2章 魅了魔法のヤバいやつ

2-1


殿でん、いつも助けていただきありがとうございます……」


 うすももいろの頭を深々と下げるクラウディア。当然のことだ、と俺は鼻を鳴らした。

 今日も今日とて、クラウディアはりょうほうを食らってポンコツになっている連中にせまられてひともんちゃくを起こしていた。本来であればちゅうさい役になるだろう教員までもが彼女の魅了のとりこになっているのだからどうしようもない。

 オロオロと困り果てていたのを無理やり引っ張ってひとのない第二校舎裏まで連れてきて一息入れたところだ。


「でも、どうしていつもいつも私がからまれて困っているところがわかるんですか?」


 クラウディアはきょとんと小さく首をかしげる。


「これだけ派手に魅了魔法をらしているんだ。貴様の行動パターンをあくするなど容易たやすいことだ」

「さ、さすがです! 殿下!」


 クラウディアはすみれ色の大きなひとみをさらに大きくしてキラキラとしたまなしを向けてきた。同時に、魅了魔法が強まり俺のじゃの守りをかいする。

 無意識に展開している魅了魔法はクラウディアの感情に左右されて強まりやすいらしいことを俺はコイツと過ごす数週間のうちに把握していた。

 初めのうちは破邪の守りがばくさんするとおどろいてビクッとしていたが、コイツも慣れたのかひとつふたつはじけたくらいでは気にしなくなったようだった。やはり、なかなかに図太い性質らしい。生まれつきのものか、異常なかんきょうに身を置きすぎてそう進化せざるを得なかったのかどちらだろうか。


(……コレがひとつでもこわれる、というのは本来おおごとなんだが……)


 うでを組み直すとジャラ、とマントの下に備えている破邪の守り同士が打ち合って音を立てた。王家に生まれてきた以上、この身に降りかかる危機はそれなりにあった。だが、過去どんなきょうがあろうとも破邪の守りが身代わりになることはなくゆうぜんと過ごしてきた俺としてはこの現状に複雑な胸中をつぶしている間に、クラウディアは不意に小首を傾げて見せた。


「……ん? もしかして、たまにジャラジャラって音が聞こえてたのって……」

「なんだ、気がついていたのか」

「はい。ジャラジャラ、って音が聞こえる時があったな、って」


 ボーッとしているようで、頭の回転はけしてにぶいわけではないらしい。話をしているとみょうに受け答えがけいみょうなことがある。国内有数の商家のむすめというだけのことはあるのか、意外とコイツとの会話はテンポがよくなかなか退たいくつしない。


「魅了魔法の使い手はどんなやつかと、少し様子を見させてもらっていた。悪かったな」

「うう……お、お見苦しいところをお見せしまして……」


 クラウディアはハハ、とかわいた声でしょうした。


「貴様がめられてげようとする先はたいてい中庭だ。取り囲まれてどうしようもなくなっているのは一年生の教室から第二校舎に向かう二階の渡りろう


 そして、最終的には廊下の窓から飛び降りてとうそうすることが多かった。様子をうかがいつつ逃げる手助けをたまにしていたから知っている。さてどうするだろうかと、迫る群衆に向かって風魔法を使ってひるませてすきを作ってやったら、迷いなくさっそうと窓から飛び降りる姿を初めてもくげきしたときはさすがに驚いたが。


「そ、そうです! かんぺきです、殿下!」


 キラキラとした目で見られるのは悪い気はしない。りょくせいぎょの特訓をしている最中のクラウディアの反応はだいたいなおじゅんぼくなものだった。王太子という身分にしゅくしている態度は最初こそ多少あったが数日のうちに『素』を見せてきた。

 早くコイツをなんとかしないといけない。その思いから始まった魔力制御トレーニングの日々だったが、存外やりがいがあった。乾いたスポンジが水を吸うように、クラウディアは教えてやればみるみるうちに魔力制御の技術を向上させていった。魅了魔法を撒き散らすめいわくきわまりないやつではあるがこちらの言うことを実直に聞く性格、真面目さ自体は素直に好ましいと思えた。


「このまま特訓を始めよう。準備はいいか?」

「はいっ、殿下! がんります!」


 クラウディアがグッと両手をめる。とおるすみれ色の瞳のかがやきをまともに真正面から見てしまうと、破邪の守りが反応し、パァンと弾けた。

 クラウディアはもはやこのくらいでは全く動じない。やる気まんまんにこぶしかかげて「がんばるぞー」とのんきに言っている。


(……)


