1-7

 

 翌日は朝から雨模様で、窓の外は灰色の空が広がっている。

 じめっとした空気の中、フィオナは熱を出してベッドで寝込んでいた。

 溜まっていた疲れが出たのだろうと、しんさつした医者は言う。

 治癒士は体の損傷は癒すことができるが、病気や発熱などの体の不調を取り除くことはできないので、薬を飲んで寝て治すしかない。

 フィオナは高熱で顔を真っ赤にしている。ゼーゼーと肩で息をして、目のしょうてんは合っておらずうつろだ。

 マティアスは鎖を外し、付きっきりで看病をした。冷たく濡らしたタオルでおでこを冷やし、少しでもぬるくなってきたら瞬時に冷たいものを用意し取り替える。

 頭の下のみずまくらも冷たすぎないぜつみょうなひんやり感をし、定期的に取り替えた。


「うぅ……お水……」

「よし、飲ませてやる」


 彼女が熱に浮かされている間は、細長い飲み口の付いた容器でマティアスが手ずから水を飲ます。


「うぅ……トイレ……」

「よし、任せろ」


 ひょいと抱き上げ、トイレの扉の前まで連れていくほどのけんしんぶりだ。

 トイレを済ませてふらふらと扉から出てきた彼女をまた抱き上げ、洗面所で手を洗わせることも忘れない。

 部屋にまって看病するわけにはいかないので、夜は彼女の部屋の扉の外に座って眠ることにした。そして一時間おきに中に入って様子を見る。

 おでこのタオルを冷たいものに取り替え、『お母さん』とうわ言を言いながら涙を流す彼女の頰をそっとでた。

 熱が少しだけ下がり何とか会話ができるまで回復すると、彼は厨房で特別に作らせたひょうを持ってきた。


「美味しい……ありがとう、マティアス」


 背中にクッションをめて上半身を少し起こした彼女に、マティアスは手ずからスプーンで口に運ぶ。


「ほら、まだあるぞ。口を開けろ」

「ん……」


 言われるがまま口を開けパクリと食べると、へにゃりと顔を緩ませた。

 何とも形容しがたい欲が満たされていくマティアス。これはたまらない。みつきになりそうだと喜びをみ締めながら食べさせた。

 翌日にはねつにまで下がり、フィオナは上半身を起こして座れるほどに回復した。

 マティアスは厨房で特別に作らせた食事を持ってきた。米と野菜をにわとりのスープで柔らかく煮たものだ。スプーンですくい少し冷ましてから彼女の口に運ぶ。

 パクリと口に入れると優しい味がして、フィオナはふわりと目元を和らげた。


「美味しい。マティアス本当にありがとう。もう自分で食べられるから大丈夫だよ」


 そう言いながら両手を前に出した。


「……そうか」


 彼はとてつもなく残念そうな顔で、食事を載せたトレーを渡す。

 フィオナは完食してからまた少し寝た。

 数時間経って目が覚め横を見ると、ソファーには本を読むマティアスの姿があって、自身の手首には鎖が繫がっていなくて。それだけのことがたまらなく嬉しかった。

 体調をくずした時に誰かが側にいてくれるなんて、子どもの頃以来だ。

 しばらくじーっと見ていたら、マティアスはフィオナが目覚めたことに気付いた。

 本を横に置いて彼女に近づくと、同じ目線までしゃがんで問いかける。


「冷たくて甘いの食べるか?」

「うん、食べたい」

「よし。それじゃすぐに持ってくるから待っててくれ」


 そう言ってフィオナの右手をそっと持ち、枷と鎖を繫いだ。


「すぐに戻ってきて外してやるからな」


 マティアスとルークが近くにいない時は繫がれているのが当たり前なのに、彼はいつも申し訳なさそうにしながら枷と鎖を繫ぐ。

 フィオナはそれがいつもおかしくて、くすぐったくて、ふふっと笑ってしまった。


「うん、待ってるね」


 数分後、マティアスはひんやり冷たいミルクプリンを持って戻ってきた。

 彼女好みの甘い甘い味付けで、幸せそうな顔をして食べる様子を満足気に眺める。


「食べたら寝る前にきちんと口をすすぐんだぞ。虫歯になってしまうからな」

