第一章 アスカンテレスの戦乙女(ヴァルキュリア)

第2話 婚約破棄? 全て計画通りよ!


---主人公視点---


 そして私は当家の馬車に乗せられて、侯爵家へ戻った。

 我が侯爵家は王都アスカンブルグの一等地の中でも、

 一際目立つ庭付きの大豪邸である。

 

 貴族の中でも指折りの大豪邸と云っても過言はない。

 執事とメイドは合計で二十人以上居るわ。

 この私にも専属の執事とメイドが二人ずつ付いている。


 当家の馬車が門を潜って、玄関の前へ止まるなり、

 屋敷の扉が開らき、中から執事服を着た若い男が現れた。


「リーファお嬢様っ!!」


「あら、アストロス。 お出迎え御苦労様」


 私はそう云って、当家の馬車から降りた。

 私の目の前には、身長178セレチ(約178センチ)の美男子が立っていた。

 サラサラの黒髪に、とても整った顔立ち。


 手足も長く、身体は細いようで所々に運動に適した筋肉がついている。

 所謂、細マッチョという体型だわ。


 だがこのアストロス・レイライムは只の執事ではない。

 建前上、執事と呼んでいるが彼は私の良きパートナーだ。


 基本的には執事の仕事が本業であるが、

 彼は十七歳という若さながら、

 王立幼年騎士養成学校を飛び級かつ主席で、

 卒業している剣術の達人だ。


 本来ならば彼もアスカンテレス王国騎士団に入団する予定であったが、

 三年前に彼の両親が馬車の転落事故でお亡くなりになったわ。

 それから彼は幼い弟と妹の養育費を稼ぐ為に、

 我がフォルナイゼン家の執事として仕える事となった。

 それ以来、彼は私の専属執事として色々と世話を焼いてくれている。


「リーファお嬢様、夜会はいかがでしたか?」


「……ナッシュ王子に正式に婚約破棄をされたわ」


「……そうですか」


「大丈夫よ、全て計画通りよ」


「……お嬢様、旦那様がお呼びです」


「あら、そう? 分かったわ、お父様にはすぐ行くと伝えて」


「はいっ!」


 恐らく父上の許にもさっきの件が伝えられてるでしょう。

 父上も今ではあの母子の言いなりですからね。

 でもこれも予想の範疇。

 だから慌てる必要はないわ。


 そして私は自室に戻り、青いイブニングドレスを脱ぎ去り、

 家着に着替え終えて、二階にある父上の部屋へと向かった。


---------


「お父様、わたくしです。 リーファです」


 私はそう云って、眼前の樫の木のドアを軽くノックする。


「……リーファか、部屋に入れっ!」


「……はい」


 私は云われるまま、ドアを開いて部屋の中に入った。

 この部屋は父上の私室兼書斎だ。

 程よい感じの調度品と本棚には色んな書物が並んでいる。

 部屋の雰囲気もシックな感じで、華美ではないが清潔感がある。


 そして部屋の奥で中年男性が机越しに座っていた。

 上等な肘掛け椅子と樫の木の書斎机。

 書斎机の上にはランタンが燈されている。


 この中年男性こそが私の父親――ハイライド・フォルナイゼン侯爵である。

 見た目はそこそこ整っているが、見るからに神経質そうな表情をしている。

 そして父上は私の顔を露骨にジロジロと見ながら、様子を伺った。


 フォルナイゼン家の執事とメイドは合せて二十人以上居るが、

 さっき私を出迎えてくれた執事のアストロス。

 それと私と同じ十六歳のメイドのミランダ以外は、全て父とあの母子の味方だ。


 私についてるアストロスとミランダ以外の執事とメイドも

 私の監視役兼父上達のスパイだ。

 これから父上が何を云うかは分からないが、

 私からすれば良い話ではないだろう。


「それでナッシュ王子主催の夜会はどうだった?」


「……私は婚約破棄されました。

 その代りに妹のマリーダが新たにナッシュ王子と婚約を結びました」


「……そうか」


 そう云って父上は沈思黙考する。

 恐らく今、色々と邪な考えを張り巡らせているのだろう。

 でも私としてはそれでも構わない。


「リーファ」


「はい、お父様」


「王子に婚約破棄されて、その挙げ句、妹が新たな婚約者となったという事実は、

 お前にも辛かろう。 だから援助はしてやるから、

 今後はお前の好きにするが良い」


「はい、そうさせていただきます」


「随分と早い回答だな。

 少しは落ち込んで見せたらどうだ?

