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「……これは……」


 あまり人に会わないようにしようと朝の五時に寮を出て、コソコソ登校した私。

 教室に備え付けられているロッカーに何かがはさまっていた。


『本日、正午ごろ。第二校舎裏まで来られたし』


 見事な達筆でつづられているのはその一文のみだった。ラブレターか、果たし状か。

 どちらにせよ、二人きりで会ったら……壁ドン、かなあ……。校舎裏って絶好の壁ドンスポットなんだよね……。

 ──よし、無視しよう!

 私は三秒くらいで決心した。手紙は校舎の中で捨てるのもちょっとなんだから寮に戻ってから細切れにして捨てた。


『本日、正午ごろ。第二校舎裏にて待つ』

『五日正午、第二校舎裏においでください。お待ちしております』

『六日放課後、第二校舎裏にてお待ちしております。なにとぞおいでくださいませ』

『七日正午、第二校舎裏』


「し、しつこい……!!」


 しかもとうとうもはやただのメモ書きになってしまった。

 何だか、ちょっと申し訳ない。地味に一度だけ指定の時間を変えたのがいじらしい。


「……。そっと様子を見てみるくらいなら……」


 うん、ちょっとくらいなら。

 そして向かった第二校舎裏。よく告白スポットに選ばれる第一校舎裏とは違って、ここはしき内でも一番奥まったところなせいかあまり人気のない場所だった。

 気配を消す魔法をかけて……こっそりとそこで待ち構えている人物をそーっと確認する。

 ……えっ。

 視界に入った予想外の人物。遠目からでもわかるキラキラオーラ。オーラどころか実際、金色の髪は陽の光を浴びて黄金のようにきらめいている。きんぱつへきがんあしの長いあのひと、いや、あのお方は……。


「……わっ!?」


 パン! と何かがれつするような音がして、うっかり声を出してしまう。

 しまった、バッチリ目が合ってしまった。ザッ、とくつぞこが土をる音が響く。


「ほう、生意気に気配消しの魔法を使ったか。あながち考えなしのしゃではないようだ」

「ひっ」


 ギロッ、とまつ毛が長くてはくりょくのある派手な瞳がものかげに潜んでいた私をにらむ。制服の上に羽織ったマントをひるがえし、彼は私に近づいてきた。


「おっ、王太子殿下……!?」


 慌てて私は最上位の存在に対する礼をする。私のそんなまつな仕草など気にもしてない様子で殿下はズンズンズンと近づいてくる。歩みを進められるたび、殿下が身につけていらっしゃるそうしょく品か何かがジャラ、と音を立てていた。

 なぜこんな校舎裏に王太子殿下が……。いや、というか……あの達筆でけななお手紙の主は……殿下だったの……!? どうしよう、毎日せっせと細かくいて捨ててしまっていた……バレたら不敬罪かな……。

 私が狼狽うろたえている間に殿下はもう目の前まで迫ってきていた。私は慌てて後ずさる。

 この距離はマズいかもしれない。今まで何度も味わってきた例のアレに殿下もなってしまうかもしれない。なんでかよくわからないけど、みんなが私に壁ドンしたくなるアレに……。


「あっ、あの、私にあまり近づかない方がー……」

「ナメるな。貴様程度のりょうほうなど、この俺には効かん」

「……えっ」


 魅了……魔法?

 聞き慣れない言葉にきょとんとする私。殿下はなんだかおこっている? ようだった。

 整った眉をつんと上げ、けんには深いしわが。お顔がいいだけにすごみがある。

 ──パァン!


「きゃっ」


 先程と同じように、何かがはじける音がした。殿下の……マントの下から聞こえてきた?


「やはり、無自覚か。……まあ、それもそうか。本来であればとくとされている魔法だ。使おうとして使えるものではない」


 フン、と殿下は顎をしゃくり、鼻を鳴らす。


「え、ええと……あの、し、失礼ながら、王太子殿下が……こちらのお手紙の送り主様だったということでよろしいでしょうか……?」

「そうだ! 貴様、何日も何日も待たせおって!」

「もももも、申し訳ございません! まさか、殿下とは思わず……! 私、その、以前に似たようなお手紙をいただいた際にトラブルがありましたもので……!」

「……フン、まあいい。それよりも、本題に移らせてもらおう。時間がしいのでな」


 お顔がすごくいいのにそれ以上に圧がすごくて怖い。

 王太子オーラを一身に浴びながら私はカタカタと小さく震える。

 どうしよう。ひれすべき? 一応在学中は生まれに関わらず学生はみな平等な立場である、みたいな大原則はあるけど。どうしよう。


(な、な、なにを言われるの? 私)


 殿下と接点なんて、ひとつもないのに。せいぜい同じ学園の生徒だっていうことぐらい。

 殿下は目をせ、すうと息を吸い、そして言い放った。


「貴様の魅了魔法のせいで、俺のよめさがしがちっともはかどらんのだ!!」

「え……?」


 嫁探し?

