第3話 駆け引き


---主人公視点---


「リーファ嬢、久しぶりだな」


「ええ、王太子殿下。 ご無沙汰しております」


「まあ立ち話も何だ、君達も座るが良い」


「はい、アストロス。 貴方も座りなさい」


「は、はい」


 私達は王太子殿下と向かい合う形でソファに腰掛けた。

 眼前には金色の髪が似合う美形の青年が座っていた。

 顔も非常に整っているけど、

 それ以上に強い意志と知性を感じさせる雰囲気を放っている。


 この彼こそが栄えあるアスカンテレス王国の王太子だ。

 本名はラミネス・フォア・アスカンテレス。

 年齢は確か二十歳はたち


 身長も185セレチ(約185センチ)以上、均整の取れた体つき。

 また美貌だけでなく、剣術、魔法、用兵学、経済学にも精通している。

 才色兼備を地で行く人物。

 多くの貴族や大衆も彼が次の王になると信じ込んでいるわ。


「……君の名は?」


「わ、私はアストロス・レイライムです。

 リーファお嬢様の執事兼護衛を務めております」


「ふむ、君がリーファ嬢が云っていた御側付おそばづきか。

 成る程、確かに美男子だ。 私と良い勝負だな」


「い、いえ……とんでもありません」


「まあ君からすれば知りたいだろう。

 何故私がこのような場に居て、リーファ嬢を客人として呼びつけたのかを」


「ええ、是非知りたいです」


 アストロスがこう云うのも無理はないわ。

 何せ彼は王太子ですからね。

 それに加えて私は今宵、第二王子に婚約破棄されたわ。

 そんな状況で王太子が現れたら、誰でも混乱するわ。

 そして王太子殿下は、豪奢な金髪を白い指で掻きあげた。


「私とリーファ嬢が出会ったのは、

 二年前の母上主催のお茶会でだ。

 美人で聡明な彼女に惹かれて、私から声をかけたんだ」


「左様ですか」と、アストロス。


「実際に話していみると、彼女は私が想像していた以上に聡明であった。

 それと同時に気の毒にも思ったよ。

 こんな美人で聡明な令嬢があの愚弟と婚約関係にあるという事実にね。

 だがあの愚弟には、彼女の相手は重荷であったようだ。

 あの愚弟は事もあろうに、

 彼女の義妹であるマリーダ嬢に熱を入れ始めた」


「ええ、それから私はナッシュ王子に疎まれるようになりました」


「きっと自分より聡明で気品のある君に対して劣等感を抱いたのだろう。

 それであの小賢しいマリーダ嬢につけいる隙を与えたのだろう。

 彼女の狙いはあくまで王子の妃の座を射止める事だ。

 そんな事も見抜けず、あの愚弟はマリーダ嬢に籠絡させられた」


 この辺に関しては私も王太殿下と同じ意見よ。

 マリーダは第二王子の前では、

 純真無垢な侯爵令嬢して振る舞っているけど、

 父と再婚した時から、従者やメイドには凄く横暴な態度で振る舞っていたわ。


 そこの所は母親譲りね。

 そしてすぐに私の存在を疎むようになったわ。

 それで私からナッシュ王子を奪う、と暴挙に出たわ。


 でも結果的にはそれで良かったわ。

 何故なら私も出会った時から第二王子の事が嫌いだったから。

 彼は王族の悪いところを凝縮したのような性格なのよね。


 だから第二王子がマリーダに籠絡されても悔しくなかった。

 むしろこのまま婚約破棄して欲しいと思ってたわ。

 そして幸か不幸か、婚約破棄は実行された。


 私としては歓迎すべき事態だけど、

 このまま何もしないとマリーダがまた良からぬ事を企むだろう。

 最悪謀殺される、という可能性もある。


 そう云うわけで私は王太子殿下に、

 後ろ盾になってもらう事にしたのよ。

 とりあえず今のところは全て計画通りよ。


 とはいえ油断は出来ない状況よ。

 だから今はこの王太子殿下に助力を請う必要があるわ。


「まあそれぐらいなら、私が気に病む必要もないが、

 あの愚弟は馬鹿令嬢ばかれいじょうに誑かされたのか、

 良からぬ企みを抱くようになったんだ……」


「……良からぬ企み?」


 私がそう問うと、王太子殿下は小さく頷いて口を開いた。


「最近分かった事だが、奴は病床の父上――国王陛下専属の

 執事とメイドを買収して、

 食事に毒物を混ぜている事が判明したのだよ」


「……それは誠ですか?」


