第32話 彼らの未来




「というわけで、私は結婚して1ヶ月後に海外行くから・・・って、そんなに泣くとこあった?」




一連の経緯を説明しただけなのに、文那あやな真山まやまが嗚咽交おえつまじりに号泣している。

周りのお客さんが心配して顔を覗かせるほどの大声で。




「ちょっと・・恥ずかしいからそんな子供みたいに泣かないでよ」


「だって・・だって・・・!!」


「佳奈子さんの彼氏さん、めっちゃいい人じゃん・・」


「もうわかったから、一旦泣き止んで?ね?」




2人のリアクションは嬉しいけど、どうせなら笑って喜んでほしい。




「でも、あと1ヶ月なんてあっという間だね。一緒に仕事できるのもこうやって会えるのもあとちょっとしかないって思ったら寂しいな」


目を真っ赤にした文那が私にぴったりとくっつく。

何この小動物、可愛い。


向かいに座る真山も、


「じゃあこの3人で集まるってこと自体難しくなりますね。僕は来月地元に帰るし、佳奈子さんは来月には海外行っちゃうし」と寂しそうな顔を見せた。


「もう、2人ともそんな暗い顔するのやめてよ。というかまず『結婚おめでとう』くらい言ってもらえない?」


3人で居る、いまこの瞬間を私は大事にしたい。


一生会えないわけはないし、今の時代どこでも繋がれるものだ。








「佳奈子さん、結婚おめでとうございます」


「ありがとう真山。仕事頑張ってね。あと文那をよろしくね。手出したら許さないから」




「佳奈子、本当に本当に本当に・・・結婚おめでとう!」


「ありがとう文那。文那と友達になれて本当によかった。うちのチームのこと、よろしくね。いい人ができたらまずは私に報告すること」




































「3年後、またこうやって集まろうね!」


私たちはそう約束して、それぞれの3年間をスタートさせた。
























それからはあっという間だった。


そうくんが地元へ帰った。


3人のグループメールに、《2人が見送りに来てくれないと電車に乗れない!》という不可解な文章を送って来たため、(当然佳奈子は激昂してたけど)ちゃんと見送りに行った。

そして散々騒いだ挙句、「やっぱり帰らない!」とゴネ始め私も佳奈子も頭を抱えたけれど。


なんとかして電車に乗せ、その姿が見えなくなるまで見送る。


たった2時間で会える距離とはいえ、やっぱり寂しい。


でもそう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、ふと隣を見ると少しだけ目が赤くなってる人がいた。なんだかんだ面倒見のいい彼女だから、やっぱり寂しいのだろう。この数カ月で今まで見ることのできなかった新しい彼女をたくさん知ることができて、湊くんには改めて感謝してる。








そして次は佳奈子の出発だった。


私と愛未、優花も見送りに駆けつけた。


結婚の報告はグループメールだった。


佳奈子らしいなんともさらっとした文面だったけど。


でも私たちはそんな佳奈子が好きだからそれでよかった。








「洋ちゃん先輩結婚おめでとうございます!海外いいな~」


「優花ちゃんはもう俺より先輩だから、夫婦としてこれからもよろしくお願いします」


「佳奈子本当におめでとう。寂しいけど、いろんな経験できるから羨ましい!」


「愛未は素敵なお母さんになるよ。私も色々学んでくるね。可愛い子供服見つけたら送る」


「佳奈子、洋ちゃん先輩、本当におめでとう。2人のことずっと応援してる」


「文那ちゃんいつもありがとう。かなちゃんからよく話は聞いてるけど、今かなちゃんの仕事を引き継いでるんでしょ?大変だと思うけど、文那ちゃんなら大丈夫ってかなちゃん言ってたから、自信持ってね」