 聞き間違いかと思っておそる恐るご尊顔を見上げれば、整った眉をげ、厳しい目つきをした殿下がいらした。


「男も女も問わずに全てかたぱしから貴様が魅了していくせいで! この学園の生徒どもはみなけ! ポンコツ! お花畑! 誰も彼も貴様のことしか好きじゃない! そんなやつらからどうつくろってきさき相応ふさわしい女を見つけろと!?」

「ええー……」


 ポカンとする私。早口でまくし立てる殿下。大見得を切っているせいで、殿下の装飾品か何かがまたジャララン! と音を鳴らしていた。

 魅了……魅了の魔法……。

 ……いや、しかし。王太子って、生まれた時から婚約者がいる生き物じゃないんだ……。そうか、魔法を使える人たちが集まるこの学校で、王太子妃にふさわしいゆうしゅうな方をめるようにしているんだ。多分、そういうことだろう。嫁探しが捗らんということは、きっとそうだ。知らなかった。いや、今はそんなことはいい。そんなことより。

 あっにとられすぎてどうでもいいことに飛んでいった思考をなんとか呼び戻して私は殿下に聞き返す。


「魅了魔法……? わ、私が?」

「そうだ。どうやら、無自覚なようだがな」

「ええっ?」

「まさかと思い、しばらく様子を見ていたが……。先日の学園集会での婚約破棄そうどうで確信した。貴様の魅了魔法は異常なほどに強力だ。なんとかせねばならん」

「そ、それは、その……」


 急に言われても困る。

 魅了魔法。授業で名前は聞いたことがある。危険な魔法として特級にんていされているきん魔法だ。それを私が使っているといきなり言われても全くもってピンとこない。


「お、お言葉ですが、殿下。私、りょくのコントロールについては……『優』の成績をいただいております。そんな無自覚に魔法を行使してしまうなんてことは……」

「ほう?」


 殿下のが鋭く細められた。怖い。美形の睨み、怖い。


「残念だが、間違いなく貴様は魅了魔法を常時じょういっした効力で展開している。さきほど、貴様に近づいたしゅんかんに俺が持つ『じゃの守り』がぜたのがそれを証明している」

「は、はじゃのまもり?」


 おうむ返しする私に、殿下は分厚い深紅色のマントをバッと広げてみせた。

 マントの裏には……金や銀、銅に鉄……いろんな素材で作られたけんりゅうのようなモチーフの小さなアクセサリーがビッシリだった。さっきから殿下が身動きするたびにジャラジャラいっていたのはこれか。木やわらの人形などもある。

 ……いや、思ったよりも……いっぱいあるな!? すずしい顔してカッコよくマント着てると思ってたら、こんなことになっていたの!?