 マントのすそを引っ張ってらすとジャラジャラと金属質のものがぶつかり合う音。破邪の守りはまだじゅんたくにある。だが、週末あたりにはまた追加で製造をらいしたほうがよさそうだとアタリをつける。

 魅了魔法を撒き散らす無自覚モンスター・クラウディア。コイツ自身は純朴な少女だ。コイツに指導すること自体はいい。案外楽しい時間になっている。ただ問題があるとすれば。

 ──破邪の守りのしょうもうが激しすぎるということくらいだ。


 翌朝。いつもと同じ時間に起き、簡単な朝食をとり、たくを終えた。

 じゅつ学園の学生りょうは一人一部屋個室があたえられている。生徒の身分階級には関わりなく全て同じグレードの部屋だ。王太子という身分の俺でも変わりない。簡易的なキッチン、木製のシングルベッド、机にたんほんだながひとつずつというこぢんまりとした簡素な部屋だが、ごこは悪くない。

 登校時間になるまで読みかけの魔術書を読み進めようと椅子を引いたところでノック音に気がついた。

 はい、と返事をし、じょうを外す。念のためとびらからきょを取ってから、向こうから扉を開けてもらう。学園内にしん者がしんにゅうすることはまずないが、念のためだ。朝一番にだれがなんの用だろうか。ゆっくりと扉が開かれていくのを注意深くながめる。そして、来訪者の姿を見て俺は目を丸くした。


「ジェラルド。……なぜお前が」

「なぜって、そりゃあ主君が危機にさらされている可能性があるならオレは来ますよ?」


 よく見知ったあかがみかたをすくめる。ジェラルド・エヴァンズ、俺の護衛騎士は長身をかがめて俺に視線を合わせると小さくささやいた。


「陛下も殿でんも心配しておいでですよ。なんでまたそんなに破邪の守りがヤられちゃってるんです?」

「……魅了魔法の使い手が学園内にいることは報告していたはずだが……」

「でも、いくらなんでもヤられすぎですよ。どんなヤバいやつなんですか?」


 ジェラルドは心配半分、こう心半分といった様子でハハと軽く笑っている。ピンク色の『やつ』ののほほんとしたがおを思い出して俺は思わず顔をしかめた。


「別に、つうのやつだ」


 俺の回答にふうん、とジェラルドはげんそうに鼻を鳴らす。デカい図体ずうたいで部屋の中に入ると、かつておのれの暮らしていた部屋の内装を見て「変わんねーな」と笑った。


「まあ、そんなわけで、視察です。学園内にどんな危機があるのか、ね」


 ジェラルドは意味深長なウインクをしておどけて見せた。



*****



 お昼休みの時間。今日はどこでお弁当を食べようかなあと考えながらわたり廊下を歩いていると中庭から黄色い声が聞こえてきた。


(ん?)


 ふと目を向けると見えたのは人よりも高い位置にあるキラキラのきんぱつ頭。殿下だ。そしてそのとなりにはそんな殿下よりもさらに背が高くて体格のいい赤髪の男性。大人の人だ。

 見慣れない人だけど、新しい先生とかかな?

 じっと見ていると、タイミングよくいた殿下とバチっと目が合う。そして、殿下のマント下からパァン! と弾ける音がした。

 元々勝ち気に上げられているまゆげんそうに一層つりあげられる。横にいる赤髪の男の人は殿下と私をこうに眺めて、なぜか目を細めて笑った。


「今、なにかれつ音みたいなのしなかった?」

「さあ……わたし、殿下たちを見るのに夢中だったから……」

「気のせいかしら……。それにしても、殿下、ただでさえうるわしいのにお隣にそうけんな美青年がいるだけでますますえてしまいますわね……」


 とうとつな破裂音を不思議がって周囲はいっしゅんだけざわめいたけれど、みんなすぐにまた殿下たちお二人を眺めるのに夢中になったようだった。


(そ、そっか。みんなは……殿下の破邪グッズの爆散に慣れていないから……)


 そういう反応になるのか、と私は知見を得る。破邪グッズのばくはつ音はものすごく大きな音、というわけではないけど、静かな場所でパァンすればそこそこひびく。でも、とりたててきょう心をあおるほどではない……というぜつみょうな音なのだ。


