第22話 御前会議(前編)


---三人称視点---



 ガースノイド帝国の帝都ガルネスに陣取るガルネス城にて、

 御前会議に指定された会議室にはすでに多くの将帥達が席についていた。

 帝国将軍と元帥と称される者のうち、将軍四名が既に待機していた。


 他の将帥の視線を感じながら、

 女性ダークエルフのビアンカ・ネイラール将軍は、

 彼女の指定席である左側の中央の席に腰掛け手鏡片手に、

 クリーム色のストレート・ヘアの手入れをしている。


 右隣では二十七歳のヒューマン男性ハーン将軍が腕組みしながら、

 主君の出現を待っていた。

 中年の男性竜人族のシュバルツ元帥は、

 無表情のまま右側の角の席に座っていた。


「……御前会議室で髪の手入れとは相変わらずですな」


 そう一石投じてきたのは、

 ネイラール将軍の丁度真正面に座る中年ヒューマン男性のヴィクトール・ラング将軍であった。ラング将軍は顎髭を指で摘みながら、ネイラール将軍の顔をマジマジと見ていた。


 ネイラール将軍は相手にせず薄い水色の瞳で手鏡を眺めがなら、

 長いクリーム色の髪を手入れしていた。

 いわゆるネイラールは、重度のナルシストであった。

 美しい顔に加えて、手足も長くスタイル抜群の体つき。

 更には綺麗な髪と小麦色の肌が彼女の美をより際立たせていた。


 だが彼女は病的なまでの潔癖症でもあり、

 帝国軍一「男臭い将軍」と言われるラング将軍との相性はハッキリ言って悪かった。険悪な空気が二人の間に流れたところで、竜人族のシュバルツ元帥が別の話題をふった。


「しかし局地戦とはいえ、我が帝国、帝国同盟軍が連合軍に負けるとはな。

 今回の御前会議は荒れそうだな」


「そうですわね、パルナの古都を奪回されたのは計算外ですわ。

 ベルナドット将軍は壮絶な戦死を遂げたらしいわね」


 ネイラールがようやく手鏡を収めて言葉を発した。


「噂では伝説の戦乙女ヴァルキュリアが連合軍に力を貸しているという話もありますね」


 と、ハーン将軍。


「私もその話は聞いたわ。 戦乙女ヴァルキュリアかあ。

 厄介な相手が敵に回ったわね」


 ネイラールが真剣な表情でそう云う。

 するとラング将軍が強引に会話に割って入ってきた。


「ふん、どうやら卿等けいらは臆病風に吹かれているようだな。

 連合軍及び教会軍など我々帝国軍の敵ではないわ!

 それが全面戦争となっても同じことだ。

 ただ一つ違うことは、今まで以上に戦場に連合軍の兵士共の

 無数の屍が築きあげられるという事だけだぁっ!!」


 それに対してネイラール将軍が顎の前で両手を組みながら、

 自分の意見と見解を述べた。


「一つ断っておくけど、私は別に脅えているわけではないわ。

 連合軍だけなら、それ程脅威にはならないわ。

 でもその背後に居るサーラ教会が及ぼす影響力を侮ってはいけない……と言いたいのよ」


「教会が及ぼす影響力? 今の彼奴等きゃつらにそんな力があると卿は本気で思っているのか?我々帝国との戦いは、言うまでもなく、

 近年では、彼奴等のお膝元である教会領ですら

 その信仰と影響力も衰えの兆しを見せているではないかぁっ!」


 と、得意げに語るラング将軍。


「確かに近年では、サーラ教が及ぼす信仰と影響力は衰えの兆しを見せている、それは事実よ。だがそれでも尚、エレムダール大陸全土に数多くの信徒を抱えている、この意味がわかるかしら?」


