第21話 困惑気味な悪役王子と憤る悪役令嬢


---三人称視点---



 若き戦乙女ヴァルキュリアやラミネス王太子の活躍の噂は、

 王都アスカンブルグにまで鳴り響いていた。

 多くの者がリーファやラミネス王太子の事を称えたが、

 それを面白くないと思う者達も居た。


 言うまでもない。

 第二王子ナッシュとリーファの元義妹のマリーダである。

 

 二人はいつものように、

 王都の人払いされた離宮の一室で密会していたが、

 マリーダは憤りを隠さず、喚き散らしていた。


「ああぁっ……何であの女がもてはやされてるのよっ!?

 修道院にでも行ったと思っていたら、

 まさか伝説の戦乙女ヴァルキュリアになるなんてっ!!

 不愉快だわ、不愉快、不愉快……ああぁっ!?」


「ま、まあマリーダ、少し落ち着きたまえ!」


 困惑気味なナッシュ王子が猫なで声でマリーダを諫めるが、

 マリーダは右手の親指の爪を噛んで、身体を震わせた。


「こんな事になるなら、追放した時点で暗殺者を送るべきだったわ」


「い、いや……流石にそれはやり過ぎじゃないか?」


 宥めるナッシュ、マリーダはそんな彼を睨み返した。

 その表情から普段の可愛らしさは微塵もなかった。

 だがある意味これが彼女の本性とも言えた。


「甘いっ! 甘いですわ、ナッシュ様。

 貴方もあの女の性格はご存じでしょうが……。

 多分、あの女は既に王太子殿下を籠絡してますわ。

 それ以外の各国、各種族の重鎮とも良い仲になってる筈よ」


「い、いや私の密偵の話だと、

 あの女は兄上の求婚を断ったらしいが……」


「……ほら、やっぱり私の云った通りじゃない!!」


「い、いや……だがこれであの女は死ぬまで母国と

 サーラ教会の為に戦う事になるであろう。

 だから君が心配しているような問題は起きないだろう」


「甘い、甘すぎるわ!!」


 柳眉を逆立てて喚くマリーダ。

 この彼女の姿を見て、ナッシュも困惑していた。


(な、何だこの女? とんでもない癇癪持ちじゃないか。

 普段の姿はよそ行きの姿だったのか?

 ま、まさかこんな性格とは思いもしなかった)


「――ちょっと私の話を聞いてますの?」


「えっ? ああ、すまん。 少し聞きそびれていた」


「……ナッシュ様、私が大袈裟に騒ぎ過ぎとか思ってませんか?」


「……そんな事はないさ」


 と、表情をひくつかせるナッシュ王子。

 するとマリーダは「ふん」と鼻を鳴らして、

 ヒステリックに言葉を並び立てた。

 

「ナッシュ様、あの女の性格を分かってないですわね。 

 どういう形であれ私達があの女を追放した事実は変わらないわ。

 そして何故あの女が戦乙女ヴァルキュリアになったのかは

 分からないけど、あの女が戦場で活躍しているのは事実だわ。

 そうなれば周囲の反応や評価も自然と高まりますわね?

 この辺の話は流石にお分かりになりますよね?」


 マリーダの物言いにナッシュ王子もムッとした表情になった。

 彼は他人には上から目線でものを云うが、

 他人にそういう態度で意見される事は何よりも嫌いであった。


「……無論分かっているさ」


 ナッシュは不機嫌な声音を隠さなかった。

 だが興奮していたマリーダはそんな事すら気づかない。


「端的に言いますわよ。 あの女は今やサーラ教会や連合軍にとっては、

 欠かせない戦いの道具、そしてあの女の性格ならば、

 そういう状況を利用して私……私達に復讐を試みするでしょう」


「……確かにその可能性は高いな」


「ナッシュ様、他人事ひとごとじゃないですわよ?」


「……どういう意味だ?」


「貴方の兄上――ラミネス王太子があの女を利用して、

 国王陛下亡き後に起こる後継者争いで、

 貴方を、私達を不平分子として排除する可能性が高いわ」


「なっ!?」


 マリーダの言葉に思わず息をのむナッシュ。

 

(た、確かにあの男――兄上のやりそうな事だ)


 これまではどこか他人事と思っていたナッシュだが、

 マリーダの言葉で見たくもない未来を見せられた気分に陥った。

 その姿を見て、マリーダが再び「ふん」と鼻を鳴らした。


「これは色々と根回しをする必要がありますわね。

 ナッシュ様、国内に残った軍隊を懐柔する事は可能かしら?」


「えっ……? い、いや王国軍はほぼ兄上がまとめあげている。

 そりゃ何人かは買収できるだろうが、

 軍全体を掌握するのは不可能だ……」


「……そうですか」


「嗚呼……」


 マリーダの問いに力なく答えるナッシュ。

 するとマリーダは胸の前で両腕を組んでそっぽを向いた。


(……頼りにならない男。

 でもこの状況はマズいわ、なんとか手を打たないと……)


(こうなったらこの男を捨てて、

 ラミネス王太子に鞍替えする……のは流石に無理ね。

 ならばこの男の首を差し出して、

 私自身の身の安全を図る、という手もあるわね)


(でもその時、あの女がどういう手段を使ってくるか、

 分からないわ、……全くあの女は何処までも私の

 邪魔をしてくれるわ、本当に不愉快だわ)


 と、一人自己保身を図るマリーダ。

 だがナッシュにも彼女が何かを企んでいる事が分かった。

 これに関してはマリーダの態度があからさまであったが。


「だが君の云うようにこのままでは我々が破滅する危険性がある。

 だから私も王族および諸侯の貴族を口説いて、

 我々の味方に引き入れるように努力してみせよう。

 マリーダ、君も周囲の者を説得して、味方につけてくれないか?」


「……そうですわね、とりあえずやってみますわ」


 気のない返事をするマリーダ。

 それに対してナッシュは不快感を露わにした。


(……何だ、この女。 私は、俺は仮にも第二王子だぞ?

 この態度赦せない、なんだがあの女――リーファより

 この女の方に腹が立ってきた。 いざとなれば

 この女を毒殺するというのも有りだな。

 その後にしらを切れば、兄上も俺を殺す事はないだろう)


(まったくあの女といい、この女といい俺の周囲には、

 ろくな女が居ない、どいつもこいつも気に入らない。

 俺は第二王子だぞ? 皆、黙って俺に従えばいいのだ!)


 お互いに自己中心的な考えをするが、

 現実がすぐ変わるわけでもない。

 だがある意味この二人はお似合いの関係と云えた。


「……マリーダ、私は早速根回しの準備をする。

 だから今夜はこれくらいでおいとまさせてもらうよ」


「……ええ、ナッシュ様。 お疲れ様でした」


「……嗚呼」


 既に二人の間には愛情が失せていた。

 でもそれも仕方ない事である。

 彼、彼女は他者を愛するより、

 自己を愛する事を何よりも優先していたからだ。


 しかしまだ互いに利用価値がある状況。

 なので二人は互いに疎ましく思いながらも、

 自己保身と浅はかな野望の為に相手を利用すべく、

 この歪な婚約関係を続けるのであった。

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