1-2
あんな表情とはどんな表情なのか、フィオナには分からない。
感謝を述べたら、マティアスはすぐに後ろを向いて出ていったから、表情は見えなかったのだ。
「ねぇルーク。私、捕虜なのにどうして牢屋にいないの? 処刑される日はもう決まってるのかな」
「ははっ何すか処刑って。そんなのしないっすよ」
「何で?」
「何でって……マティアスさんにまだ何も聞いてないんすね。後で聞くといいっすよ」
ルークは頭の後ろで腕うでを組みながら、けらけらと笑っている。
処刑されない。そんなわけはないだろうと彼女は思う。自分は敵国の人間なのだから。
今まで幾度となく
この国の国王は平和主義者で争い事を
だけどここでは死ぬ直前まで人間らしく生きさせてもらえそうな感じがして、痛くて苦しくないよう楽に死なせてくれそうだと期待を
数年間、道具のように扱われてきて、ここ数ヶ月は特に散々だったから。
「そう言えば、戦ってる最中に急に倒れてびっくりしたっすよ。何かあったんすか? マティアスさんのせいっすか?」
「えっとね、マティアスのせいではないけど、ちょっとだけマティアスのせいかな。あの時すっごく眠かったの。あと少しで帰って寝られるって思ったのに、マティアスが来ちゃったから、もう良いやって諦めたの」
「はぁ? 何すかそれ」
何すかと言われてもフィオナは困る。事実なのだからしょうがない。
彼女はここ最近、寝る間もなく働き続けてきたことを話した。
皇子にボロ
「はぁー、帝国の皇子バカっすね。貴重な神器使いの扱いが酷いにもほどがあるっす。それで連れ去られて奪われてるんすからザマァないっすね」
「そうだよね。ばか皇子ざまぁみろって私も思うの」
よく使える便利な
エロ皇子ざまぁみろ。ばか。
「皇子のこと嫌いなんすね。それじゃ帝国に帰りたいって気持ちはないっすか?」
「……え?」
帰りたい? なぜそんなことを聞くのだろう。まさか帰されるなんてことは……なくもないかもしれない。神器である金の
帝国に帰されたら、数日にわたってこれでもかと苦痛を
「帝国に帰されるくらいなら、この国でささっと
フィオナは少しだけ顔に
「ははっ、だから処刑なんてしないっすから。帰りたくないんすね。
ルークは彼女が本気で死を受け入れているなんて
その後はもうその話題には
「待たせたな」
「ううん、全然。ありがとう」
マティアスは、ベッド横のテーブルに食事を
トレーの上にはパン、スープ、肉と野菜の
「足りなかったら追加を持ってくるから言ってくれ」
そう声をかけるが、フィオナの耳にはマティアスの言葉は入ってこない。
食事を前に目を輝かせ、感動しているからだ。
「わぁ、白いパンだ……スープの野菜が
ぶつぶつと呟く。
本当にこれを食べて良いのだろうか。自分は敵国の人間なのに。
さすがに
だけどフィオナにとって、そんなことはどうでもいいことだ。
「いただきます」
まずは見た目からして柔らかそうなパンを手に取った。力を入れずともぱかりと割れてほわほわと湯気が立つ。
すごい。簡単に割れたと感動しながら小さくちぎって口に入れた。久しぶりの柔らかなパンだ。
その様子をマティアスは
「どういうことだ? 君は帝国一の魔術師として、それなりの地位と
フィオナはもぐもぐごっくんとしながら、報酬? 何だそれはと目を細める。そんなもの、彼女はお目にかかったことがない。
「報酬なんてもらったことないよ。
そう言って、また小さくちぎったパンを口に放り込む。ほんのりと甘くて
「はぁ? 何でそんな扱いなんすか」
もぐもぐごっくんとして、
「エロ皇子の夜の相手を断ったからだと思うの。次の日からあからさまに
そう言って
野菜だけでなく肉の
「なるほど。君は、そのだな、帝国に心を通わせた相手はいるのか?」
「そんな人いないよ。
「……そうか」
マティアスはあからさまにホッとした表情を見せたが、彼女は目の前の煮込み料理の柔らかそうな肉の
マティアスとルークは食事の
その間、ルークは彼女が倒れた
二人は話をしながら、一口一口しっかりと味わうように食べるフィオナをじっと見つめる。果物まで綺麗に食べきり、水を飲んでほうっと幸せそうに息を
「ごちそうさまでした。すっごく美味しかった」
「足りたのか? いくらでも追加を持ってくるから
「ありがとうマティアス。もうお腹いっぱいだから大丈夫だよ。……そうだ、あのね、私の呪印を消してくれた人にお礼を言いたいんだけど、無理かな?」
少し遠慮がちに
そう思っていたら、ルークが自身の顔の横でビシッと右手を上げた。
「それならオレっすよー。呪印士であるオレが解いたっす。もちろん見つけたのは君の服を着替えさせた女性なんで、オレが体の
彼はニカッと笑い、上げていた手でピースする。
「そう。ありがとうルーク、あのクズ皇子から解き放ってくれて。心おきなくあの人の悪口を呟けるようになって、本当に
「何すかそれ? あの呪印は
「えっとね……」
フィオナは呪印について説明を始める。
彼女の腹部に施されていた呪印の効力は、主君に絶対服従し、命令に逆らい続けると命を落とすというもの。それは行動だけでなく精神をも縛る呪いで、悪意を口にしたり心の中で呟いたりしてもいけないという
「心の中で悪態をつくだけで襲ってくる痛みにはうんざりしてたの。だからありがとう」
「はぁー……反抗心を抱くだけで発動するなんて
ルークは
「しかしそんなものを施されていたのに、よく夜の相手を断れたな。その時はまだ呪印はなかったのか?」
「ううん、あったよ。だけど死んでもいいやって思って反抗したんだ。あんな人と肌を重ねるくらいなら死んだ方がマシだもん」
「そうか……」
マティアスは顔をしかめ、喜んでいいのかいけないのか分からない複雑な心境でいた。
「皇子は要求を取り下げたからギリギリ死ななかったの」
「さすがに欲望がまかり通らなかったからって、神器の使い手を失うような馬鹿な
「そうだね。そうじゃなかったらとっくに死んでると思う」
フィオナは白銀の枷がはめられた自身の手首をじっと見た。本来ならば、そこには神器である金色の腕輪があったのだ。
その様子を見ながら、マティアスはある決意を固め、そしてすぐに実行に移した。
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