「見て。あの赤髪の方……王立騎士団のくんしょうをつけてらっしゃいますわ!」

「ということは、殿下の騎士なのかしら! どんなご用向きでいらしたんでしょう」


 殿下と赤い髪の人を遠巻きに見てるごれいじょうたちは、ひたすらキャアキャア言っている。

 そういえば殿下って王太子という身分だけど、学園では護衛も何もつけていらっしゃらなかったなあ。学園内では安全が保障されているから、ということなんだろうか。でも、それだとなんで殿下の騎士の人が今日はいるんだろう?


(考えてもわからないことはわからないよね。殿下の破邪グッズをひとつダメにしちゃったけど……今日の特訓の時に謝ろう!)


 人の注目を集めに集めている殿下の近くに魅了魔法を撒き散らしている私がるのも気が引けて、私はそそくさとこの場をあとにした。



*****



「へえ、あの子が。かわいい子でしたね、殿下♡」


 クラウディアの姿が見えなくなるやいなや、ジェラルドはねこのように目を細めた。さっそくターゲットを発見できてうれしいのだろう。すでに存在自体は父である国王陛下には報告している以上、アイツのことをかくす気はハナからなかったが、破邪の守りの爆散をもってして知られるというパターンは想定外だった。にやけヅラが言外になんらかのふくみを持たせているのが目に見えてなかなかいらたしい。


「オレ、破邪の守りが身代わりになって壊れるところ、実際に見たの初めてですよ。パァンっていうんですね」

「それはそうだろう。アイツに会うまで俺には脅威など存在しなかったからな!」


 俺はバンと胸を張る。破邪の守りは持ち主がのろいや魅了といった魔法をかけられたときに身代わりとなってくれるアイテムだが、そもそも持ち主自身がそれらの魔法をはじくことができていれば発動することはない。王太子という身分である俺にはそれなりの脅威に晒されることはままあった。が、破邪の守りが出る幕もなく、呪いだなんだというたぐいのものは全て自力で弾き返してやっていた。


「そうですよねえ、それでいうと逆説的にっていうか、そうとうヤバいってことですよね? あの子の魅了魔法」

「……まあ、そうなるな。何しろ、教員を含む学園の全員がアイツの魅了魔法のじきになっているくらいだ」

「なるほど。じゃ、早速その魅了魔法、ってのがどんなもんか見に行ってみようかな」


 ジェラルドは鼻歌交じりにクラウディアが去っていった方向に足を進めた。俺もその背を追う。ジャラ、とマントの下に仕込んでいる破邪の守りが揺れる音にジェラルドが目を丸くして振り向いた。


「えっ、殿下もいっしょに来るんですか?」

「なんだ、不都合でもあるのか?」

「いえ? んじゃ、じっきょうと解説お願いしますね」


 アイツの魅了撒き散らしっぷりの実況と解説。いいだろう、やってやろうじゃないか。

 クラウディアは校舎内を移動するときは『気配消し』の魔法を使うが、姿が見えなくなるわけではない。俺たち二人が早足で追いかけるとすぐにその背中に追いついた。


「……殿下、あの子、廊下で告白されてますね」

「魅了魔法だからな、廊下で告白くらいされるだろう」

「なんか五人くらいいてきてますけど。あ、女の子も来た」


『気配消し』の魔法の効力はおまじない程度のものだ。身を隠したじょうきょうや人混みの中で使うのならばそれなりに有用だが、校舎内廊下のような場所ではたいした効果はない。一人に見つかってつかまれば続々と生徒たちはクラウディアをそくする。

 ジェラルドは初めて見るクラウディアのきょう的な魅了魔法に苦笑いをかべていた。


「なんであの子、女の子からもめちゃくちゃ情熱的に告られてんすか?」

「魅了魔法が強力すぎる。ろうにゃくなんにょ関係なくアイツに夢中になっているから俺はよめさがしがはかどらんのだ」

「嫁候補探し、全然報告聞かないから殿下がモテないのかと思ってたらあの子に取られてたんすね」


 うんうん、となっとくしきりでジェラルドがうなずく。

 アイツが入学してくるまでは未来のきさきの座をねらう女子生徒に取り囲まれることも多かったが、アイツの入学以来、学園内を歩くのがずいぶんと楽になってしまった。みんなアイツの方に向かうからだ。地位と権力しか見ていない連中にとりつかれなくなったのはよかったのだが、魅了魔法にかかっているとみんな少し知能が下がるらしい。そんな中から嫁、いや未来の妃候補は選べなかった。

