1-6



 カーテンのすきから暖かな日差しが差し込む朝。ふかふかなベッドで気持ちよく眠っていたフィオナは、ノックの音で目が覚めた。


「入ってもいいか?」


 マティアスのびかけにむくりと起き上がり、ふくらはぎまで長さのあるワンピースタイプの寝巻き姿で、長い鎖をずるずると引きずりながら扉まで歩いていく。


「おはよ……マティアス」


 扉を開けて目をこすりながら挨拶をする。頭はまだ半分寝ているようだ。


「今起きたところか。朝食は早かったようだな。もうとっくに起きているかと思って持ってきてしまったのだが、もう少し後にするか?」

「……ごはん……食べたい」


 フィオナはぼーっとしながらも意思を伝える。


「そうか、それでは準備をする。君は顔を洗って、しっかりと目を覚ましてくるといい」

「……ん……分かった」


 マティアスはワゴンを押して部屋に入ると、ポケットから鍵を取り出して、枷から鎖を外した。

 彼女はふらふらしながらも、言われた通りに洗面所に向かう。冷たい水で顔を何度か洗うとスッキリ目が覚めた。

 鏡にはボサボサ頭の自分が映っていて、さすがにみすぼらしいので髪をくしでとき、後ろでくるんとお団子にする。

 部屋に戻ると、マティアスがテーブルに朝食を並べ終えたところだった。


「わぁ……」


 パンにオムレツ、スープ、ウインナー、サラダ、ヨーグルト、果物など。

 昨日の夕食時に改めて好きな食べ物を聞かれたのだ。彼女が好きだと言った食材を使ったものばかりが並んでいて、思わずかんの声がれた。

 そして、並んでいる朝食の量からとあることを察し、期待に胸がふくらんだ。


「ねぇ、すごく量があるんだけど、一緒に食べてくれるのかな?」

「そのつもりだ」


 マティアスは手早く取り皿などをセッティングしながら答える。


「ありがとう」


 昨日だけでなく今日も一緒に食べてくれるなんて。嬉しくなって感謝を口にすると、彼はほんの少し表情を和らげた。

 向かい合わせに座って共に朝食をとり始める。彼女は食べられる量だけ取り皿に取っていった。

 マティアスが大きなオムレツにナイフを入れると、中からとろりとチーズが出てくる。

 朝からなんてぜいたくな光景だろう。


「わぁぁ……」


 フィオナは瞳を輝かせる。『とろりとけたチーズが好き』と言ったが、まさか朝食で出てくるなんて。感動しているうちに皿に取り分けた分が目の前に置かれた。


「ありがとうマティアス。本当に嬉しい」

「そうか。それなら良かった」


 朝から幸せそうな顔が見られただけで、彼は大満足だ。

 取り皿に取った料理を食べ終えると、彼女は最後の楽しみに残しておいたヨーグルトを目の前に置く。そして上からかけようとハチミツのびんを持った。

 その様子を見たマティアスは、近くに置いてある小さなうつわを手に取る。


「ここにベリーソースもあるが……あぁ、もうおそかったか」


 渡そうとした時には、ヨーグルトにはハチミツがたっぷりとかけられていた。

 しかし彼女は顔を綻ばせて手を差し出す。


「わぁ、もらっていいかな?」


 彼は手の上に器をポンと置いた。彼女は受け取るとすぐに、ハチミツをかけた上からベリーソースをとろりとかける。

 あまり甘いものを好まないマティアスは顔をしかめた。


「……君は甘いものが好きだと言っていたが、相当なんだな」

「うん、大好きなの」


 甘いものをこれでもかとたっぷりかけたヨーグルトをスプーンですくい、パクリと口に入れる。とろんとした幸せそうな表情から、美味しくてたまらないんだなということは容易に窺える。

 マティアスは彼女の食事に甘いものを増やそうと心に決めた。


「今日は天気が良いから外に出て散歩するか? ここのしき内の庭を歩くぐらいしかできないが」

「外に出ていいの?」

「当たり前だろう。もちろんかんが必要だから俺と一緒だがな」

「やった。ありがとうマティアス」


 部屋から出てはいけないものだと思っていたので、思わぬ申し出に心がはずむ。朝食を終えて着替えると、食器を載せたワゴンを押して歩くマティアスの後ろを付いていった。


「ねぇ、マティアスは私のこと監視しないといけないんだよね? 私、前を歩かなくていいの?」

「問題ない。後ろから何かしようとしても、すぐ対処できるからな」

「そっか……そうだね」


 彼は自分がどの方向から攻撃を仕掛けようが、すべて斬りいてしまうような人だったと思い出した。もちろん今の彼女は何もする気はないが。

 ワゴンはしょうこうせて下ろし、二人は階段で一階へと下りる。

 一階には魔術師や騎士が利用している食堂があった。食堂の中は通らず、裏口からちゅうぼうへ入った。


「あの、ごちそうさまでした」


 食器をへんきゃくする時に、居合わせた年配の女性にお礼を言う。


「あんらまぁ、この子が噂の子かい。可愛らしいおじょうさんだねぇ」


 女性は意味深な笑みを浮かべ、マティアスに目をやる。彼は顔をしかめた。


「フィオナっていいます。ご飯とっても美味しかったです」

「そうかいそうかい、そりゃ良かった。ほら後でこれお食べ」


 女性がポケットからあめを取り出して手渡してきたので、フィオナはありがたく受け取ってまたお礼を言った。

 隣のマティアスとおしゃべりをしながら庭を散歩する。途中ですれ違う魔術師や騎士たちにはペコリと頭を下げていった。


「ねえ、マティアスの服の色が他の騎士たちと違うのって、偉い人だから?」

「あぁ……不本意ながらそうだ。騎士団の団長になるのを断ったら、団長たちと同じような権限だけを押し付けられたんだ」

「そっか。大変だね。でも他の人たちと違う黒い服は格好良いね」

「そうか?」

「うん」

「……そうか」


 めんどうくさそうに眉間にシワを寄せていたマティアスの表情が和らいだ。

 フィオナはさきほどもらった飴を口に放り込み、ぽかぽか陽気の中でじんわりと幸せを感じていた。目が覚めてからまだ二日目なのに、もうこの国が好きになり始めていた。

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