第30話 彼女と彼の話-8
そして翌日、お昼過ぎに電話をかけた。
変に構えないよう、あくまでいつも通りの会話を心掛ける。
「あーもしもし?今大丈夫?」
「うん、大丈夫。久々だね。元気だった?」
「うん、なんとかね。実は今無職って聞いたから連絡してみたんだけどさ~」
あー・・・という薄いリアクション。
どうしよう、感じ悪かったかな。
「直接仕事辞めたって聞いたわけじゃなかったから連絡するのもどうかなって迷ったんだけどさ。話だけでも聞いて欲しかったから生存確認ついでに連絡したの」
思わず生存確認とか言っちゃったけど、もっといい言葉あっただろ私・・・。
「で、どうなの?もう仕事決まっちゃった感じ?」
文那のリアクションが怖くて矢継ぎ早に喋ってしまった。
やっぱり電話は苦手だ。
「仕事はちょっと前に辞めたよ。今はまだ無職。そろそろ探さないとな〜とは思ってるんだけどなかなか・・」
なんとなく文那が嘘をついている気がした。
愛未の情報だとあまりに暗い雰囲気で話しかけるのを躊躇うほどだ。
そんなオーラを纏った人が仕事探しなんかするだろうか。
でもかえってそう言ってくれてよかった。逆に誘導しやすい。
「ならちょうどいいね。話だけでも聞いてよ。それから決めてくれたらいいから。いつ空いてる?久々に顔見て話したいしお酒でも飲みながら、ど?」
まぁ・・・とかなり渋っている。
でもここまで来たら後は押すだけだ。
「話は早い方がいいから。無職ならいつでも大丈夫だよね?今週の金曜なら調整できそうだから金曜の18時に赤坂で。お店は決めておくわ」
楽しみにしてるね〜と文那の返事を待たずに電話を切った。
たった数分の会話だったのにものすごい汗をかいた。
でもこれで大丈夫だろう。
彼女の性格上、ここまで言い切られたら断ることをしない。
無理やり決めた約束の日、待ち合わせ場所にはおしゃれをした文那が立っていた。
それからは割とスムーズだった。
ただびっくりしたのが入社初日に合わせて髪をバッサリカットし、メイクも綺麗に施されていた。
気分も晴れ晴れといった様子。思わず髪型やメイクを思うままに褒めてしまった。
でも文那は、「佳奈子がそんなに褒めるなんて」みたいなリアクションだったので急に恥ずかしくなってしまって急ぎ足でオフィスに案内した。
文那が業務を一通り覚えるまで、なるべく外回りを控えてレクチャーをした。
業界自体は未経験だけど、元々頭の回転が早い文那は飲み込みが早く私が想像していたよりも早い段階である程度は任せそうなところまで成長した。
なので私も営業回りや外での仕事を徐々に再開させる。
文那も他のチームメンバーとコミュニケーションを取りながら仕事ができてるみたいなので私がいなくても大丈夫だろう。
そんなある日、早めに仕事が終わったので今日はご飯でも作ろうと洋平に連絡を入れた。
《今日私早く帰れそうだからご飯作るよ。何がいい?》
すると、
《今日はちょっと話したいことがある。ご飯はかなちゃんに任せるよ、ありがとう》と返事がきた。
話したいこと・・なんだろう。
最近は洋平の方が忙しそうにしてたからあんまり会話できてなかったし、思い当たることがない。
強いていうなら仕事が落ち着きだした私が家事担当していたのでそれに対してのクレームだろうか。とにかく、ご飯はちゃんと作ろうと意気込んでスーパーに向かった。
家に帰り、ご飯の準備をしていると洋平が帰って来た。
「おかえり。ご飯もうちょっとでできるから待ってて」
いつも通り声をかける。
しかし、「うん、ありがとう」と返事はそっけないものだった。
いつもならうるさいくらい喋る人なのに。
これは何か重めの話があるな、と感じた。
いつも通り、2人で手を合わせてからご飯を食べる。そこはいつもと変わらない。
ただ、今この瞬間に流れている空気がとんでもなく重く、ご飯を飲み込むのも一苦労だ。
これ、私から切り出した方がいいのかな?
