2-3


 国王との謁見が無事終わり、フィオナとルークは王城から出た。


「おつかれさまっす。さてと、今から何しましょ? 今日はオレがマティアスさんの代わりに甘やかす日なんで、何でも言ってほしいっす」

「あぁ……やっぱり私、甘やかされてたんだね」

「そうっすよ。でろでろなんであきらめて受け入れるしかないっす」


 こうもはっきり言われると、逆にすがすがしくなる。


「私に同情してくれてるからだよね。うれしいけどつうにしてほしいな。望みを聞いてもらわなくても、もう十分幸せだからこれ以上は良いよ」


 しみじみのんびりと告げると、ルークはピタリと足を止めて、ポカンと口を開けた。

 信じられないものを見たような顔をしている。


「え、マジ? あんだけあからさまなのに気付いてないとかマジっすか?」

「まじって何? あからさまに甘やかされてるってことは、ちゃんと気付いてるよ」


 フィオナはこてんと首をかしげた。気付いていると今話しているところなのに、何がマジなのかが分からない。


(うわぁ……マジだ)


 マティアスの行動はあからさますぎて、さすがにぼんやりとした彼女でも気付いていると思っていたのに、まさか全く理解していないだなんて。

 どうしたものかとルークは悩んだ。マティアスが彼女を女性としていとしく思っているのは、だれの目から見ても明らかなのだと教えようか。しかし自分が教えたことにより、彼女が彼に対してよそよそしくなってしまい、二人の関係が悪くなってしまったら……。


(うん。やめといた方がいいな)


 そんなことになったら、命がいくつあっても足りない。


「いや、それでいいっす」

「??」


 彼は何も教えず、ぼうかんすることにした。

 余計なリスクは負わずに、無難に日々を過ごしたいのだ。


「で、何したいっすか?」

「結局聞くんだ……えっとね、散歩がしたいかな。この辺りは来たことがなかったから」

「散歩っすか。りょうかいっす」


 二人はこのまましばらく王城の周りを歩くことにした。


「ねぇ、私がお世話になってる建物はきゅうていじゅつの宿舎って聞いたけど、ルークも住んでるの?」

「オレは二階に住んでるっす。あそこは魔術師のきょてんであり宿舎でもあるから、みんなはホームって呼んでるっすよ。となりの建物は騎士の拠点で、マティアスさんはそこで過ごしているっす。ちなみにフィオナさんがいる部屋はちょうビップルームっす」

「やっぱり」


 何となくそうだろうとは思っていたからおどろきはしない。でもなぁと希望を口にする。


「普通の部屋に移動できないかな」

「無理っすね」

「どうしてもダメ?」

「文句があるならマティアスさんに言ってほしいっす。権力を振りかざして好き勝手してるのはあの人っすから」


 そう言われてしまうと、もう何も言えなくなる。

 マティアスにはすでに、部屋がごうすぎて落ち着かないから移動できないかと伝えたことがあるが、気にしなくていいときゃっされているのだ。


「うん、もういいや」

「そうそう。人間諦めがかんじんっす」


 二人で顔を見合わせて苦笑いし、しばらく王城の周りを散歩してからホームへと戻った。


「すんません、自分ちょっと限界っす」

「分かった。行ってきて」


 建物に入ってすぐのところで、ルークはトイレに行きたいと訴えた。フィオナを五階の部屋まで送るゆうがないため、彼女を廊下に待たせて向かうことにする。


「ほんとすんません、しばらく動けなくするっす」

「はーい」


 両手をすっと前に差し出すと、ルークは左のかせに向けて黒いりょくを飛ばした。

 枷に描かれているもんように魔力が吸い込まれると、彼女はみるみるうちに体の力がけていき、その場にペタンと座り込んだ。

 じゅいんの発動を確認すると、彼は走ってトイレに向かった。

 どうやら左手の枷に施された呪印は、体から力を奪うものだったようで、彼女は手を軽く握るのがせいいっぱいなほど力が出ない。どうがんっても立ち上がれそうにない。

 じゅいんってすごいなぁとしみじみ感心しながら座って待っていると、後ろから歩いてきた人物が、自分の目の前でピタリと足を止め、こちらにつま先を向けた。

 ダークグレーのスボンと黒いくつしかフィオナの視界には入っていないので、誰なのか分からない。上を向くのも一苦労だけど、何とかグググと顔を持ち上げて、目の前の人物の顔を見上げる。

 青いえりきシャツを着て、長いまえがみを真ん中で分けた少し目付きの悪い黒髪の男性は、何だか見覚えがあるような、戦ったことがあるような気がした。


「こんにちは」

「……」


 フィオナは挨拶をしてみたけれど、返事はない。

 彼が無言で右手をそっと前に出したので、彼女は何だろうとじっと見た。手のひらからじわっと水が出てきたところで、あぁもしかしてと思った次のしゅんかんには、バシャッと頭上から水がおそってきた。


