2章 魅了魔法のヤバいやつ
2-1
「
今日も今日とて、クラウディアは
オロオロと困り果てていたのを無理やり引っ張って
「でも、どうしていつもいつも私が
クラウディアはきょとんと小さく首を
「これだけ派手に魅了魔法を
「さ、さすがです! 殿下!」
クラウディアはすみれ色の大きな
無意識に展開している魅了魔法はクラウディアの感情に左右されて強まりやすいらしいことを俺はコイツと過ごす数週間のうちに把握していた。
初めのうちは破邪の守りが
(……コレがひとつでも
「……ん? もしかして、たまにジャラジャラって音が聞こえてたのって……」
「なんだ、気がついていたのか」
「はい。ジャラジャラ、って音が聞こえる時があったな、って」
ボーッとしているようで、頭の回転はけして
「魅了魔法の使い手はどんなやつかと、少し様子を見させてもらっていた。悪かったな」
「うう……お、お見苦しいところをお見せしまして……」
クラウディアはハハ、と
「貴様が
そして、最終的には廊下の窓から飛び降りて
「そ、そうです!
キラキラとした目で見られるのは悪い気はしない。
早くコイツをなんとかしないといけない。その思いから始まった魔力制御トレーニングの日々だったが、存外やりがいがあった。乾いたスポンジが水を吸うように、クラウディアは教えてやればみるみるうちに魔力制御の技術を向上させていった。魅了魔法を撒き散らす
「このまま特訓を始めよう。準備はいいか?」
「はいっ、殿下!
クラウディアがグッと両手を
クラウディアはもはやこのくらいでは全く動じない。やる気まんまんに
(……)
マントの
魅了魔法を撒き散らす無自覚モンスター・クラウディア。コイツ自身は純朴な少女だ。コイツに指導すること自体はいい。案外楽しい時間になっている。ただ問題があるとすれば。
──破邪の守りの
翌朝。いつもと同じ時間に起き、簡単な朝食をとり、
登校時間になるまで読みかけの魔術書を読み進めようと椅子を引いたところでノック音に気がついた。
はい、と返事をし、
「ジェラルド。……なぜお前が」
「なぜって、そりゃあ主君が危機に
よく見知った
「陛下も
「……魅了魔法の使い手が学園内にいることは報告していたはずだが……」
「でも、いくらなんでもヤられすぎですよ。どんなヤバいやつなんですか?」
ジェラルドは心配半分、
「別に、
俺の回答にふうん、とジェラルドは
「まあ、そんなわけで、視察です。学園内にどんな危機があるのか、ね」
ジェラルドは意味深長なウインクをしておどけて見せた。
*****
お昼休みの時間。今日はどこでお弁当を食べようかなあと考えながら
(ん?)
ふと目を向けると見えたのは人よりも高い位置にあるキラキラの
見慣れない人だけど、新しい先生とかかな?
じっと見ていると、タイミングよく
元々勝ち気に上げられている
「今、なにか
「さあ……わたし、殿下たちを見るのに夢中だったから……」
「気のせいかしら……。それにしても、殿下、ただでさえ
(そ、そっか。みんなは……殿下の破邪グッズの爆散に慣れていないから……)
そういう反応になるのか、と私は知見を得る。破邪グッズの
「見て。あの赤髪の方……王立騎士団の
「ということは、殿下の騎士なのかしら! どんなご用向きでいらしたんでしょう」
殿下と赤い髪の人を遠巻きに見てるご
そういえば殿下って王太子という身分だけど、学園では護衛も何もつけていらっしゃらなかったなあ。学園内では安全が保障されているから、ということなんだろうか。でも、それだとなんで殿下の騎士の人が今日はいるんだろう?
(考えてもわからないことはわからないよね。殿下の破邪グッズをひとつダメにしちゃったけど……今日の特訓の時に謝ろう!)