「文那。これまで本当にありがとうね。3年間で色々勉強してまたあの会社に戻るからそれまであのチームを守ってあげてね」










そして2人は新しいステージへ向かって飛び立った。










新しいステージ進んだのは彼らだけではなかった。


私もみんなのおかげで自分の人生についてしっかり向き合うことができたのだ。




















「2回目の面談ですね。橋本さんがお休みしてからしばらく経ちましたが、引き継いだ仕事は順調ですか?」


「はい、最初は仕事量が急激に増えたので不安が大きかったですが、いろんな方に支えてもらって今は楽しくやれています。」


「そうですか、それはよかった」




佳奈子が3年間お休みをする間、彼女の仕事を私が引き継ぐことになったのだ。


きっかけは、佳奈子が自分の後任に私を指名したことだった。




「チーム長に私の後任は文那が向いているって言ったんだけど、問題ないよね?」


「どう考えても問題しかなくない?!」




普通に考えて私の数倍の量の仕事を涼しい顔でこなし続けている彼女の後任なんて入社1年にも満たない私に務まるわけがない。

今だって自分の仕事でミスしたりするし、全然勉強不足なところばかりなのに。


でも彼女は私の目をしっかり見て、まっすぐに気持ちを伝えてくれた。



「文那。私は今の文那はもうあの頃の文那とは全然違うと思ってる。学生時代から一緒にいるけど、びっくりするぐらい変わってるよ、もちろんいい意味で」


「でもそれは、佳奈子とかそばで支えてくれたからであって・・」


「あのときは文那が壁を乗り越えられるのかすごく心配だった。洋平にも心配されるくらい。だから半ば無理やりだったけど、この会社に入社させて私の目の届くところに置いたの。今更謝っても遅いけど、あのときはごめん。だけど、入社してからは積極的に仕事をこなしていくし、いろんな人とコミュニケーションを取って仕事に活かそうとしてる。チームのみんなからの信頼も私よりあると思うよ。チーム長も彼女はすごいって褒めてたし。そんなキラキラ輝く文那を見て、もう私が側にいなくても大丈夫だなって思えたの」






素直に嬉しかった。


確かに仕事を紹介するって言われたときは相変わらずお節介だなと思っていたけど、会社に入ってからは見える世界が180度変わったのだ。




「だから文那。自分にもっと自信を持って。自分のこれからの人生にもっと興味を持って。もっともっと貪欲に生きて欲しい」




文那なら、大丈夫だよ、と優しくでも力強く背中を押してくれた。



私はいくつになっても周りに背中を押してもらってばっかりだな。

自分に自信が持てなくて、傷つくのが怖くて。


でも私はこれからの自分をもっと好きになりたい。


そのために今までの臆病な自分を認めて、許して、その上で新しい1歩を自らの足で踏み出さなきゃいけない。


そのタイミングが、まさに今なんだ。




「佳奈子、いつも私の面倒を見てくれてありがとう。私、やってみるよ」




私の返事を聞いて、すごく穏やかな、そして嬉しそうな表情になる佳奈子。




「今までは未来に夢とか希望を抱くことが苦手で避けてきたけど、これからはできそうな気がする。というか、やってみたい。どんなものが描けるのかわからないけど、試してみたいって思った。それができる自分になりたいって。こう思えるようになったのは、あのとき無理にでも私を家から引っ張り出してくれた佳奈子のおかげだよ。だからごめんだなんて言わないで。謝るのは散々迷惑と心配をかけてきた私の方なんだから」




そして、あの時のと同じように椅子から立ち上がり、


「まだまだ経験も浅く、最初からうまくこなせないかもしれません。それでも精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」そう言って頭を下げた。


顔を上げると彼女もあの時と同じように、「こちらこそ、よろしくお願いします」と私の好きな笑顔を見せてくれた。








「前の面談のとき、香藤さんの将来について教えて欲しいという話をしましたが、その後どうですか?忙しくてあまり考えられなかったでしょう」




はいコーヒー、といつもと同じように差し出してくれた。




「いえ、あの日チーム長に言われてからずっと考えていました。ただやっぱり何度考えてもどうしてもわからなんです。自分が将来どうしたいとか、どうやって生きていきたいとか。あまりに漠然としすぎてて明確なものが見えてこないんです」




私の言葉を待ってくれてるチーム長。

相変わらずのこの感じに改めて私はこの環境で成長していきたいと思った。




「なので、まずはもっと自分の人生に興味を持てるようになりたいと思いました。自分に自信を持って、もっと貪欲に。そんな自分になれた時、初めて未来のビジョンが見えてくるんじゃないかなって思ったんです」




チーム長がコーヒーカップから手を離し、拍手をし始めた。




「素晴らしいですね。そんな答えがこの短期間で返ってくるなんて思っていなかったので、正直すごく驚いています」




拍手を止め、コーヒーを一口飲んだ後、「今でも十分素敵なビジョンを描けていると思いますよ」と褒めてくれた。




「これから貴方がどんな風になっていくのか、今後どんな自分と出会い、気づき、そして新しい未来を描いていくのか。僕もこの目で見てみたいと思いました」




「実は、出発前の佳奈子に言われたんです」




「橋本さんに?」




「はい。彼女に自分の後任を任せたいと言われた時、咄嗟に断ったんです。今までの仕事量でも精一杯だったのに、彼女の仕事まで担うなんて私には荷が重いし適任ではないと。でも、その時彼女が言ってくれたんです。『自分にもっと自信を持って。自分のこれからの人生にもっと興味を持って。もっともっと貪欲に生きて欲しい』って。学生時代からお節介で心配性なところがあるんですけど、人の背中を押すことがとても上手なんです」




