第23話 彼女と彼の話-1



「橋本さん!僕と付き合ってください!」


「ごめんなさい。何度言ったらわかるんですか」


もう断るの何度目なんだろう。

最初は心苦しかったけどここまでくるとそれも感じなくなっていた。








「佳奈子、また先輩に捕まってたの?」


毎日大変だね〜と文那あやなが笑う。


「全然笑い事じゃないから。顔合わせるたびに告白されて、それを断る私の身にもなってよ」


「もう山崎先輩にしちゃいなよ〜」と前に座る優花ゆうか愛未まなみ


「他人事だと思って楽しんでるでしょ?恋人がいるってそんなにいいもの?」


優花と愛未が私をからかい、まぁまぁと文那が止める。


私たちが学食に集まると必ずこのやり取りからスタートする。


「でもさ、顔合わせるたびに告白して断られてるのにどんだけメンタル強いんだろうとは思うよね」


毎日手作りしているお弁当を食べながら愛未が話す。


「確かに~!でも浮気とかしなさそうじゃない?」


SNSで人気のカフェで買ってきたオーガニックサラダを小さい一口サイズにして食べる優花。


「さあ?もうメンタルとかそういう問題じゃないんじゃない?私はからかってるとしか思えないけど」


学食のオムライスを食べながら返す。


「そうかな~。からかうならもっと別の方法もあるでしょ。それに洋ちゃん先輩ってうちらの代から結構モテてるらしいよ?」


「うそ~!でも確かにクマさんみたいで可愛いもんね」


向かい側に座る2人が勝手に盛り上がっている。


隣に座っていつものパスタを食べている文那はそんな2人を笑って見てる。






入学してから割と早い段階で仲良くなった私たち4人はほぼ毎日学食に集まっていた。


各々食べたいものを用意し席に座る。

女の子特有のみんなで集まって今日何食べる~?みたいな相談などは一切ない。

ただ大体の時間に集まって大体の時間で解散する。


今まで女の子の“群れ”を苦手としてきた私にとって、初めて居心地の良い友人たちだった。

多分4人とも同じ気持ちだと思う。




「でもなんでそんなに頑なに断るの?デートくらい行ってみたら?」


「そうだよ!もしかしてそれさえも断ってるの?」


洋ちゃん先輩かわいそー!と向かい側に責められる。


違う、そうじゃない。


そこでようやく文那が口を開いた。


「でも、洋ちゃん先輩が佳奈子に話しかけてくるのって学食以外見たことないけど、連絡先いつの間に交換してたの?」と。さすが文那。


「私、山崎先輩の連絡先知らないよ。それにデートにも誘われたことない。学食で会って付き合ってくれって言われるだけ。で、それを断るっていうのがワンセットの後輩いじりなのよ」