 と、ネイラール将軍。


「意味だと? そうだな、……しいて言うならその信徒共のおかげで

 教会の高僧が豪遊できるといった類のものくらいだろうな」


 ラング将軍が毒味たっぷりの言葉を披露するなり、室内に静寂が走った。

 この反応には、言ったラング将軍本人も少し戸惑っていた模様。

 シュバルツ元帥が胸の位置で、両手を組みながら頭を左右に振るなか、

 ネイラールは冷笑を交えた笑いを小刻みに繰り返した。


 これには、ラングの神経も過敏に反応したようで、

 すぐさまネイラールに食ってかかった。


「な、何が可笑しいのだ……」


「ふふふっ……い、いや別に……ただ……ふふふっ……」


「ただぁ……ただ何だ?」


 ネイラールは長いクリーム色の髪を片手で、

 かき上げながら、笑いを堪えたまま答えた。


「ラング将軍、貴方は真面目にそう思っているのですか?」


「……何が言いたいのだ、卿は?」


 恫喝するかのごとく低い声で問うラング。


「おや? 本当にお分かりにならないのですか?

 だとしたら私としても……これ以上……貴方と話す気にはなりませんね」


 ラング将軍は、身を乗り出して自席から立ち上がろうとした。

 その時、シュバルツ元帥が、ラングの軍服の袖を軽く掴み制止する。

 ラングは二、三秒ほど利き腕の右拳を強く握り締めて、体を震わせていたが、

 実力行使に出ることだけは思いとどまり、また自席に腰掛けた。


「軍事力だけで教会および教会領を完全に制圧、支配することはできない。

 何故なら彼等にとって宗教とは、

 最早、思想の枠を超えて、生活の習慣の一部と化している……」


 と、シュバルツ元帥が、限りなく独り言っぽく、そう口にした。

 ネイラール将軍の主張したいことは、まさにこの問題であった。


「だがそれも徹底した宗教弾圧、教会組織の解体、

 国民の思想改変の政策によって信徒共から宗教心そのものを奪い取り、

 新たなる秩序と思想を植えつければ、

 おのずと奴らの心からも宗教心、信仰心が消え去るのではないか?」


 ラングは自説を曲げることなく、

 あくまで強気で、そう主張する。

 ネイラールはこの言葉を聞いてまた失笑していたが、

 シュバルツ元帥は、真顔で彼の主張に真面目に答えた。


「確かにそうすることによって、信徒共の中から、

 自ら進んで帝国の支配下におさまることを望む輩も出てくるであろう。

 卿の言うように『売国奴』は、必ずと言っていい程、

 何処の国家、組織にも存在するからな。

 ……だがそれで全てを掌握できると思い込むのは、非常に危険だ……」


「……と言われますと?」


 と落ち着きを取り戻したラングは、そう素朴な疑問を質問する。

 シュバルツ元帥は、軽く一息ついてから、細かく丁寧に、分かり易くこう説いた。


「……例えばこの帝国においても徹底した占領政策を実施しても今も尚、

 旧王党派をはじめとしたゲリラ及びテロ活動が、

 各地で行われているのが現状だ。

 最も現状では、そこまで悲観することのない事態であるが……

 この規模が十倍、百倍にも膨れ上がったらどうなると思う?