 そういう可愛げのなさは、死んだお前の母親譲りだな」


「お父様、お母様の悪口は止めてください」


「……それで今後どうするつもりだ?」


「そうですね、とりあえず私はこの家を出ようと思います。

 その際には援助金500万ローム(約500万円)程、頂けますか?」


「500万じゃ足らんだろ? 1000万出してやろう」


「……ありがとうございます」


 手切れ金1000万ローム(約1000万円)か。

 まあ手切れ金をくれるのは有り難いわ。

 これでしばらくはアストロスとミランダにお給金を払えるわ。


「それで家を出てどうするつもりだ?」


「そうですわね、魔法ギルドや冒険者ギルドを頼って、

 魔導師、あるいは冒険者として生きて行くというのもいいですわね」


「ふん、侯爵令嬢がその日暮らしの冒険者か。

 我がフォルナイゼン家の家名を汚すような真似だけは止めてくれ」


 娘を事実上追放しておきながら、自分の体面には拘る。

 ある意味、父上は貴族らしい貴族よ。

 でも私にはもう関係ない。

 こんな家、さっさと出て行ってあげるわ。


「それとお父様、執事のアストロスとメイドのミランダの

 同行をご許可頂けますか? 私も彼等が居ないと不自由しますので」


「……まあいいだろう。 それぐらいは許可してやろう」


「……ありがとうございます!」


「援助金は今すぐ現金キャッシュで払ってやる。

 だからお前は今夜中に荷物をまとめて、家を出ろ」


「はい、既に準備は整ってますわ」


「そうか、ならば早くこの家から出て行け」


「はい、お父様。 今まで育てて頂き、ありがとうございました」


「……ああ、達者でな」


 心にもない事を……。

 でも私としてもせいせいするわ。

 こんな家に未練など微塵もないわ。


 その後、私はたくさんの金貨が入った皮袋を何個か受け取った。

 そして最低限の身の回りの身支度をして、

 アストロスとミランダを連れて、当家の馬車に乗り込んだ。

 最後なので当家の馬車を使う事も赦された。


「では王都の商業区を目指して頂戴」


「……商業区ですか? 分かりました」


 そう云って御者は馬車を走らせ始めた。

 すると私の右隣に座ってたアストロスが小声で話し掛けてきた。


「……お嬢様、商業区で何をするおつもりですか?」


「……人に会うのよ。 今後の私達の生活に関わる話だから、

 アストロス、貴方も同行してもらうわ」


「……分かりました」


---------


 二十分後。

 私達を乗せた馬車が王都の商業区に到着。

 

「それでは私はこれで失礼します」


「ええ、お疲れ様」


 そう言葉を交わすなり、御者は来た道を引き返した。

 ここから先はもうフォルナイゼン家の力を頼る事は出来ない。

 尤も私も力を借りるつもりはないわ。


「お嬢様、それでここから何処へ向かうのでしょうか?」


「高級宿屋街よ、ミランダも途中まで着いてきなさい」


「はい、それは宜しいのですが、何をなさるおつもりですか?」


 ミランダが不安げにそう云う。

 まあ彼女の立場からすれば無理もない事だわ。


「ちょっとね、人と会う約束があるのよ。

 宿屋には私とアストロスが入るから、

 貴方は宿屋の出入り口付近で待ってて頂戴」


「……分かりました」


「それじゃ今から向かうわよ」


 闇夜を照らす三日月がうっすらと輝く中、

 仕事を終えた労働者や冒険者が今夜の酒盛りや寝床を探し、

 商業区の中央広場のメインストリートに溢れかえっているわ。 


 そこから私は早足でとある高級宿へと向かう。

 そして五分後、とある高級宿の前に到着。

 宿の入り口付近には三名の警備兵が立っていた。


「少し宜しいかしら?」


「……何だね?」


 私がそう云うと警備兵の一人が怪訝な表情をする。

 だが私が自分の冒険者の証と、魔法ギルドの会員証を見せると――


「こ、これは……失礼致しました」


「別に気にしてないわ。 じゃあ中に入ってもいいわね。

 こちらの彼も私の護衛として同行するわよ」


「はっ、お通りください」


 そして私とアストロスは高級宿の中に入った。

 宿の中は華美な装飾品や調度品が置かれており、

 高級宿の名に恥じない高級感と雰囲気を醸し出していた。


 私は受付嬢に自分の冒険者の証と、魔法ギルドの会員証を見せ得た。

 すると受付嬢は微笑を浮かべて――


「二階へお進みください」


「ええ、じゃあそうさせてもらうわ」


 そして私とアストロスは階段を登り、二階に上がる。

 するとアストロスが顔を近づけて、小声で囁く。


「……お嬢様、誰とお会いになるのでしょうか?」


「すぐ分かるわ」


 そして一番奥の部屋に向かうと、

 部屋の扉の前で二名の警備兵が立っていた。

 私は再度、自分の冒険者の証と、魔法ギルドの会員証を見せた。


「ご本人確認できました。 ではお入り下さい」


「ええ、ありがとう」


 警備兵がゆっくりとドアを開き、

 私とアストロスは部屋の中に入った。

 この部屋の内装もかなり豪華ね。

 でも今はそんな事どうでもいいわ。


「……やあ、来てくれたんだね」


 部屋の中央にある黒革のソファに座った黒いコート姿の青年がそう云う。

 その姿を目にするなり、普段は冷静沈着なアストロスも驚きの声を上げた。


「あ、あなたは……ラミネス王太子殿下っ!!」


 うふふ、驚いている、驚いてる。

 さあここからが本番だわ。

 気を引き締めて、王太子殿下と話し合うわよ。

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