自分で言うと何だか悲しくなるな。

私に会うたびに告白してくる1つ先輩の山崎洋平はただ告白をしてくるだけなのだ。

連絡先を聞いてきたりデートに誘ってきたりは一切ない。

そして文那が言う通り、学食以外では話しかけてこない。


















彼との出会いもこの学食だった。


いつも通り4人でご飯を食べていた時、いきなり目の前に現れて、


「いきなりで申し訳ないんだけど、一目惚れしました。僕と付き合ってください」と頭を下げたのだ。

名前も学年も何も知らない初対面の人に告白されるのはさすがに初めてだったし、周りからの注目も浴びてかなり戸惑った。




ただ、案外冷静に答えたのを覚えてる。






















「あの・・・誰、ですか?」と。






そこから彼が1つ上の先輩で、名前は山崎洋平やまざきようへい


中学からラグビーをやっていて身体が大きい。


笑うと目がなくなるので、優花の“クマさんみたいで可愛い”というのはきっとこのことだろう。


しかし、彼の情報はこれくらいしかないのだ。


付き合ってと言われ続けて1年が経つというのに。


あ、さっき愛未が言ってたうちらの代からモテているとのいうのは新情報だ。




「だからもう1年以上からかわれてんの。少しは私を可哀想って思ってくれない?」


最後の一口を口に運ぶ。

学食のオムライスは量があって好き。


「でもさー、名前も知らない子にいきなり告白してきたんだよ?しかもうちらもいる場所で。そんなこと普通はできないと思うんだよなー」


お弁当箱を片付けながら首を傾ける愛未。


「でも本気ならすぐデートとか誘うでしょ?」


「んー、勢いで告白しちゃったけど実は奥手でそこから先に進めないとか?」


名前もわからないものが乗ったサラダをやっと半分食べ終えた優花が横から答える。


「そうだとしたら余計嫌でしょ。勢いで告白しちゃうような人」


返却口へトレーを返しに席を立つ。

その後ろを文那が追ってきた。


「文那、またパスタにしたの?」


「うん、パスタ好きだし。学食のパスタ結構美味しいんだよ」と笑う。


この笑顔にいつも癒される。


「でも洋ちゃん先輩の気持ちがよくわからないね。付き合ってとは言ってくるけど、決して好きですって言われてるわけじゃないんだもんね。優花の言う通り、その場の勢いだけで最初は告白してきたのかな~。でも何度も言ってくるってとこがやっぱり不思議だよね・・・」


ん~と眉間にシワを寄せる。




そうなのだ。


私は「一目惚れした」、「付き合ってくれ」とは言われているけれど、

肝心の「好きだ」という言葉は1度も言われてない。

一目惚れ=好きなのかもしれないけど、それを言われたのも最初の1回だけ。



そのあとはさっき言われたセリフだけ。



「好きって言えない理由があるのかな?」


「言えない理由?例えば?」


「んー私あんまり恋愛のことわからないけど・・例えば結婚してるとか?」


「け、結婚?!」


思わず大きな声が出てしまった。

結婚って、あの人が?


「佳奈子声大きいよ!でも結婚できない年齢ではないから可能性はゼロではないよね。奥さんはこの大学にいないからバレないとか。だから付き合ってほしいけど好きとは言えない・・・みたいな?」


漫画の読み過ぎかな?と苦笑いを浮かべる。




でも、確かに可能性はゼロじゃない。

結婚してるから好きとは言わないけど都合のいい存在にはしたい、とか?

でももしそうなら1人にこだわらず数打ちゃ当たる方式でいった方が手っ取り早い気がする。


席に戻ると優花の姿はなく、愛未だけが残っていた。


「あれ、優花は?」


「彼氏に呼ばれたらしいですよ~」と窓の方を指差す。


その先には最近出来たイケメンらしい彼氏と仲睦まじく歩いている優花の姿があった。


「というかさ、佳奈子は先輩のことどう思ってるの?」


改めて愛未に問われた。


「どう思うって・・・しつこいなと思ってる。いつ諦めるんだろうって」


これは正直な気持ちだ。

最初は学食に行くのも嫌になったくらい。


「でもさ、今は学食で会う=告白してくるって流れになってるけどこれが急になくなったらどう思う?例えば・・」


愛未が窓の外に何かを探す。


「あ、いた!例えばさ、あそこにカップルがいるじゃん?あの彼氏が洋ちゃん先輩だったらどう思う?悲しい?それとも清々する?」


指を指したまま聞いてくる。


先輩だったら・・・しばらくそのカップルの背中を眺める。








「・・・悲しいね」


私より先に口を開いたのは文那だった。




「自分のことを長い時間好いてくれてるって思ってた人が一瞬で心変わりしちゃったってことでしょ?自分には気持ちをぶつけるだけぶつけておいて、ふら~と別の子に目移りしちゃう。そんなの悲しいしムカつくし一生顔見たくないって思う」