「はっ、魔力をふうじられてるとただの弱っちい女なんだな」


 結構な量の水をその手から放出し終えてから、彼はようやく口を開いた。投げ捨てるように言い放つと、びしょれのフィオナをさげすんだ目で見下ろす。

 そんなじょうきょうでも彼女は至って冷静なまま、全く動じない。


「……あ、いつも水でこうげきしてきてた人だ」


 水を頭からかぶったことにより、この人はよく水のうずなどで攻撃をしてきた人だと思い出した。もちろん彼女はその攻撃を押し返したりこおらせたりと、難なく対処していた。

 彼は平然としているフィオナにピキッと青筋を立てるが、彼女は淡々と話しかける。


「ねぇ、ちょっとお願いがあるのだけど」

「何だよ」


 彼は不満そうに緑色の目を細めている。


「あのね。後でこの水片付けておいてもらえるかな。このままだと通りかかった人がすべっちゃうから」

「はぁ? ならオマエがけばいいだろ」


 彼は少しだけ声をあららげたが、彼女は動じることなくマイペースに考えだした。


「そっか。そうだね。でも濡れたまま雑巾を取りに行ったら廊下を濡らしちゃうし……どうしようかな……」

「……」


 うーんと悩みながら、どこまでものんびりゆったりと話すフィオナに調子をくるわされ、彼は顔をしかめて無言になった。


「っっあー! グレアムさんこのやろう、何てことしてんすかー!」


 トイレを済ませたルークがバタバタと走り寄ってきた。そのままフィオナの枷にそっとれて、体の力を奪っていた呪印を解除する。


「グレアムさん、さっさと水を消すっす」

「っっだよ、うっせぇな。元々そのつもりだったっての」


 めんどうくさそうに言い放つと、彼はすぐに水を消し去った。まともに動けるようになった

 フィオナはよっこいしょと立ち上がる。


「ありがとう。私フィオナって言うの。よろしくね」


 彼女は何事もなかったかのようにのんびりゆっくり穏やかに自己しょうかいをするので、グレアムはまゆをひそめる。


「はっ、変なヤツ」


 そう言い捨てると、彼はさっさと立ち去ってしまった。

 ずっと淡々と受け答えしていたフィオナだが、彼の台詞ぜりふしょうげきを受けてしまった。


「私って変なんだ……」


 変なヤツと言われてちょっぴり悲しくなり、か細い声でうなれる姿に、ルークはすかさずフォローを入れる。


「変じゃないっすよ。変なのはあの人の方っす。いい年してずかしい」

「ほんと? いい年って、あの人いくつ?」

「二十三歳っす。あれで自分より年上だなんて、ほんと信じられないっすよ」


 ルークはうでを組みながら顔をしかめている。


「そう。マティアスと同い年なんだね」

「そっすよ。マティアスさんもたいがいアレっすけどね……」

「あれって何? マティアスは優しくて素敵な人だよ」

「あー……はい。そっすね」


 フィオナさん限定なんすけどね……という言葉は、彼女に聞こえない声で言った。


「それよりフィオナさん、さっきは一人にしてすまなかったっす。まさかあの短時間にグレアムさんがちょっかいを出してくるなんて、さすがに思わなくて」

「ううん、気にしないで」

「そっすか。それじゃ部屋に戻りましょか」

「うん」


 二人は彼女の部屋に向かって歩き出した。

 五階まで階段を上っていき部屋に着くと、フィオナは胸元のリボンを外した。シャツの一番上のボタンも外してふぅとひといきく。

 首元までしっかりかっちり締めているのは苦手なのだ。

 ルークとテーブルを囲みに座ってお喋りしていると、きゅうの人間がワゴンを押して部屋に入ってきた。

 手早く二人分のお茶をれ、焼きなどを並べ終わると、さっさと退室していく。

 ココットにはハチミツとジャムがそれぞれたっぷり入っていて、フィオナはマティアスの顔をおもかべてふふっと笑った。

 皿に小さなマフィンを一つ取って、ジャムをたくさんかけてからかぶりつく。

 飲み物は温かい紅茶。口の中をスッキリとさせるために、こちらは何も入れずに飲む。

 少しの間だけどびしょ濡れになった体に温かい飲み物がみ渡り、ふぅとまた一息吐いた。そしてしみじみと思いを口にした。


「ねぇ、ここの人たちっていい人ばかりだね」

「頭から水ぶっかけられたばっかなのに、何でそういう感想になるんすか?」

「だって、あからさまな悪意を向けられたのはさっきが初めてだったから。水をかけられて、あぁこれが普通の反応だよなぁって思ったんだ」

「あーなるほど。それはっすね……」


 ルークは、フィオナが敵だったにもかかわらず、あまり悪意を向けられていない理由を話しだした。

 フィオナが戦場で誰も命を落とさないよう、手加減していたこと。

 味方であるはずのていこくじゅつの攻撃をこっそりとぼうがいしていたこと。深手を負った王国の魔術師や騎士がてっ退たいできるよう、手助けしていたこと。


「……え。何で知ってるの?」


 絶対にバレていない自信はあった。えんかくで魔術を放つ時は、その場にほうじんを描く必要がある。彼女が魔術を放つ時、描いた陣はうでと同じ金色の光を放っている。なのでバレないようこっそりと魔術を使う時だけ、白い光を放つように手を加えていた。

『敵は全て退けろ』という皇子の命令にそむいていると自身の心が判断してしまうので、呪印による痛みが毎回襲ってきたが、ほんのいっしゅんだけなので何とかまんしていた。

 かんぺきかくしながら行っていたのに、なぜバレていたのだろうと驚く。


「気付いたのはマティアスさんっす。そんでフィオナさんをらえたことを機に皆にバラしたんすよ。皆、不自然に思ってたことが多々あったみたいですんなりと納得したっす」

「……そうなんだ」


 なるほど。だからレイラも普通に優しくしてくれて、廊下ですれ違う人たちの視線にも悪意を感じなかったのかと納得する。

 敵視されるよりはずっといいけれど、何だか恥ずかしくなり、両手でほおおおった。

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