 夢に出そうなくらいビッッッッシリと『破邪グッズ』がマントの中に並んでいた。お面と目が合うと怖い。


「……で、殿下、これ、すごく重たくないですか!?」

「貴様、俺をなんと心得る。この程度なんともないわ」

「さ、さすがです、殿下!」


 フン、と殿下は鼻を鳴らしてふんぞりかえる。そんな態度がこんなに似合う人もなかなかいないだろう。


「……コレは王家にのみ伝わる『破邪』の効果のあるアクセサリー群だ。貴様のような『魅了』や、『のろい』などをはじく力がある。ただし、効果はひとつにつき一回のみだ」

「さっき、パァンってなったのは、コレが……」

「貴様の魅了魔法を弾いてばくさんした音だ」

「ば、爆散してダメになるんですね、それ」


 もうコレは使えないな、っていうのがわかりやすくてよさそうだ。ひとつにつき一回しか使えないというのはコスパが悪い感じもするけれど……。

 しかし殿下はそれにしても大量の破邪グッズを身につけていらっしゃる。これなら、ひとつやふたつこわれても……まあ、うん、というところか。

 私があっとうされていると、殿下はシニカルに口角を上げて見せた。


「……貴様のその成績の『優』というのも怪しいものだ。学園の教員どももみな、貴様の魅了魔法にあてられているのだから」

「いやあ、さすがに先生たちはそんな……。……あ」


 でもこの間、三角メガネの先生に……迫られたばかり……だった、な……。


「で、でもっ、私、全ての成績が『優』なんですよっ。まさかそんな……」


 いくらなんでも全員が全員、私の魅了魔法? の被害者だなんて、そんなことは……。


「普通は全教科の成績が『優』などということはあり得ない。この俺でさえ『良』をつけられるのだからな!」


 なぜか殿下は胸を張って大声でおっしゃった。ごていねいに、人差し指を突きつけて……。なんかちょっと「お前がオレサマよりすぐれてるわけねえだろふざけんな」みたいな気配を感じる。私は商家の娘だから人の無言の圧にはそれなりにびんかんなのだ。


「え、普通にやってたら、普通は『優』じゃないんですか?」

おろものめ。普通は『可』だ。甘い採点ならば『良』かもしれんがな。この学園の存在意義は『国家および人類、その他かんきょうに危機をもたらす可能性のある魔力を確実にせいぎょできるようになる』ためにある。よって、採点基準には厳しさが求められている」

「……じゃあ」

「何がじゃあ、だ。そんなに普通という言葉が好きなら、こう言ってやる。普通は全ての成績が『優』であることはありえない」


 ……そんな。じゃあ、私のこのオール『優』の成績は……私の魅了にあてられた先生たちの……そんたくによるものだった、ってコト?

 私はがくぜんと膝をつく。


「この成績こそがお前の規格外の魅了の魔力が常に暴走状態である証左ともいえよう」


 地に伏した私の目の前でバサッと殿下のマントが翻る。マントの裏にビッシリけられた破邪グッズがチラ見えした。


「このままでは俺は貴様をしょうがいどくぼうにてゆうへいすることになるだろう」

「ゆ、幽閉?」

「魅了魔法は本来は国家しん殿でんさいおう部にふういんされているような魔法だ。正しく使えぬのであれば……魅了魔法の使い手はあまりにも危険すぎる。たとえそれが無自覚なのであろうと、やがてこの国をべる人間として、俺は貴様を野放しにするわけにはいかない」

「わっ、私、悪いことはしませんが……」

「貴様にその気がなくとも、必ずや貴様の周囲の人間はお前のために我を失っていく。貴様を幽閉するのは何も、国家のため、人民のためというだけではない。貴様のためでもある」

「……」


 殿下のお言葉に私は何も言えなくなる。……そうか、私、普通じゃないんだ。いままでのことは全部、魅了魔法のせい。魅了魔法のおかげ。

 ……私のせいで、いろんな人にめいわくをかけてきたんだ。


「案ずるな。だからこそ、俺は貴様をここに呼び出したのだ」

「で、殿下……」

 かたを落とす私に殿下は手をべる。

「貴様の魅了魔法、この俺がコントロールできるようにしてやろう」


 ジャラジャラ、とマントにくくり付けられた破邪グッズが音を鳴らした。



*****



「ひ、ひーん」


 さあ殿下との特訓一日目! 今日から私、頑張るぞ!

 なのに。だったはずなのに。私ときたら。


「おい、先にクラウディアさんをさそったのは僕だぞ!」

「いいや、さっき目が合ったのはオレだね!」

「何言ってますの、クラウディア様のつぶらな瞳に映っているのは私だけですわ!」


 ──おかしくなった人たちに取り囲まれて身動きがとれなくなってます。

 廊下で一人目にうっかりエンカウントしたのがまずかった。どんどん人が集まってきて、いまや完全に円になって囲まれている。この人の壁をえるのは大変だ。


「あ、あの、私……人と待ち合わせをしていて……」

「なんてかわいい声なんだーっ!」

「待ち合わせ!? ええ、ええ、わたくしとの待ち合わせですよねえ!」


 ああ、私のか細い声がたけびに消えていく。誰も私の話なんて聞こうともしていない。


(ほ、本当に私のコレ、魅了魔法?)


