガースノイド帝国の前身のガースノイド共和国時代から

 皇帝ナバールに取り立てられて、今の地位を築くことが出来た。

 彼女は未だにその事に深い恩義を感じていた。


 ダークエルフであったネイラールは幼少期から周囲に忌み嫌われて、

 ダークエルフの小さなコミュニティの中で生きてきた。、

 だが皇帝ナバールは、共和国第一統領時代にそんな彼女を

 共和国軍の軍人として取り入れられた。


 その後はネイラールはナバールと共に最前線で戦い続けて、数々の戦果を上げた。

 ナバールは周囲の反対を押しのけて、ネイラールを将軍に任命した。

 自分が今こうして軍を指揮する立場に居るのも全て皇帝陛下のおかげだ。


 だから私は最後まで、皇帝陛下の為に戦う。

 ネイラールはそう胸に深く刻み込んでドーラに指示を出す。


「ここから私が一万程、兵を率いて前線に出るわ。

 私が敵を食い止めて、タファレル達を後退させるわ。

 ドーラ、そしてアナタはその間にタファレルの部隊や

 残された兵士達をジェルバに設置した転移魔法陣で

 この戦場から撤退させて、これは将軍としての命令よ?」


 予想外の言葉にドーラも目を瞬かせた。


「しかしそれでは将軍は……」


「そうね、戦死するかもね」


 と、ネイラールは淡々とそう告げた。

 

「……私もお供します」


「駄目よ、アナタは私の代わりに撤退部隊を率いて、

 ジェルバから無事に脱出させて頂戴」


「……将軍、この際ですからジェルバに火を放ちますか?

 貴重な軍艦などをみすみす敵に渡す必要はないと思われます」


 だがネイラールはドーラの進言を跳ね除けた。


「駄目よ、兵は別として市民まで巻き込むような

 真似をしたら、今後の帝国の統治に問題が生じるわ。

 でもそうね、出航出来きそうな軍艦に撤退兵を

 乗せて、そのまま帝国領の港へ逃げ込むのもいいわね」


「……了解しました。

 私の出来る範囲で全力を尽します」


「ええ、そうして頂戴」


「ところで将軍はこの後どうします?」


「そうね、兵を率いて全力で敵を食い止めるわ。

 その際に可能ならば、戦乙女ヴァルキュリアに一騎打ちを挑んでみるわ」


「……一騎打ちですか? はたして相手は受けるでしょうか?」


「さあ、どうかしら? でも私は何となく受けると思うわ」


「……それはどうしてですか?」


 するとネイラールは僅かに口の端を持ち上げた。


「若くして戦乙女ヴァルキュリアになる女よ?

 きっと並の神経の持ち主じゃないわ。

 そして大衆の面前で私を倒せば自分の株も上がる。

 だから私は一騎打ちを受けると踏んでいるわ」


「そうですか、将軍は勿論勝つおつもりですね?」


「当然よ、私もまだ死ぬには早い年齢。

 ここで戦乙女ヴァルキュリアの首を土産に

 帝国へ凱旋してみせるわ。 だからドーラ、心配は無用よ」


「はい、将軍。 さよう……ありがとうございました」


 ドーラはそう言って、踵を返した。

 彼女の後ろ姿を目で追い、ネイラールはしばし考え込んだ。


 ――皇帝陛下、今まで受けた恩を返させて頂きます。

 ――ですが私もただで死ぬつもりはないです。

 ――そして帝国の天敵になりそうな戦乙女ヴァルキュリアを……

 ――この手で必ず倒してみせます。


 そして彼女は周囲の部下達を鼓舞するように大声で叫んだ。


「勇気と闘志がある者は私について来い!

 そして共に皇帝陛下の為に戦おうではないか!」


 それに対して周囲の部下達の反応は様々であったが、

 ネイラール自身は興奮で胸を高ぶらせていた。

 

 ――戦乙女ヴァルキュリアよ!

 ――この帝国の女将軍の力を見せてくれよう!


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