珍しく感情のまま話す文那。

愛未も私もびっくりして少しの間言葉が出なかった。




「そ・・そうだよね。そう、ムカつくよね。でもムカついたり悲しいって思うってことは少なからず彼のことが気になってるってことだとも思わない?」


優しい口調で愛未が言う。


「もし純粋にしつこい、とか早く諦めろって思ってたら彼女ができて清々するはずなんだよ。それも1年以上それが続いてたなら尚更。好きになれない人からずっと好意を向けられることほどしんどいことはないし。となると、文那が思った感情はどうだろう。ずっと自分を好きだと思ってた奴が急に別の女に乗り換えた。それに対して怒りや悲しみが湧いてきた。これって好きって感情まで辿り着いてなくても気になる存在だったってことじゃない?」




そうかもしれない・・・と2人の会話を黙って聞く。


この後窓の外を見たときに先輩が女の人と一緒に居たら悲しいよりも先に怒りが湧いてくるかもしれない。


でも・・・。


「好きって言われてないんだよ。私は」


2人の会話に割って入る。


「もし、私が文那の言ってる気持ちと同じ気持ちになったとしても、私は好きとは言われてない。向こうに何勝手に舞い上がってんの?みたいに思われるのがオチじゃない?」


なんとなく気付いてはいたけど、そんな自分を認めたくなかった。








「あ、そっか」


文那が何かに気付いたように立ち上がる。


「洋ちゃん先輩も佳奈子も同じことを考えてるんじゃない?」


私と愛未の顔を交互に見る。


「先輩も佳奈子も、まだ自分たちが抱いている感情が果たして“好き”なのかわからないんじゃないかな?」


「どういう・・・意味?」


「んー・・、なんて言ったら伝わるか私もわからないんだけど・・。要は洋ちゃん先輩は自分の気持ちを確かめるために顔を合わせるたびに告白してきてるんじゃないかな?断られるってわかってるからこそ。そこで断られて明日から言うのやめようって思うくらいなら好きではないし、そもそも連絡先を聞くとかデートに誘う必要性がない。でも顔を合わせるたびに言えるってことは自分は佳奈子が本当に好きってことなのかな?って。だからむやみやたらに言うんじゃなくて場所とか回数を決めてるんじゃない?場所は佳奈子が断りやすいように他の生徒がいる学食で、回数は1日1回、みたいな」


言いたいこと・・・伝わってるかな?と静かに座る文那。


愛未は大きく頷き、


「恋愛に興味なさそうな文那に教えてもらうなんて、私たちもまだまだだね」と私を見て笑う。


「可能性はゼロじゃないかもね。もしかしたら連絡先を聞いてこないのも、デートに誘ってこないのも、好きという言葉を使わないのも先輩なりの気遣いなのかもしれないよ?自分の気持ちがはっきりわかる前に佳奈子の気持ちが揺らいで『はい』なんて返事が来たら困るから」


最初の告白は本当に勢いで言っちゃっただけだったのかもね、と笑う愛未。


「ま、あとは佳奈子がどうするかだよね。このまま先輩の気持ちが自分に落ち着くかなんてわからない。そのまま別の子に取られてもいいならいいけど、もし少しでも先輩が気になっているなら、佳奈子も少し先輩を気遣ってあげてもいいんじゃない?まずは何も考えずに2人で話してみる、とかさ?」


私授業だから行くわ~を席を立つ愛未。


ありがとうと言いたかったけど、それを言ったら全部を認めることになりそうで言えなかった。


「あ、私も行かなきゃ」と席を立つ文那。そして、


「私、佳奈子の笑った顔好きだよ。先輩もその顔を好きになったんじゃないかな。きっと先輩は佳奈子を困らせたいんじゃないんだと思う。優しそうな人だもんね。だから佳奈子がずっと笑っていられる方を選んでね」


じゃあね!と言って教室へ向かっていった。


2人の言ってることは全部理解できているし、言いたいこともわかってる。


だけど、いざ自分の気持ちに向き合おうとすると、どうしても素直に認められないんだ。






















先輩のこと、ほんとは結構前から気になってること。

きっと、もう好きなんだってこと。

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