 魅了魔法は術者の意のままに相手をあやつることができる魔法のはず。授業でそう習った。

 みなさんたちのご様子はひかえめに言ってもまあ普通ではないけれど、でも、どう考えても私の思い通りにはなっていない。ひたすら私に対してねっきょうしまくっているだけだ。

 思い通りになるのなら、今すぐサーッと道をあけてほしいのに。

 殿下、ごめんなさい。

 偉そうだけど、いい人そうだったのに。初日から約束を破ってしまった。

 胸の内で謝罪をしていると、ジャラ……とどこかで聞いた音が耳に入った。


「──何をやっているんだ、貴様は」


 人人人の廊下に静かに響く声。このお声は……私が振り向く前に誰かが先んじてさけんだ。


「アルバート王太子殿下!?」


 さきほどの熱狂のうねりとはまた違うざわめきが巻き起こる。

 みなさんの意識が私から殿下のほうに移っていった。


「でっ、殿下、申し訳ありません。待ち合わせにおくれてしまって……」

「構わん。想定のはん内だ」


 フン、と鼻を鳴らしながら殿下はうでみをする。態度は尊大だけど、対応はお優しい。


「行くぞ」

「あっ」


 殿下の大きな手のひらが私の腕をぐいと引っ張る。

 を言わさぬ殿下の態度に人の壁も自然とサッと道をあけた。うーん、派手でげんのある人は違うんだなあ。


「あ、ありがとうございます。助かりました」

「……いつもはどうやって切り抜けているんだ、貴様」


 待ち合わせ場所だった第二校舎裏にとうちゃくすると、殿下は眉をつりあげて私を見下ろした。


「え、えーと。アレがしばらくするとみなさんでもっと過激な争いになっていくので……その混乱に乗じてコソコソと逃げていました。気配消しの魔法とかも使して……」

「ああ、気配消しの魔法は昨日も上手だったな」

「えへへ、ありがとうございます」


 褒められて嬉しい。でも、殿下は照れ笑いの私に呆れたようだった。


「これだけの目にっていてよくぞ無自覚でいられたな」

「そ、そうはいっても……これが私の『普通』でしたし……」


 おかしいな……とは、まあ、思ってたけど……。

 殿下は小さくため息をつくと、どこか遠くを見やって目をすがめた。


「まあ、貴様のじょうきょうは知ってはいたが……」

「え?」

「……いや、なんでもない」


 殿下はせきばらいをしてマントを翻す。


「俺もけしてひまではない。貴様の魅了魔法は一刻も早くなんとかせねばならん。さあ、特訓を始めるぞ」

「はい!」


 殿下のマント下のジャラ、という音を合図に私の特訓は始まった。


 ──王太子殿下から直々に魔力コントロールの訓練を受けることになってはや数日。

 初日、ホイホイと取り囲まれてお約束にこくしてしまった私は反省して、授業が終わったらそく『気配消し』の魔法をかけてコソコソ真っ先にここに走って向かうようにてっした。

 人気のない例の校舎裏が私たちの特訓場所だ。人はめっに来ない場所だけど、殿下は念のため、『姿消し』の魔法をかけてくださっている。高位魔法なのに、あっさりと私と殿下二人分の魔法を行使できる殿下はすごい。


(……でも、この人、開口一番言ったのは『俺の嫁探しが捗らん!』だったよな……)


 なんかつい勢いに負けて「殿下〜! どうしようもない私を助けてくれるの!? ありがとう〜!」って雰囲気になっちゃったけど……私の魅了魔法をどうにかするのって、もしかしなくてもソレのオマケ……では!?


「なんだ、その目は。俺への不敬を感じるが」

「いえっ、なんでもございません! ありません!」


 うんうん、オマケでもなんでもいいよね。このままじゃ、私、まともな学園生活、ひいては卒業後も地味で控えめでけんじつな日々を送るのに障害があるし……。

 殿下の目的は『俺の嫁探し』。そのためにじゃな私の魅了魔法の制御訓練に付き合ってくれる。うんうん、おたがいに利益があって良いことだ。

 さて、魅了魔法を制御するために……まず私が行っているのは、じゅつである『火』のコントロール。なべの水がきこぼれないぜつみょうな火加減をし続ける……というとても地味な訓練なのだけど、それがものすごく難しい。

 私の魔力量は多い。何も考えずにちょうぜつ火力を出力し続けることは容易たやすいけど、このせんさいな火加減を……鍋の様子を見ながら調節し続けるというのは、なかなか厳しい。