でも、私の予想では重めの話だしもしそうなら自分のタイミングで話したいだろう。
だけど、この空気のままご飯を食べるのもなんだか嫌だな・・なんてぐるぐる考えている時だった。
「かなちゃん、一回お箸置いてもらえるかな」
そういって、彼がお箸を置き背筋を正した。
なんだかよくわからないけど、彼の一連の動きを真似た。
しばらく沈黙が流れ、意を決して彼が言葉を発した。
「今日、海外赴任の話をされて、俺を推薦したと言われた」
「海外・・?」
「期間は3年くらいの予定。場所はアメリカ。自分のキャリアのためにもいいチャンスだと思ってるんだ」
アメリカに3年・・・。仕方ないことだけど、ちょっと長いな。
「俺はその話を聞いて嬉しかったし、経験してみたいって思った。でも・・」
急に彼が俯く。私を置いていくことを気にしているのだろう。
「すごいじゃん!30代で海外で経験積めるなんてチャンスだよ!私のことは気にせず行って・・・」
「かなちゃんと一緒じゃなきゃ嫌なんだ!」
いつも温厚な彼が珍しく声を荒らげた。
「・・・大きな声出してごめん。でも俺はできればかなちゃんと一緒にアメリカに行きたい。もちろん、かなちゃんの気持ちを最優先する。気持ちを押し付けるつもりもない。ただ、かなちゃんにはいつだって俺の側にいて欲しいんだ」
声が震えている。
泣いているのだろうか。
俯いたままなので顔が見えない。
そう言われても、急なことすぎて何も考えられない。
今理解できていることは、洋ちゃんがアメリカに3年行くこと。
洋ちゃんは私に付いて来てほしいということだけ。
「それは、いつから行くの?」
「話がうまくまとまれば3ヵ月後。その辺は調整してくれるみたい。色々準備があるだろうからって部長に言われた」
3ヵ月・・・あっという間だ。
そしてそこから3年離れてしまう。
10年近く一緒にいるけど、3年も離れるなんて想像つかない。
「俺も突然だったから正直まだ戸惑ってる。かなちゃんが戸惑うのも無理ないよ。答えを焦って出す必要もない。部長も焦らなくていいって言ってくれてる。だからゆっくり考えて。答えが出るまで俺何度でも話したいって思ってるから」
そう言い終えてやっと顔を上げた。
やっぱり少し目が赤かった。
身体は大きいのにこういう時はすぐ泣いちゃう人。
前に一緒にテレビを見ていたとき、動物の感動系の話を食い入るように見て泣いていた。
そのとき年々涙もろくなってきたと強がっていたが、私は出会った頃から涙もろいと思っている。
私も洋ちゃんのそばには居たいと思ってる。
だけど、これはそんなレベルの話じゃない。
自分の今の仕事や、その3年間をどう過ごすか。
家族や友人に3年も会えなくなる。
別に今でもそんなに頻繁に会っているわけではないけど、会えなくなると思うと急に寂しくなる。
これは、いろんなことに向き合って考えるべきだと判断し、
「洋ちゃん話してくれてありがとう。すぐに返事をすることはできないけど、私も私なりに考えてみるね。もし部長さんから何か言われたらその都度教えてもらえたら嬉しい。ちゃんと、2人で決めようね」
10年近く一緒にいて、ずっと守ってきていること。
“2人のことは、2人で決める”
その言葉に少し安心したのか、
「ありがとう」と言って私の横に座り出した。
「どうしたの?」
「今日はかなちゃんの隣でご飯食べることにしたの。冷めちゃったよね、温め直そう」
そう言って彼はレンジの方へお皿を運び出した。
私もその背中を追いかけ、
「なんで洋ちゃんのご飯が先なの?」
「え!かなちゃんそんなにお腹空いてたの?」といつも通りの私たちに戻った。
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