第4話 戦乙女(ヴァルキュリア)


---三人称視点---


 戦乙女ヴァルキュリア

 それは女神サーラに選ばれたいくさに愛された女騎士。

 戦乙女ヴァルキュリアに選ばれた乙女おとめは、

 女神サーラの加護により、不老になると云われている。


 また強力な自己再生能力も有しており、

 仮に両腕が吹き飛んだとしても、

 自己再生力で腕が元通りに生えるという逸話もある。

 

 それに加えて女神サーラから様々な優れた能力を授かる。

 但しその対価として、女神と契約している間は、

 国や信徒、民を護る為に戦場で戦い続けなければならない。


 また戦乙女ヴァルキュリアになる為には、

 優れた身体能力及び戦闘能力と頭脳、

 高い魔法適性、更には気品が求められ、誰でもなれる訳ではない。


 それ故にアスカンテレス王国が属するエレムダール大陸の全土を見渡しても、

 戦乙女ヴァルキュリアになった乙女は、

 ここ二百年程、現れて居ない。


 その原因の一つとして、戦乙女ヴァルキュリアになる為の能力不足という面もあるが、成ったら、成ったで死ぬまで戦場で戦い続けねばならないという掟からか、

 近年では戦乙女ヴァルキュリアに成ろうとする成り手がまず居なかった。


 当然と云えば当然である。

 云うならば戦乙女ヴァルキュリアは、

 女神サーラ及びサーラ教会の戦いの駒として一生捧げるのだ。

 そんな事を望む乙女及び女子はそうは居ない。


 だからリーファの従者であるアストロスとミランダも

 リーファが戦乙女ヴァルキュリアに成る事を強く反対した。

 だがリーファはそんな二人の反対を軽く押しのけた。

 

「貴方達の云わんとする事は私にも理解出来るわ。

 でも私も今は贅沢を云える状況じゃないのよ。

 だからある程度は覚悟を決めて、今後の人生を歩むつもりよ」


 ちなみに今のリーファの格好は、

 黒の半袖のインナースーツの上から、白銀の軽鎧ライト・アーマー

 装着して、背中には裏地の黒い白マントを羽織っていた。


 これらの装備は王都の冒険者ギルドに預けていたものであり、

 此度こたび戦乙女ヴァルキュリアの試練を受ける為に、

 女騎士らしく振る舞う為にリーファが用意した、という次第である。


 そしてリーファは自分達が乗る馬車の窓を眺めながら、

 王都で過ごした日々を振り返った。

 

 思い返せば母ソフィアが生きていた頃が一番幸せであった。

 実母ソフィアはとても聡明で、

 王都でも有数の美女と云われていた。

 またリーファを無条件に愛してくれて、様々な事を教えてくれた。


 思い返すと母の死がリーファの人生の分岐点ターニング・ポイントであったと思う。リーファは母の死を心から悲しんだ。

 だが実父はわずか数年後に、再婚を果たした。


 まるで愛情が湧かない継母ままははとその娘。

 そしてその母子ははこを溺愛する実父。

 それからリーファの心は少しずつ変わっていった。


 傍目からは公爵令嬢という身分で、羨まれる立場であったが、

 当の本人であるリーファは人生を諦観し、希望や夢を抱く事を無くしていた。


 そして今、彼女等は、サーラ教の総本山であるアームカレド教国の

 聖都せいとサーラハイムへ向かってた。

 

 アームカレド教国はエレムダール大陸にある宗教国家で、

 その領域はアスカンテレス王国の古都ラヴィネス内にあり、

 国土面積はエレムダール大陸だけなく、

 他の大陸を合せても、世界最小であった。


 アームカレド教国はサーラ教皇きょうこうによって統治され、

 国籍は聖職に就いている間に限り与えられる。


 そして様々な祭祀や宗教儀式が聖都で行われており、

 戦乙女ヴァルキュリアの試練もこの聖都で行われる。

 ここまで来ればもう逃げ出す事は出来ない。

 そんな中でリーファは物思いにふける。


 ――婚約破棄されたまでは計画通りだわ。

 ――正直、貴族としての生活にも飽き飽きしていた。

 ――だけど王太子殿下に求婚されたのは予想外だったわ。


 ――まあどのみち誰とも結婚する気はないけど。

 ――だからこうなった事にも不満はない。

 ――とはいえ戦乙女ヴァルキュリアかぁ~。


 ――人生なかなか思い通りにはならいわね。

 ――でも今更逃げるつもりはないわよ。

 ――だけど戦乙女ヴァルキュリアになっても自由に生きてみせるわ。

 ――その前にまずは試練を乗り越えないとね。



---------


 そしてリーファ達は聖都サーラハイムに到着。

 だが聖都に入れるのは、

 戦乙女ヴァルキュリアの試練を受けるリーファのみ。

 よってアストロスとミランダは、

 聖都の正面ゲートの入り口付近で待機する事となった。


「お嬢様、くれぐれもお気をつけてください」


 と、アストロス。


「ええ、分かってるわ」


「お嬢様、けっして無理はなさらないでください」


「ミランダ、ありがとう。

 大丈夫よ、私はそんな簡単に死にはしないわよ」


「リーファ・フォルナイゼン殿。

 教皇聖下きょうこうせいか及び枢機卿の方々が聖王宮でお待ちしております。

 私が聖王宮までご案内するので、後について来て下さい」


 と、青年の聖庁守備隊兵士がそう云った。


「ええ、分かってますわ」


 そしてリーファは軽やかな足取りで、聖都の中庭を悠然と歩く。

 十分程、歩いていると前方に視界に映っていた叡智の塔がはっきりと美しい姿をあらわす。太陽の日を浴びて、七色に輝くクリスタルの塔は、

 美しく威厳と圧倒的な存在感を醸し出していた。

 そしてリーファ達は目的地である聖王宮まで足早に進んだ。


 宮殿に通じる丘の頂までの道は、

 白大理石とクリスタルで出来ていた。

 聖王宮の前に着くとその扉の前に居たシスター、神官、司祭、

 聖庁守備隊兵士などの聖都サーラハイムの住人達がリーファに会釈した。


 聖王宮は気品と神々しさ、伝統と清らかな雰囲気がそなわっており、

 サーラ教会のシンボルカラーである白を基調とした造りとなっており、

 至る所に美しい花が咲いていた。


 青年の聖庁守備隊兵士が聖王宮の前に近づいて「……リーファ殿をお連れしました」というと警備兵が扉を開いて、リーファは宮殿の中へと入った。


 ――さあここからが本番よ。

 ――何としても戦乙女ヴァルキュリアの試練を乗り越えてみせるわ!

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