「……嗚呼、どうやら彼奴きゃつ簒奪さんだつを試みているようだ」


「簒奪ですか……」


 これには私も驚いたわ。

 まさかあの第二王子がそこまで野心を抱くとは……。

 ……となるとこの後の話の流れは何となく想像つくわ。


「幸い私が早い段階で気付いたので、

 国王陛下専属の治癒魔導師ちゆまどうしに命じて、

 陛下に解毒魔法をかけたので、大事には至ってないが、

 あの愚か者はとてつもなく増長しているようだ」


 王太子殿下の表情が急に強張った。

 だけど私は目を逸らすことなく、彼に視線を向ける。


「そういう訳で私とあの愚弟で国王陛下亡き後に、

 後継者争いが起きるのは、ほぼ確定と云っていいだろう。

 まあ私はあんな莫迦ばかに負けるつもりはないが、

 あんな奴でも第二王子だからな、奴に味方する奴も居るだろう。

 だから私としては、一人でも多くの仲間及び支持者が欲しいんだよ」


 ここまで云えば彼の意図は分かるわ。

 そうね、ここは私も勝負に出るべきね。


「……私で良ければ王太子殿下の支持者になりましょう」


「うむ、聡明な君ならそう云ってくれると信じていた。

 だが第二王子と婚約破棄した君は、今後厳しい立場になるだろう。

 だから……リーファ・フォルナイゼン侯爵令嬢」


「はい、今は只のリーファ・フォルナイゼンですわ」


「うむ、ではリーファ。 良かったら私の妻になって貰えないか?」


「……はい?」


 ……これは予想外の言葉だわ。

 まさか第二王子に婚約破棄された日に、

 王太子殿下に求婚されるとは。

 流石の私もこのシチュエーションに動揺を隠せないわ。


「聞こえなかったのか? ならばもう一度云おう。

 リーファ・フォルナイゼン! 私の妻になってくれ!」


「……」


 どうやら冗談ではないようね。

 しかし私の気持ちとしては「ノー」だ。

 王太子殿下が嫌とかそういう話じゃない。


 もう私は王族や貴族に自分の人生を振り回されたくない。

 更に云えば侯爵令嬢という肩書きも捨てたい。

 だから私は危険は承知の上で自分の意見を述べた。


「……身に余るお言葉ですが、

 私は王族であろうが、貴族であろうが誰とも結婚する気はありません」


「……そうか」


「っ!?」


 私がそう云うなり、王太子殿下は無表情になった。

 だがその視線はしっかり私の顔を捉えていた。

 ……これはマズいかもしれないわ。

 そして王太子殿下の口から意外な言葉が出た。


「分かった、そこまで云うなら私も無理強いはしない。

 だがそうなると私も君を過度に庇う事は出来んな。

 だからだ、君の身柄はサーラ教会に任せようと思う」


「……サーラ教会ですか?」


「嗚呼……」


 サーラ教はアスカンテレス王国だけでなく、

 その周辺国が集うエレムダール大陸でも

 広く布教されている国教と云うべき宗教である。


 フォルナイゼン家も当然の如く、サーラ教を信奉していた。

 かく言う私も幼い頃から、

 サーラ教会に通って礼拝に参加していたわ。


 成る程。

 体よく私の身柄を教会に押しつけるつもりか。

 でも文句が云える状況ではない。


「……分かりましたわ」


「うむ、でもそれだけじゃ君とその従者の身の保障は出来ぬ。

 だからリーファ嬢、君は教会に行って、

 戦乙女ヴァルキュリアに成るべく、試練を受けたまえっ!!」


戦乙女ヴァルキュリアっ!?」


 ……。

 ここまでは計画通りだったけど、

 これは予想外の展開だわ。


 戦乙女ヴァルキュリアか。

 どうやら私の人生は、これから多くの困難を乗り越える事になりそうだ。


 だがこれも仕方ないわね。

 貴族の令嬢が王族や貴族のしがらみを絶つという事は、

 全てを投げ出してぜろから人生をやり直す事と同義だわ。


 でもそれでも構わないわ。

 もう家族同士の醜い争いや王族や貴族の政争に巻き込まれるのも御免よ。

 だから私は覚悟を決めて、凜とした声で王太子に告げた。


「分かりました、わたくしは戦乙女ヴァルキュリアに成るべく、

 戦乙女ヴァルキュリアの試練を受けますわぁっ!!」

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