 領土が拡大されることは、全てにおいて手放しで喜べる事態ではない。

 それに見合う採算が取れなければ、領土拡大の意味はないし、無駄に大きな

 リスク背負い込むは、我々帝国としては避けねばならん状況でもある。

 古代においても、エレムダール大陸全土に名をはせた『ローディリア帝国』を例に取ってみても、外部の攻撃だけでなく内部崩壊の末、滅びた国の例は多々とあるからな」


「しかし今のところ、我々帝国の占領政策がうまくいっているのは事実ですし、

 そう悲観論ばかりあげるのもどうかと思いますよ、

 確かに元帥がおっしゃられるように、それらの事態は、

 常に頭の片隅に入れておくべきでしょうが、

 新たなる可能性を自らの手で全て閉ざす必要もないでしょうよ」


 と、ラング将軍。


「……たしかに悲観論がすぎたかもしれん」


 そこで一端、言葉を切り、

 そしてシュバルツ元帥は言葉を付け加えた。


「だが現実問題として、教会領を帝国の支配下におさめた時に、

 占領政策の過程で、断固として我々帝国に服従することを拒んだ場合、

 武器を持たぬ無抵抗な信徒共を、教会の連中の例に習って何千……何万人と

 魔女狩りのごとく火あぶりにかけることを卿は望むのかね?」


 ラングにしても、流石にこのような例えをされて、

 即座に肯定できる神経は、持ち合わせてなかった。

 無抵抗の民衆を何千、何万人と粛清……虐殺しても涼しい顔しながら、

 紅茶を飲んだりして傍観するのは、やはり躊躇いを感じる。


 最もシュバルツ元帥が意図的に、

 大袈裟な比喩をしているとも取れたが、

 実際、問題このような事態は大いにありうる。

 ラングだけでなく、ネイラール、ハーン将軍らも腕を組んでしばしの間、押し黙っていた。


「武装した相手ならともかく、武器を持たぬ相手を討つのは、

 武人として何ら誇るべきことでもない。否、むしろ恥ずべきことだ、

 なるべくなら……できるならそういった事態は避けたいものだな……」


 と三者の心情を代弁するかのように、シュバルツ元帥がそう呟いた。

 それに水を刺すわけでないが、ネイラールがもっともな意見を投げかけた。

 とはいえ人によっては、言葉に微量の悪意が含んでいたかのように思えたかもしれない。もっとも他者はともかくとして、シュバルツ元帥は、率直に意見を受け入れていた。


「たしかに……ですが結局、それを決めるのは、皇帝陛下ご自身です。

 我々が討論を交わし、頭を悩ませたところで最後は、陛下のご裁断に従うまでです」


「そう……そうだ、結局は、最後には、陛下のご意向に従うまでだ。

 我々は……帝国は……皇帝ナバール陛下があってこその帝国だからな」


 そう口にするとシュバルツ元帥は、また口を固く閉ざした。

 いくら地位と権限を与えられようと、

 この帝国では、彼等もまた皇帝の忠実な臣下であることには変わらなかった。


 皇帝の命令は絶対であり、彼等には拒否権は基本的に存在しない。

 必ず従わなければならない……これが専制君主制である。


 もっとも今のところは、現状に不満を唱える者は、ほとんどいなかった。

 皇帝ナバールは優れた専制君主であり、支配者としても統治者としても、

 近年に稀に見る名君だったことには、疑いの余地はない。


 だが今のような状態が未来永劫続くとも思えない、

 シュバルツは一人そう思いふけた。


 この先、何年、何十年と経った後でも、

 皇帝ナバールの覇気と頭脳が衰えぬまま、名君のままでいられるであろうか?

 暴君と化して、欲望のままに帝国および他国を思いのままに蹂躙したら?

 その時も自分は、皇帝の意のままに、ただ言われるがまま命令に従うのであろうか……


 そう頭の中で思い浮かべてみたところ、そう思う自分のことが妙におかしく思えた。馬鹿馬鹿しい、先のことばかり考えてどうなる、

 大事なのは目の前に迫った状況をどう打破するかだ。

 結果なくして未来は生まれない。


 俺は俺のできることを確実にこなしていくだけだ。

 人にはそれぞれの役割と役目というものがある、

 さしあたって俺にとって重要なのは、

 目の前の状況……連合軍及びサーラ教会とどう戦って、

 どう勝っていくかが重要なのではないか。


 自分のなすべき事もしないで、将来の不安だけを抱くのでは、

 本末転倒もいいところである。やるべき事をまずこなす、

 それも俺の全能力をもって確実に、完璧に、穏便に……その先のことは、

 またその時、考えればいいではないか。

 シュバルツはそう自問自答で、心の整理をつけるとまた静かに主君の登場を待った。

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