手紙
笛路
手紙
カサリ。
乾いた紙の音。
遠く離れた敵国の地にいる夫からの手紙を開く。
戦争は人々を引き裂いた。
家族は離れ離れになった。
『 愛しのリディア
もうすぐだよ。
もうすぐ、この戦争は終わる。
沢山の敵を倒した。
俺たちの国は強い。
君の晴れやかな笑顔が懐かしい。
君の鈴の音のような声が聞きたい。
食べ物には困ってないかい?
飲み物には困ってないかい?
小さな娘は、すくすくと育っているかい?
君たちと再会できる日を楽しみにしているよ。
リチャード 』
手紙には国が勝つとは書かれていなかった。
それが、事実。
今日、戦争が終わった。
私たちの国は敗戦国となった。
外には敵国の兵がたくさん歩いている。
ありがたいことに、誰も連行されたり暴力を振るわれたりはしていない。
娘は敵国の兵から渡される食料を喜んで受け取っている。
私たちの国は、敵国に戦争を仕掛けた。
とても無謀なことだった。
我欲ばかりの理由を垂れ流しながら、人々に暴力を振るった。
それに駆り出された夫は、帰ってこられない――――。
でも、いつか。
きっと、いつか夫に逢えると信じている。
「ママァ、こえっ」
「ん? どうしたの?」
夫が戦争に駆り出され、どれくらいの時が経ったのだろうか。
娘は一人で歩けるようになり、拙くも話せるようになっていた。
そんな娘から渡されたしわくちゃの封筒。
『 愛しのリディア
もうすぐだよ。
もうすぐ、この戦争は終わる。
沢山の敵を倒した。
俺たちの国は強い。
もうすぐだよ。
ちょっと戦闘が激しくなっているけど。
きっと大丈夫だ。
俺たちの国は強い。
少しだけ怪我をしてしまったよ。
心配しないでくれ。
きっと数日で治るから。
早く家に帰って、君たちにハグをしたい。
リチャード 』
「パパ? おてが、パパ?」
「……うん。おてがみ。パパから」
愛と無事を伝えてくれる、唯一の手紙。
夫の声は、まだ霞むことなく、私の中で響いてくれる。
「パパ、くる? おうち、くる?」
「っ…………うん。きっと、いつか、帰ってきてくれるわ」
夫がいた島は、跡形もなく消え去った。
生存者はいないと発表された。
戦争で輸送が滞っていたため、随分前の手紙が徐々に配達されている。
今届いた夫の手紙は、半年も前のもの。
手紙だけが、戻ってきている。
幼い娘も、いつか理解する日がくるだろう。
だけど今は、今だけは、この苦しみや憤りを知ってほしくない。
悲しみや寂しさを覚えてほしくない。
だから、私は笑顔で嘘を吐く。
――――彼女と、自分に。
「ほんと? くる?」
「ええ。いつか、きっと」
手紙だけが、戻ってくる。
夫は、戻ってこない。
それでも私は、この家で娘と共に夫を待ち続ける。
―― 終 ――
手紙 笛路 @fellows
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