第二章 戦場に舞う戦乙女(ヴァルキュリア)

第11話 悪役王子と悪役令嬢


---三人称視点---



 王都アスカンブルグの人払いされた離宮の一室。

 そこで第二王子ナッシュとリーファの義妹マリーダが抱き合っていた。


「うふふ、もう私達の邪魔をするものは居ないわね。

 これでナッシュ様が新たな国王になれば言うことなしだわ」


 シースルーの寝衣を着たマリーダは、

 ナッシュから一旦離れて、天蓋付きのベッドに腰かけた。


「まあな、だが油断は出来ぬ」


「……何か問題でもありますの?」


「嗚呼、兄上が私の周辺を探り始めている。

 今回の婚約破棄の件でも周囲に探りを入れてるようだ」


「……もしかして私との婚約が認められないのでしょうか?」


 不安を募らせてそう問うマリーダ。

 するとナッシュ王子は、円卓の上にあった酒瓶を手に取り、

 赤葡萄酒をグラスに注いだ。


 ナッシュ王子は赤葡萄酒の入ったグラスを右手に持ちながら、

 マリーダに近づき、首を左右に振った。


「いやそれは問題ない。

 父上――国王陛下は病で床に伏せている。

 今の父上に俺達のやろうとする事を止める力はない。

 だが兄上――あの男が後継者争いを見据えて、

 宮廷工作及び政治工作を画策しているようだ」


「それは大変でございますわ。

 ナッシュ様は何か対抗手段をお持ちですか?」


「ない訳ではない。 だがあの男は異様に用心深い。

 だから父上が崩御するまでは、こちらから動かない方がいい」


「でも心配ですわ」


「大丈夫だ、あの男は帝国との戦いで王都を留守にする事が多い。

 その隙をついて、俺のシンパを徐々に増やしていくさ」


「まあ頼もしいですわ、流石はナッシュ様」


「それはどうも」


 ナッシュ王子はそう云って、両肩をすくめる。

 そして右手に持ったグラスの中の赤い液体を綺麗に飲み干した。


「だが他にも気になる事がある」


「……気になる事? 何でしょうか?」


「あの女……君の義姉に関してだ」


 ナッシュ王子がそう云うなり、

 マリーダは眉間に皺を寄せて、不機嫌な表情を浮かべた。


あの女・・・が何かしたのですか?」


「あの女は表向きは実家である侯爵家から追放されているが、

 俺の子飼いの密偵スパイがあの女がサーラ教会と

 接触するところを見た、と申しているのだ」


「ふうん、そのまま修道院送りになれば良いのに」


「まあな、だがこのエルムダール大陸において、

 サーラ教会の力と影響力は絶大だ。

 それ故にあの女の動向は常に探っておくべきであろう」


「そうですわね、あの女は見た目だけは良いですからね。

 教会の高僧を色香で誑かせて、

 教会の力を背景に私達に復讐する、という可能性もありますわ」


「嗚呼、あの女はそういう人間だ。

 いつも尊大かつ高慢で周囲の人間を見下している。

 だが頭と器量は悪くない。 だから教会の高僧を

 色香で誑かせて、何かしでかす可能性はなくもない」


「全くですわ、あんな女、早く死んで欲しいですわ」


「嗚呼、それには同感だ」


 するとマリーダは歪な笑みを浮かべる。


「でも今ではあの女も追放令嬢の身。

 もう貴族の華やかな表舞台には二度と立てないわ。

 そう考えるだけで、自然と笑いがこみ上げてきますわ」


「そうだな、君もこれで侯爵家の財力と権力を自由に出来る身となった。

 だから私達の今後の為に、色々と協力してくれたまえ」


「勿論ですわ!」


「ふふふ、マリーダ。 愛しているよ」


「ナッシュ様、私も貴方を愛してます」


 そして二人は再び抱擁を交わした。

 だがお互いに内心では、良からぬ事を企みながらほくそ笑む。


(この女もまだ十五という年齢だが、

 後、四、五年もすれば妙齢の美人になるであろう。

 せいぜいそれまで弄んでやるか)


(俺が王位に就いた暁には、

 この女と婚約破棄して、周辺国の王女と婚約する。

 となればこの女は義姉と同じく用済みだ。

 だがそれまではこの女の身体も、侯爵家の力も利用させてもらう)


 一方のマリーダは――


(とりあえず今の所は順調ね。

 でも油断は出来ないわ。

 あの女からこの王子を奪ったまではいいけど、

 この男、私の知る限りでもかなり女癖が悪いわ)


(まあこの男は腐っても王族。

 それ故に何としてもこの男を王座につけさせないと!

 そうなれば私は王妃)


(うふふ、夢のある話だわ。でもこの先、何が起こるかわからない。

 だからラミネス王太子殿下ともコネを作りたいわ)


(もしこの男が失脚すれば他の男を籠絡すればいいだけの事。

 天から与えられたこの美貌、存分に利用させてもらうわ)


 結局の所は似たもの同士。

 お互いの事を利用する事しか頭にない二人であった。

 だが幸か不幸か、この二人もリーファが戦乙女ヴァルキュリア

 なった為、望まぬ政争に巻き込まれる事になるのであった。


 そんな事も露知らず、二人は縺れるようにベッドへと倒れ込んだ。

 そしてお互いを求めるように、激しく貪り合った。

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