人の注目を集めに集めている殿下の近くに魅了魔法を撒き散らしている私が
*****
「へえ、あの子が。かわいい子でしたね、殿下♡」
クラウディアの姿が見えなくなるや
「オレ、破邪の守りが身代わりになって壊れるところ、実際に見たの初めてですよ。パァンっていうんですね」
「それはそうだろう。アイツに会うまで俺には脅威など存在しなかったからな!」
俺はバンと胸を張る。破邪の守りは持ち主が
「そうですよねえ、それでいうと逆説的にっていうか、そうとうヤバいってことですよね? あの子の魅了魔法」
「……まあ、そうなるな。何しろ、教員を含む学園の全員がアイツの魅了魔法の
「なるほど。じゃ、早速その魅了魔法、ってのがどんなもんか見に行ってみようかな」
ジェラルドは鼻歌交じりにクラウディアが去っていった方向に足を進めた。俺もその背を追う。ジャラ、とマントの下に仕込んでいる破邪の守りが揺れる音にジェラルドが目を丸くして振り向いた。
「えっ、殿下も
「なんだ、不都合でもあるのか?」
「いえ? んじゃ、
アイツの魅了撒き散らしっぷりの実況と解説。いいだろう、やってやろうじゃないか。
クラウディアは校舎内を移動するときは『気配消し』の魔法を使うが、姿が見えなくなるわけではない。俺たち二人が早足で追いかけるとすぐにその背中に追いついた。
「……殿下、あの子、廊下で告白されてますね」
「魅了魔法だからな、廊下で告白くらいされるだろう」
「なんか五人くらい
『気配消し』の魔法の効力はおまじない程度のものだ。身を隠した
ジェラルドは初めて見るクラウディアの
「なんであの子、女の子からもめちゃくちゃ情熱的に告られてんすか?」
「魅了魔法が強力すぎる。
「嫁候補探し、全然報告聞かないから殿下がモテないのかと思ってたらあの子に取られてたんすね」
うんうん、と
アイツが入学してくるまでは未来の
俺がそう振り返っているうちに、男女入り乱れて混戦を見せる現場に白衣を着た長身の男がやってきて、クラウディアの手を引いて行った。
「おっ、先生が助けに来た!」
「それはマズい! どこかの特別教室に連れ込まれる前に助けに行かねば!」
「ねえ、先生もダメなの!? なんで!?」
「あ、ありがとうございます。助かりました、先生」
「……ところでクラウディアさん。この間の特別授業
「ええっ、そんな。あの時は……男子生徒に迫られて、とにかく逃げようと……」
「クラウディアさんはかわいい生徒だからね。特別に……補講を受けたら単位あげようかなあ? さあ、こっちに……」
白衣の男は魔法化学の専門講師だ。魔法化学準備室はやつの根城である。ご
「──失礼します! 先生、単位の
「なっ、殿下……いや、アルバートくん!?」
「三年前に教員と生徒の不純異性交友があった事件から、
男がハッとした表情になる。俺の乱入により少し理性を
「す、すまないね、クラウディアさん。ちょっと僕の
そそくさと魔法化学の講師は準備室から逃げるように退散していった。
「……フン、
壊した扉もやむを得ない事情によるものだとキッチリと説明させてもらうつもりだ。
すみれ色の瞳をたっぷりと
「殿下っ、ありがとうございます〜」
「ベソベソ泣くな。もう何度も
「だって、さすがに先生たちは
「貴様の成績にオール『優』をつける連中を信用するな」
「暗にそれ、お前が素だったら『優』取れるような生徒なわけねーだろ、目ぇ覚ませって言ってません!?」
「そうは言ってない。この俺ですらオール『優』は取れておらんのだぞ、常識的に考えて、の話だ」
「うーん……」
そうは思っていても、実際の成績が出てくるまでそれを言う気はないが。
「……」
「あ」
「えっと、殿下。こちらの方は……」
「俺の護衛騎士のジェラルドだ。少し用があって学園に来ている」
「どうも。ジェラルドです! オレもここの卒業生なんだよー、そんな
得意の
「……コイツは貴様の魅了魔法のことは知っている。
「一応、王家に認められた騎士だからね? それも王太子殿下の護衛。それなり、だよ」
「は、はあ」
クラウディアは半信半疑という様子でジェラルドを
「なんか、大変そうだったね。大丈夫?
「あっ、大丈夫です! わりと
クラウディアはケロッと笑ってみせる。ジェラルドが「マジかよ」という目を俺に向けてきた。俺に向けるな。ネジが
「大変、そろそろ昼休み終わっちゃいますね! お昼ご飯食べなくちゃ! 殿下、助けてくださってありがとうございました! 失礼します!」
クラウディアは部屋の
「……わりとヤベーやつですね、殿下」
「まあ、わりと、そうだな」
揺れる薄桃色の髪を見送るジェラルドの目は同情的だった。
放課後、寮の自室に入るなり、ジェラルドははあ〜といつになく長いため息をついた。
「……オレ、あのあと職員室にも行ったんすよ。古株の先生とかはオレってば教え子なわけだし。でも、
「ああ、教員どももみんなポンコツだ。アイツのせいで」
引き気味のジェラルドに
「マジの危険なやつじゃないっすか……? 殿下が対応にあたるのよくないんじゃないっすか……? なんか、こう、外部の人間に任せたほうがいいんじゃ……?」
ジェラルドの言葉には暗に「ゆくゆくは国を
万が一アイツとの関わりで一瞬でも俺が魅了魔法に
「いや、魅了魔法が強力すぎて学園の教員どもも腑抜けになっているくらいなんだ。ならば王家にのみ伝えられている破邪の守りを持った俺が適任だろう」
父にも、学園内に魅了魔法を使えるやつがいるということは報告している。そのうえで、この対応を認められた。……まあ、あまりにも破邪の守りが壊れるものだから心配になってジェラルドを
破邪の守りの効力は王家筋の魔力があってこそのものだ。他の人間でも
アイツ自身はいたって普通の女子生徒に過ぎないのだと思うとあまり事を大きくしてやりたくはないという気持ちもある。
「破邪の守り
ジェラルドは
「……まあ、破邪の守りがある限りはあなたが魅了魔法の餌食になることは確かにないでしょう。でも、あんなヤバいの
ジェラルドはヘラヘラと笑って首の後ろに手を回した。
「いやあ、学園生活懐かしいなあ〜」
「
「ん? ここに泊まりますよ。オレ、殿下の護衛ですし。簡易ベッド借りてきます」
「空き部屋を借りろ」
「えー? ま、いっか。なんかあったら転移魔法あるし。それ言ったら別に夜は城に帰ってもいいんですけどねー。さすがに夜にクラウディアちゃんと会ったりはしないでしょ? ……あ、それとも、まさか深夜に
何を言っているんだと半眼で見ていると、ジェラルドはわざとらしく「こわ!」と肩を
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