「うん、分かった」


 お口の健康にまで気を遣うほどの徹底ぶりだ。

 彼女は言われた通りに洗面所に行き、しっかり口をすすぐ。

 ベッドに戻って彼と少し話をしていると眠くなってきたので、また少し眠った。

 翌日にはすっかり熱も下がった。

 マティアスが部屋を訪れたので鎖を外してもらい、シャワーを浴びてさっぱりとする。


「もう何でも食べられそうか? どこかつらくはないか?」

「体は元気だけどのどが痛いから、からいものは食べたくないかな。それ以外なら何でも食べられそうだよ」

「そうか、分かった」


 マティアスは朝食を取りに行った。そして戻ってくると、二人でテーブルを囲む。

 朝食が済み着替えると、彼は用事があると言って出かけていったので、フィオナは部屋で一人でソファーに座って本を読むことにした。

 しばらく読書に没頭していると、マティアスが戻ってきた。その手にはガラスびんを持っている。


「喉の痛みを和らげる飴だ。これを食べるといい」

「わぁ……!」


 手渡された手のひらサイズのころんと丸いガラス瓶には、はくいろの丸い飴がたくさん入っている。食べるのが勿体ないほどキラキラしていて綺麗で、しばらく両手で持って中を覗き込んでいた。


「すごく綺麗。ありがとうマティアス」


 フィオナはありがたくいただくことにして、蓋を開け一つぶ取り出して口に入れた。優しいハチミツの甘さが口に広がって喉をうるおす。

 そのとろけるような表情で、聞かなくても美味しいのだなと分かる。


「好きなだけ食べていいからな。なくなったらまた持ってこよう」

「ありがとう」


 マティアスは午後から少し任務があると言い、彼女と一緒に昼食をとった後は出かけていった。

 また部屋で一人でソファーに座って本を読んでいると、ルークが訪ねてきた。


「熱は下がったって聞いたっすけど、元気になったっすか?」

「うん。もう大丈夫だよ。ありがとう」

「そっすか。それなら良かったっす」


 彼は頭の後ろで手を組みながら朗らかに笑う。ふとソファーの横のテーブルに置いてあるガラス瓶が目に入ると、その顔からはみが消えて、そのままじーっと見つめた。


「その飴、持ってきたのはマティアスさんっすね」

「うん、喉が痛いって言ったら持ってきてくれたの」

「そっすか……」


 苦笑いをしているルークに、彼女は何だか嫌な予感がした。


「ねぇルーク、もしかしてこの飴すごく高価なものだったりするのかな?」

「へぁ? いや、そんなことないっすよ。普通のごくありふれた飴っす。どこでも手軽に買えちゃうやつなんで、遠慮しないでどんどん食べて大丈夫っす。ほんと、しっかりいっぱいガッツリと食べて喉を治してほしいっす。それはもう切実に」


 ルークはにっこり笑っているが、内心ドキドキでかなり焦っている。

 彼は思い切り噓をついた。その飴は、遠い国でしか採取されない希少なハチミツで作られた、とてつもなく貴重で高価なもの。国へのけんじょうひんとしてもつかえないほどの品である。

 それをマティアスはフラッと手に入れてきて、彼女にポンと渡したのだ。

 高価だと知って彼女が食べることを躊躇い、それが自分が教えたせいだなんてマティアスに知れたら。

 考えるだけで体がふるえる。どんな目にわされるかなんて想像もしたくない。

 自分は何も見ていない。ルークは飴のことは忘れることにし、小さく呟いた。


「……ここまでごしゅうしんになるだなんて思わなかったっすよ」

「何か言った?」

「何でもないっすよ」


 今までどんな女性に言い寄られても適当に相手をしていたマティアスが、ここまで入れ込むなんて。彼の熱の入れようには軽く引いているが、この不憫な女の子には幸せになってもらいたいと、心から願っている。

 ルークはかげながら見守ろうと決めた。




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