今頃海外で頑張っているであろう彼女の顔が浮かぶ。




「彼女の仕事をやるようになってからはもう本当に大変で。よくあんな涼しい顔でこの量をこなしていたなと改めて尊敬しました。なのでまずは、3年後彼女がここに帰ってきた時、後任が私でよかったと思ってもらえるようになりたいと思っています。現状はまだまだ足元にも及ばないけどまだ時間はあるので。出来る限りのことをやって彼女を驚かせたいって思っています」




たった3年じゃ無理かもしれない。


彼女が積み上げてきたものは本当にすごい功績ばかりだ。


でも、私には無理とやる前から自分自身の可能性を決めつけたくない。


どんな結果だったとしても、逃げずに挑戦した自分を認めてあげたい。


そういう小さな積み重ねから、自信をつけていきたい。




「なので、この3年間の成長を見守ってください。チーム長には色々ご迷惑をかけると思います。だけど私頑張りたいんです。自分の人生を自分の手で切り拓いていきたいんです」




よろしくお願いします、と椅子から立ち上がり頭を下げた。




初めてだ。こんなに頑張りたいと思ったのは。


学生時代も前職も意欲がなかったわけではない。

ただ、求められたことだけをやっていればいいんだって思っていた。

とにかくみんなと同じ。みんなと同じペースで適度に頑張ればいいと。



でも、本当の私はそうじゃなかったのかもしれない。


心の中でもっと頑張りたい、もっと成長したいと願ってたのかもしれない。

それに気づけたのは、このチームに出会えたからだ。

だからこそ、私はここで成長をしていきたい。

このメンバーに見ていてほしいのだ。



最初は驚いていたが、チーム長も椅子から立ち上がり、「どんな香藤さんに会えるか、僕も楽しみにしていますね」と笑ってくれた。




















































数年後。



今日はいよいよ彼女があの席に戻ってくる日だ。

なんだか試験当日を迎えたような気分。

正直、昨日は緊張して眠れなかった。


朝いつも通りに支度をしていると、1通のメールが届く。




《今日佳奈子さん帰ってくる日だよね!僕もそっちに行く用があるから、もしよかったらおかえり会でもしませんか?というかします!》



湊くんとは連絡は取っていたが、なかなかタイミングが合わず会えないでいた。

なんだか懐かしい。

地元に戻っても相変わらずで安心した。


返事を打っている間に新しいメッセージが届く。




《なんであんたはいつも急なのよ。3年経って社会人にもなったんだから事前に連絡するとか出来るようになりなさいよ》




相変わらずの人がもう1人いた。

最初はあんなに嫌ってたのにすっかりお節介心をくすぐられている。



《3年経ってるのに相変わらず僕のことを頭ごなしに怒るのやめてください!本当は僕らに会いたくてしょうがないくせに!わかってるんだから!》



3年経って社会人経験を積んだからなのか、言い返す術を覚えてる。

人の成長は面白いものだ。




《佳奈子おかえり。今日会社で待ってるね。話したいことたくさんあるの。湊くんにも早く会いたい。おかえり会楽しみにしてるね》と送ると、




《チームのみんなは元気にしてる?文那がこの3年でどれだけ成長したか楽しみにしてるね》




《僕も早く文那さんに会いたい!今日は僕の隣に座ってね》




《お前は1人で座れ》




《ねぇ、お前って呼ばないで!僕には可愛い名前あるんだから!》と、親友同士のやりとりが続いていた。













支度を整え、玄関に向かう。


今日はなんだかいつもと気分が違う。


緊張もあるし、喜びもあるし、ちょっとだけ不安もある。


でも、私はそんな自分が大好きだ。




玄関にある鏡を見て最終チェックをする。


この3年間で身に付けるものもだいぶ変わった気がする。


今まではどうせ自分なんかと思っていたけど、今は違う。


口角も上がり、表情も明るくなったと思う。


正直、最初は佳奈子の真似から始めたのだけど。





















「いってきます」










まばゆい光の中、今日も私は未来に向かって歩き出す。

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