 俺がそう振り返っているうちに、男女入り乱れて混戦を見せる現場に白衣を着た長身の男がやってきて、クラウディアの手を引いて行った。


「おっ、先生が助けに来た!」

「それはマズい! どこかの特別教室に連れ込まれる前に助けに行かねば!」

「ねえ、先生もダメなの!? なんで!?」


 とんきょうな声を上げるジェラルドを置いて、俺は白衣の男を追った。


「あ、ありがとうございます。助かりました、先生」

「……ところでクラウディアさん。この間の特別授業ちゅうでいなくなっちゃったよね。これじゃあ単位はあげられないなあ」

「ええっ、そんな。あの時は……男子生徒に迫られて、とにかく逃げようと……」

「クラウディアさんはかわいい生徒だからね。特別に……補講を受けたら単位あげようかなあ? さあ、こっちに……」


 白衣の男は魔法化学の専門講師だ。魔法化学準備室はやつの根城である。ごていねいに施錠してある横開きの扉をやぶった。目を丸くした男と、そしてクラウディアがこちらを向く。


「──失礼します! 先生、単位のにんていあやういときはべっレポートの提出で単位が認められるはずです! よって補講は受けずとも問題はないはず!」

「なっ、殿下……いや、アルバートくん!?」

「三年前に教員と生徒の不純異性交友があった事件から、きんきゅう時を除いて性別を問わず教員と生徒が二人きりになることは魔術学園教員規定で禁止されています。先生のご提案は規定はんにあたります。いをするのであればしかるべき場に報告いたしますが?」


 男がハッとした表情になる。俺の乱入により少し理性をもどしたらしい。


「す、すまないね、クラウディアさん。ちょっと僕のにんしきちがいがあったみたいだ。単位の件はレポート課題を出しておくからかくにんしておくように……」


 そそくさと魔法化学の講師は準備室から逃げるように退散していった。


「……フン、すいでも報告はさせてもらうがな!」


 壊した扉もやむを得ない事情によるものだとキッチリと説明させてもらうつもりだ。

 すみれ色の瞳をたっぷりとうるませたクラウディアが俺に駆け寄ってきた。パキ、と破邪の守りがあやしい音を立てたが爆散には至らなかった。


「殿下っ、ありがとうございます〜」

「ベソベソ泣くな。もう何度もしゅになっているだろ、いい加減教員を信用するのをやめろ」

「だって、さすがに先生たちはだいじょうかな……って……」

「貴様の成績にオール『優』をつける連中を信用するな」

「暗にそれ、お前が素だったら『優』取れるような生徒なわけねーだろ、目ぇ覚ませって言ってません!?」

「そうは言ってない。この俺ですらオール『優』は取れておらんのだぞ、常識的に考えて、の話だ」

「うーん……」


 なみだのクラウディアにフ、と笑う。特訓での様子を見る限り、クラウディアはむしろ元々優等生の部類だと判じていた。話していると頭の回転も良さそうだ。魅了魔法のえいきょうがない本来の成績でも『優』の方が多そうである。

 そうは思っていても、実際の成績が出てくるまでそれを言う気はないが。


「……」

「あ」


 ほうけた顔でっているジェラルドにようやく気がついたらしいクラウディアが俺たちを交互に見る。それを受けて、ジェラルドもいつものヘラヘラした顔に戻った。


「えっと、殿下。こちらの方は……」

「俺の護衛騎士のジェラルドだ。少し用があって学園に来ている」

「どうも。ジェラルドです! オレもここの卒業生なんだよー、そんなきんちょうしないで」


 得意のけいはくそうな笑顔でジェラルドはクラウディアに手を差し出す。少し躊躇ためらいながらクラウディアはあくしゅに応じた。ちらりと俺を横目に見たあたり、おそらく自分の魅了魔法を気にしているのだろう。近くにいればいるほど、身体せっしょくがあればあるほど、影響が出やすいことはコイツも把握しているらしい。俺にてきされるまではそれが『魅了魔法』のせいとは思っていなかったが。


