1-5


 どれくらい時間が経っただろうか。ふと窓の外に目をやると、いつの間にかうすぐらくなっていた。かなりの時間、読書にぼっとうしていたようだ。

 膝に本を置いて、うーんと伸びをしていると、ノックの音が響いた。


「入ってもいいか?」


 低くて聞き心地のよい色気のある声。マティアスらしき声だ。


「どうぞ」


 返事をすると、やはりマティアスだったようで、彼は扉を開けて大きな二段ワゴンを押しながら入ってきた。


「夕食を持ってきた」

「わぁ、ありがとう」

 彼はすぐにポケットから鍵を取り出し、フィオナの手を取って鎖を外した。そして部屋の中央の四角いテーブルに料理を次々と並べていく。


「えっと、これ全部私の分じゃないよね?」

「君の分だが」


 当たり前だろうと言わんばかりに、テーブルにところせましと料理を並べながら軽く返事をする。夕食をいただけるのは嬉しいが、昼食をとってからほとんど動いていないし、元々あまり量は食べられない。フィオナは少し苦笑いをした。


「あのね、すごくありがたいけど、さすがに食べきれないよ」

「好きなものを選んで食べたらいい。あとは残せばいいだけだ」

「……そんな勿体ないことできない」

「問題ない。残りは俺が全部食べるつもりだ」

「……え」


 キリッとした顔で、まさかの残飯を食べるという宣言をされてしまった。

 それは問題あるよとフィオナは思う。王に次ぐ権力を持つ人間が、捕虜の残飯を食べるだなんてありえない。

 しかし残りを食べてくれる人がいないと、せっかくの料理が無駄になってしまうというのも事実。それはそれで困る。食べ物を粗末にしたくはないのだ。

 フィオナは少し考え、それならばとお願いしてみることにした。


「えっとね、マティアスに残り物を食べさせるのは嫌なんだ。だけど残った料理がはいされるのも嫌なの。だからね、ここでいっしょに食べてほしいんだけど……ダメかな?」

「ぐ……」


 マティアスは少したじろいだ。うわづかいでの少し遠慮がちのお願いが、反則級の可愛さで断れない。


「……いや、ダメではない。一緒に食べよう」

「良かった。ありがとう」


 フィオナはホッとして微笑んだ。

 マティアスは耳を赤くさせながら、彼女の席にフォークや取り皿を並べ、前の席にも予備で持ってきていたものを並べた。

 二人は向かい合わせに座り、食事を始めた。

 テーブルにはとにかくいろんな種類の料理が並んでいて、これって自分が好きな食べ物を言わなかったからだろうかと、フィオナは不安になった。


「ねぇマティアス、すごく嬉しいし美味しいんだけど、何だか悪いよ。私、捕虜なのに」

「嬉しいのなら良いだろう。誰も俺のすることに文句は言えないから問題はない」

「問題あるよ。こんなところで権力を使うのは勿体ないと思う」

「却下だ。俺がどう権力を使おうが俺の自由だからな。もともと使うあてのないものだから勿体なくはない。減るものでもないしな」

「えー……」


 フィオナは眉尻を下げながらも、とりにくこうそうきを口に運ぶと、すぐに顔をほころばせた。


「気に入ったか」

「うん。皮がパリパリでお肉がすごく美味しい」

「そうか。好きなだけ食べるといい。全部食べてもいいぞ」

「ありがとう。でもすごく美味しいからマティアスも食べて」

「……分かった」


 ふんわりと微笑みながらすすめられては断れない。マティアスも食べることにした。


「美味しいな」

「うん」


 美味しいものを誰かと分かち合うのは何年ぶりだろう。フィオナは彼との食事を心から楽しみ、テーブルいっぱいにあった料理は二人で全て綺麗に平らげた。

 大半はマティアスが食べてくれたので、残さずに済んで良かったとホッとする。


「君は昼にシャワーを浴びているが夜はどうする?」

「んー……今日はもういいかな。少しもあせをかいていないし。だけどそうしたら明日の朝シャワーを浴びたくなると思うし、どうしようかな」


 その時はまた鎖を外してもらって彼にそばにいてもらわないといけない。手を煩わせるのを申し訳なく思う。


「朝でも昼でも好きに浴びたら良いんだぞ。では今日の夜はきに着替えるだけでいいんだな」

「……あ、そっか。着替える時に鎖を外さないといけないから、また夜に来てもらわないといけないんだね。それなら今から着替えてくる」


 何度も来させるのは気が引けるのだ。フィオナは引き出しから寝巻きを取り出し、着替えるために急いで脱衣所に向かった。


「用事があれば何度でも来るのだが……」


 夜にまたおとずれる機会がなくなってしまったではないか。部屋に残されたマティアスは、心底残念そうな顔でボソッと呟いた。

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