第7話 試練(後編)


---主人公視点---



「ハアァ、ハアァ、ハアァッ……」


 自分自身と戦うという作業は想像以上にキツいわ。

 何せ相手が自分ですからね。

 しかし考えてみれば、妙な部分が多いわ。


 そこで私はこの試練の意味を考えてみた。

 ここまでは「浄化の儀式」で自分のよこしな部分を

 斬り捨てて、自分の悪の部分と戦う事によって、

 女神の祝福を受けて、戦乙女ヴァルキュリアになる。


 と思っていたけど、それはそれで変な話よね。

 誰しも心の醜い部分や邪まな思いは持っている。

 それを全て捨て去り、汚れのない自分となり周囲を率いて前線で戦う。


 というのが戦乙女ヴァルキュリア役割ロールと思っていたけど、

 なんだか勘に触るし、偽善くさい話と思うわ。


 人間、清い部分も醜い部分もあって当然と思う。

 それを頭ごなしに否定するのは、不自然な気がする。


「……どうやら少しは分かってきたようね。

 そう、私はもう一人の貴方、私が居て貴方が居る。

 この邪な思いを持つ私も貴方の一部なのよ」


「……そうね、そうと思うわ」


「大切な事は自分の醜い部分も認める事。

 それは自分自身と向き合うという事でもあるわ」


「……そうかもしれないわね」


「ええ、貴方は表向きは父親に対して、

 無関心を装ってたけど、本当は愛されたかったのよね?

 あんな母子でなく、血の繋がった自分を愛して欲しい。

 でも素直にその気持ちを伝える事は出来ない。

 だから表面上は平気なふりをしていた」


「……只の精神的な揺さぶり、という訳じゃなさそうね。

 ならば私も素直になるわ、その通りと思うわ。

 でも私も強情だから、表面上は平気を装っていた。

 そういういった態度が余計、父親の反感を買う。

 という事は分かっていたけど、あえて我を貫いたわ」


 ……。

 奇妙なものね。

 こんな事を多くの他人の前で語るなんて恥以外の何もでもないわ。


 でも自分の思いを口にすると、

 どんどん気持ちが楽になってきた。

 だから私は周囲の事は気にせず、自分の思うままに言葉を発した。


「別に恥じる必要なんかないわよ。

 人間、誰しもそういう部分があるわ。

 大切なのは貴方が貴方自身の弱い心と醜い心を受け入れる事よ。

 そういったもの全てをひっくるめて、

 貴方という人間は成り立ってるのよ」


「そう……なの?」


「ええ、でも確かにそれは辛い事かもしれない。

 誰しも他人に自分の弱いところは見られたくないわ。 

 でも戦乙女ヴァルキュリアになれば、

 貴方は他人の前で弱音を吐くことは赦されなくなる。

 だから引き返すなら今のうちよ?」


「……。 引き返すつもりはないわ」


「それはどうしてかしら?」


「私は侯爵令嬢として何不自由なく生きてきたけど、

 精神的には家族や身分に縛られて生きてきたわ。

 好きでもない男と婚約させられて、

 周囲にも「子供を産む道具」である事を望まれた。

 まあこれは王族や貴族の女なら当たり前の事よね」


「そうね、それが不満なの?」


 私は自分の分身の問いに対して「ええ」と頷いた。

 そう、私はもっと自由に生きたかったのだ。

 尤もそれが苦労知らずの侯爵令嬢の我儘という事も知っていた。


 でも私は子供の頃から何かに縛られる事が嫌いだった。

 第二王子と婚約させられても、少しも嬉しくなかった。

 だから彼から婚約破棄されても全然悲しくなかったわ。

 むしろ嬉しかったくらいよ。


 だけど王太子殿下に求婚されたのは計算外。

 あそこで彼の求婚を受けてれば、私の身は安泰だったでしょう。

 彼の事は嫌いじゃなかったし、彼が有能である事も理解していた。


 でも結局、私は彼の求婚を拒否した。

 その理由は自分では分からないけど、

 多分私は彼に縛られるような人生を送りたくなかった、のだと思う。


 その挙げ句の果てがサーラ教会に身を預けられて、

 「救国の戦乙女ヴァルキュリア」になるべく試練を受けさせられた。

 恐らく戦乙女ヴァルキュリアになっても何かに縛られて生きる事になるでしょう。


 でも戦乙女ヴァルキュリアとしての使命を果たしたら、

 私は好き勝手に自由に生きるつもりだ。

 無論、それを実行するのは並大抵の事ではない。


 だけど私としては家族や身分に縛られて、

 大人しく貴婦人になるよりかはまだマシに思える。

 だから私は自分の醜い部分や弱い心からも逃げずに受け止めてみせるわ。


「……覚悟を決めたようね」


「ええ、貴方は私の分身であり、私自身でもあるわ」


「ええ、そうよ。 でも貴方が考えているより、

 戦乙女ヴァルキュリアに与えられる使命はずっと重いわよ。

 何かに縛られて生きるのが嫌なのならば、

 アストロスとミランダを連れて、

 自由気ままに生きる冒険者にでもなればいいんじゃない?」


「……確かにそうね。 その方が楽でしょうね。

 でもそれをしないのは、私自身に周囲を見返したい、

 もっと自分を評価して欲しいという気持ちがあるのでしょう。

 うん、そうよ。 私はこのまま婚約破棄された追放令嬢として、

 周囲に蔑まれて生きていくなんて嫌よ。

 だからそんな周囲の偏見を私自身の手で変えてやるわ!

 私は……私はその為に戦乙女ヴァルキュリアになってみせるわ!!」


「……」


 自分のエゴ丸出しの発言。

 しかも教皇聖下や枢機卿達の前で云ってしまったわ。

 でも後悔はしてないわ。


「……本気なのね?」


「ええ、本気よ……」


「そう、ならば私を受け入れなさい。

 醜い、弱い部分も含めて貴方なのだから……」


 すると眼前の分身の身体が目映く輝いた。

 私は慌てる事なく、心を平穏に保った。

 すると分身の身体が輝いたまま、

 私の身体に吸い込まれて行く。


「うっ……」


 なんだがポカポカと身体が温かい。 

 すると走馬灯のように様々な記憶が浮かんでは消える。

 お母様との楽しい日々、お母様の死。


 その事実に号泣する私。

 それから父上とはすれ違うようになり、

 挙げ句の果てには、望まぬ新しい母と妹が出来た。


 父上はそんな母子に強い愛情を注いだ。

 表面上は平気に振る舞っていたが、

 内心では嫉妬して、悲しむ私。


 ……いいわ。

 これも全部私なのよ。

 ならばこの事実も全て受け止めてみせるわ。


 すると身体が急に重くなった。

 そして私の視界が暗転して、そこで私の意識は途切れた。

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