2-2


 翌日、朝食をいっしょにとりながらマティアスはその日の予定を話す。


「俺は今日は任務が入ったから留守にする。君のかんはルークが務めることになるのだが、今日、きゅうきょ君は陛下とえっけんすることになった。ルークにってもらって行ってくれるか」

「うん、分かった」

「本当は俺が付き添いたかったのだがな……あのタヌキおやじめ、わざと俺が不在の時をねらいやがって……」


 彼はけんに深いシワを刻みながらブツブツとつぶやく。とてつもなくげんそうだ。

 フィオナは『タヌキおやじ?』と言いながら、ハチミツをスプーンですくい、パンケーキにたっぷりとかけていた。

 朝食を終えると、彼女はだつじょに行ってえた。今日着る服は黒いタイトスカートと白いシャツ、むなもとに青いリボンだ。かみはいつもよりしっかりと後ろで編み込む。


 じゅつとしての正装はローブ姿なのだが、彼女は今はみょうな立場なので身に着けられるローブはない。なのでこの国の女性としていっぱんてきな正装をした。


「変なところない?」

「そうだな、じっとしててくれ」


 マティアスはえりもとかくにんし、首の後ろ部分の折り目が少しズレているところを整える。

 リボンはぜつみょうゆがんでいるので、きっちりと直した。


「よし、いいぞ」

「ありがとう」


 確認が終わるとマティアスは彼女にくさりを取り付け、任務へと出ていった。

 手をって見送ったフィオナは、窓から外をながめる。

 目の前にそびえ立つ立派な大きな白い建物。今からあそこに行くのだなぁと眺めていると、ルークがやってきた。彼は白いローブ姿だ。


「フィオナさん、はよーっす。そんじゃ行きましょか」

「おはようルーク。よろしくね」

「はいっす」


 鎖を外してもらい、彼と共に部屋の外に出た。長いろうを歩いていくと私服姿やローブ姿の人たちとすれ違うので、彼女は軽くしゃくした。

 階段を下りて外に出て、目の前にそびえ立つ王城に向かってレンガの小道を行く。

 行ったことのない方へ歩いていくので、彼女は少しごげんだ。きんちょうしたりも見せずに、今日は天気が良くて散歩日和びよりだなぁと景色を楽しんでいる。


「緊張してなさそうっすね」

「うん。したところでどうなるわけでもないしね」

「ははっ、違いないっす」


 ルークと話しながら数分歩き、王城にとうちゃくした。入り口からは、こんいろの服を着た二人のが後ろを付いて歩く。

 中は白い石造りで、かべかざられた絵画を横目に歩き、しばらくすると目の前に金のそうしょくほどこされた青い大きなとびらが見えてきた。扉の先は王の間だ。

 フィオナたちが近づくと、扉の両側に立っていた騎士たちが扉を開ける。

 中に足をれ、ルークに先導されながら、真ん中にかれた赤いじゅうたんの上を進む。

 王の間には護衛騎士が六名、王の側近が二名、それぞれ玉座を囲うように立つ。

 そして玉座にはこの国の王がちんしていた。赤髪をオールバックにした、茶色のひとみを持つそうねんの男性だ。

 フィオナはルークにならってかたひざをつき、頭を下げた。


「よく来たな、金の魔術師。私の名はディークハルト、この国の王だ。おもてを上げて楽にしていいぞ」


 よく通る低い声で、エルシダ王国の国王はフィオナに声をかけた。

 彼女は顔を少しだけ上げて、目の前のルークをちらりと見る。彼は国王のおんまえだというのに、後ろを向いてニカッとして立ち上がったので、彼女も立ち上がる。

「ご尊顔を拝しましてきょうえつごくに存じます、国王陛下。フィオナと申します」


 右手を胸にそっと当て、軽く頭を下げこの国のあいさつをする。そしてゆっくり頭を上げると、国王の顔をじいっと見た。

 この二人、すごく似ている……。

 そんな心の声はつつけのようで、国王は彼女の疑問にすぐさま答えた。


「そこにいるエディルークは私のおいだ」

「甥……ですか」


 甥ということは、ルークは王族に連なる血筋ということだ。そして本名はエディルークというのだと今知った。

 フィオナは少しだけなやみ、目の前のルークにだけ聞こえるようにボソッと呟く。


「エディルーク様?」

「いやもう今さらいいっすから」


 彼はまた後ろを向いて、苦笑いしながら王の間にひびわたるほどの声で言い放つ。

 そうだよね、今さらもう良いよねと彼女もすぐになっとくし、『そっか』と小さく呟いた。