 ちょっと気を抜くとあっという間に鍋は吹きこぼれる。

 それで慌てるとさらに火の勢いが強まり、鍋をがす。


「その調子では貴様が魅了魔法を制御できるのはいつになることやら……」


 殿下がやれやれとかぶりを振ると、つられてマントの中身がジャラジャラいった。

 うん、わざわざ殿下のお近くにいくようなこともなかったから知らなかったけど、殿下って一挙一動ごとにジャラジャラ音がするのね。マントの中の破邪グッズのおかげで。

 頭の中で『ジャラジャラ王太子殿下』って呼んでしまいそうだ。呼ばないけど。頭の中だけで。

 あ、そうだ! と私は思いついたことを言ってみる。


「王家の破邪グッズを学園のみなさんに配布するのは?」


 そうしたら、学園中が私にメロメロで何をしても全こうてい、『優』なんてことはなくなるし、殿下もようようと嫁探しができるのでは……。


「身につければいいというものではない。これらの装飾品は全てオーダーメイドだ。俺以外の人間が身につけたところで大した効力は発揮せん」


 残念だ。まあ、たしかにそれは根本的な解決にもならないしね。私の暴発しっぱなしの魅了魔法をなんとかしないと……。

 こうして王太子殿下から直々にトレーニングを受けていても、いまだに私は魅了魔法を使っている自覚はない。本当に、魅了魔法を抑えることができるようになるのかな?

 ──パァン!


「……弾けましたね」

「貴様、集中力が切れてるだろう。火の魔力の調整に意識がいっていれば、魅了魔力の出力が強まることもないはずだが?」

「すすすすすみません」


 よそごとを考えていると、どうも即バレするらしい。気をつけよう、集中しよう。

 殿下は態度は尊大だし、口調もきついけれど、意外や意外。モノの教え方はとても丁寧。いっちょういっせきに魔力コントロールが身につくとは思えないけれど、気長に私に付き合ってくださるようだった。

 校舎裏に生えているちょうどいい感じの切り株にこしけて、パラパラと本をお読みになっている殿下。本に目を落としつつも、私の様子は気にかけてくださっているみたい。


「……どうも貴様は、ぼうだいすぎる魔力を持て余しているようだな」

「うう、そうかも……しれません」


 魔術の試験ではいつも指定されているりょくの数倍の魔術を放ってしまっていた。でも、『こんなに強大な魔術が使えるなんてスゴい! 加点三万点♡』という評価になっていたから……あまり気にしたことはなかった。


(……でも、その甘すぎる採点も、全部私の魅了魔法のせいで……)


 だから、勢い余って校舎の屋根を燃やしても怒られなかったんだ。ついしゅんとなる。

 ──パァン!

 また殿下の破邪グッズが壊れた。いけない。また気がれた。鍋も焦げた。


「魔力が強くなればなるほどどうしてもそれの制御は難しくなる。貴様ほどの規格外の魔力であれば、貴様の魔力制御がポンコツなのもそうじるものではない」

「ポンコツ……」

くさっても魔術学園に通っているだけのことはある。だが、他の連中ならば許容できる最低限のラインが貴様は何倍も厳しいのだ」

「腐っても……」


 褒められているのかけなされているのかわからない。なんとなくありがたいことを仰っている気はするけど……。ありがたがっていいのかな……?


「教員どもが腑抜けになっていなければ、貴様はもっと魔力制御も上手うまくなっていただろう。俺が少したんのない指導をしただけで、この数日で格段に魔力制御は上達している」

「ほ、本当ですかっ?」


 私が前のめりに一歩近づくと、殿下の破邪グッズがまたひとつ爆ぜた。やっぱり距離が近くなるとダメらしい。殿下は眉を顰め、パッチリ二重の目力が強くて派手な印象をあたえる青い眼をすがめた。


「すみません……」

「無意識で常時展開している魅了魔法については……道は長いだろうが」


 はあ、とため息をつかれる殿下。ジャラ、と音をさせながら殿下は軽くマントを翻すと、勝ち気に眉をつりあげて私に笑って見せた。


「それでも一歩は一歩だ。貴様の努力の分だけ進んでいく。貴様のそのなおさは美徳だ。このままはげめば、必ずや貴様はまやかしの評価ではなくて自分の力で歩んでいけるようになるだろう」

「……殿下……」


 放課後、すでに日は暮れていた。夕日が殿下をあかかがやかせていた。自信満々の不遜な表情がなんだかとても格好良く見えた。


「は、はい! 私……頑張ります!」


 気合いを入れて殿下と向き合えば、パァンパァンと連続で破邪グッズが爆ぜた。

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