「……コイツは貴様の魅了魔法のことは知っている。けいかいさえしていれば、そうやすやすと貴様の魅了にかかるような男じゃない」

「一応、王家に認められた騎士だからね? それも王太子殿下の護衛。それなり、だよ」

「は、はあ」


 クラウディアは半信半疑という様子でジェラルドをうかがい見ているようだった。


「なんか、大変そうだったね。大丈夫? こわかったでしょ」

「あっ、大丈夫です! わりとにちじょうはんなので!」


 クラウディアはケロッと笑ってみせる。ジェラルドが「マジかよ」という目を俺に向けてきた。俺に向けるな。ネジがけてるのはこのピンク髪だ。……コイツもこれで、コイツなりに思い悩んでいるのだが、あえてそれを言いふらすこともないだろう。


「大変、そろそろ昼休み終わっちゃいますね! お昼ご飯食べなくちゃ! 殿下、助けてくださってありがとうございました! 失礼します!」


 クラウディアは部屋のかべけいを目に入れるとあわただしく準備室を走り去って行った。


「……わりとヤベーやつですね、殿下」

「まあ、わりと、そうだな」


 揺れる薄桃色の髪を見送るジェラルドの目は同情的だった。


 放課後、寮の自室に入るなり、ジェラルドははあ〜といつになく長いため息をついた。


「……オレ、あのあと職員室にも行ったんすよ。古株の先生とかはオレってば教え子なわけだし。でも、なつかしいっすねーみたいな話は普通なのに、あの子の話になるときゅーうに人が変わるんすよ。ヤバくないすか?」

「ああ、教員どももみんなポンコツだ。アイツのせいで」

 引き気味のジェラルドにこうていを示す。

「マジの危険なやつじゃないっすか……? 殿下が対応にあたるのよくないんじゃないっすか……? なんか、こう、外部の人間に任せたほうがいいんじゃ……?」


 ジェラルドの言葉には暗に「ゆくゆくは国をぐ人が関わり合いにならないほうがいいですよ」という含みがある。もっともなことだろう。

 万が一アイツとの関わりで一瞬でも俺が魅了魔法にちてしまえば、魅了魔法が解けたあともなお、『魅了魔法に支配されているかもしれない』という疑いを生み、一国の王にはふさわしくないとされてしまうおそれがある。いくらアイツ自身に悪気がなくてもだ。


「いや、魅了魔法が強力すぎて学園の教員どもも腑抜けになっているくらいなんだ。ならば王家にのみ伝えられている破邪の守りを持った俺が適任だろう」


 父にも、学園内に魅了魔法を使えるやつがいるということは報告している。そのうえで、この対応を認められた。……まあ、あまりにも破邪の守りが壊れるものだから心配になってジェラルドをけんしたようだが。

 破邪の守りの効力は王家筋の魔力があってこそのものだ。他の人間でもるい品は作れるが、俺が持つ破邪の守りほど強い効力は持ち得ない。

 アイツ自身はいたって普通の女子生徒に過ぎないのだと思うとあまり事を大きくしてやりたくはないという気持ちもある。


「破邪の守りこうぼうの連中いつか過労死しません?」


 ジェラルドはふところから紙を何枚か取り出し「うわあ」と言いながら眺めた。横から窺うとどうやら、破邪の守りの発注書のようだった。見覚えがあるのですぐにわかった。なにしろそれを書いたのは俺だ。


「……まあ、破邪の守りがある限りはあなたが魅了魔法の餌食になることは確かにないでしょう。でも、あんなヤバいのたりにしてオレもすんなり帰るわけにはいきませんよ。しばらくご一緒させていただきます」


 ジェラルドはヘラヘラと笑って首の後ろに手を回した。


「いやあ、学園生活懐かしいなあ〜」

まりはどうする」

「ん? ここに泊まりますよ。オレ、殿下の護衛ですし。簡易ベッド借りてきます」

「空き部屋を借りろ」

「えー? ま、いっか。なんかあったら転移魔法あるし。それ言ったら別に夜は城に帰ってもいいんですけどねー。さすがに夜にクラウディアちゃんと会ったりはしないでしょ? ……あ、それとも、まさか深夜におうを……」


 何を言っているんだと半眼で見ていると、ジェラルドはわざとらしく「こわ!」と肩をふるわせて小走りで部屋を出て行った。

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