「さてと、君のことはマティアスから大体聞いているが、こうやって顔を合わせるのは初めてだからな。改めていろいろと聞かせてもらおうか」

「はい。何なりとご質問ください」


 フィオナはルークの前に出た。国王は前もって聞いていたが、彼女の口から改めてガルジュードていこくの現在の内情を聞き出すことにし、彼女は知っていることを全て話す。

 帝国がエルシダ王国に対してりゃくだつを試みるようになったのは、約一年前から。

 こうていが病にたおれ、第一皇子、ジルベートが全権を握るようになってからだ。

 欲深い皇子は神器の使い手であるフィオナの力を使って、他国の豊かな領土を手に入れようと画策しだした。

 そのためにまずは自国の力をより強めようと、りんせつする王国の資源の略奪から始める。

 ぼうぎょりょくを上げる守護石、武具やどうかくとなるせきを産出する土地にフィオナをふくむ魔術師をいくとなくけんし、その土地から資源をうばうことをひたすらかえす。いつしか土地の守りは強固になっていき、激しいせんとうが繰り返されるようになっていった。

 友好的とは言えないが、帝国と王国はおたがい深くかんしょうすることなく、無難な関係を保っていた。両国の行き来はかくてき自由に行われていたのだが、皇帝がせったことにより関係が悪くなる。平和主義である王国側からは、文書でのこうが幾度となく入ったが、帝国側は全て無視し続け、略奪の手をゆるめることはなかった。

 国王が、帝国の皇子はどのような人物なのかと彼女にたずねたので、彼女は『横暴でごうまんれいこく非道でエッチで最低な人です』とたんたんと答える。

 エッチという部分は本来ならこの場では必要のない情報だが、彼女は言わずにはいられなかった。エロ皇子だと他国に知れ渡ってしまえという願いをめて伝える。

 だってだいきらいだから。


「君には帝国への忠誠心はないようだと聞いたが、本当か?」

「はい。そのようなものは元々持ち合わせておりません。大切な故郷はありましたが、そこにはもう大切な人はおりません」

「そうか……ではもうもどれなくても構わないのだな」

「はい。二度と戻りたくありません」


 フィオナはきっぱりと言い放つ。


「ふむ。ところで君はマティアスのことをどう思う」


 何のみゃくらくもないとうとつな質問に、彼女は『なぜ?』と思ったが、国王からの質問なのだからきちんと答えないといけない。彼女はしばし考えた。


 マティアスとは口をいたこともない敵同士だったにもかかわらず、ここに来てからはずっと優しくしてくれている。

 望みを聞いてくれて、細やかな気遣いで世話を焼いてくれる。

 温かくて、一緒にいると安心する存在だ。そう、まるで――


「お母さん……? マティアスはお母さんみたいです」

「ぶはッ」


 一番しっくりくる表現をしてみたら、後ろからす声が聞こえてきた。

 振り返ると、ルークが口を押さえてぷるぷるとふるえていた。


「おかっ、お母さん……」


 彼はこらえきれずに、その場にしゃがみこんでしまった。

 彼女は思ったことを口にしただけなのに、何がそんなにおもしろかったのだろうかと疑問に思いながら前を向き直すと、国王も少し震えて下を向いていた。

 護衛騎士や側近も、表情こそ変わらないが小刻みに震えているように見える。


「くくく……お母さんか……あいつびんだな……」


 国王は笑いを堪えながら呟いた。


(不憫……? そっか、男性にとってはお母さんと言われることはくつじょくなんだ)


 せめてお父さんと言えば良かったのだろうか。だけと、どう考えても彼は『お母さん』がしっくりくる。一度言葉に表すと、もうそれ以外は考えられない。

 だけどマティアスをはずかしめるような表現をしてしまい、申し訳ない気持ちになる。


「あの、マティアスには言わないでいただけますか」

「くく……分かった。だまっていると約束しよう。他の者たちも決して口外しないように」


 国王が周りの者たちに目をやると、彼らは軽く頭を下げてりょうしょうの意思を表した。


「おこころづかい感謝いたします」


 この場にいる数人が今後口外しないなら、だいじょうだろう。フィオナも本人の前でうっかり言ってしまわないように、気をつけようと心にちかった。


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