第22話 彼女の話-6



そのあと私も佳奈子も仕事が立て込み、なかなかご飯の約束ができないでいた。


あれから数回メールのやりとりはしたけど会えていない。

塞ぎ込んでないといいんだけど。


するとテレパシーが通じたのか、そうくんからメールが届いた。


そこには、《僕のこと、もっと心配してくれてもいいんじゃない?》とあり思わず笑ってしまう。


たまたまオフィスに居た佳奈子に伝えると、

「自分から言ってしてもらうものじゃないでしょ。こっちが心配してほしいくらいだわ」と呆れていた。




佳奈子がそう言うのも無理はない。

トイレに行く時間さえ惜しい忙しさが1ヶ月程度も続いたのだ。


発端はクライアントからのメールだった。

数年前のプレゼン案件をもう一度考え直したいという内容だった。


こちらとしては棚からぼたもちなことだが、当時の詳細を知る人物は全員退職をしており、詳しい人は誰もいない。

手探りでデータを探すにも膨大な社内データから探すのは至難の業だ。

それに動ける人間がチーム長、佳奈子、私の3人しかおらず、他の人は今抱えている案件で手一杯だった。


しかしせっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。


3人でできる限りのことをやろうとなり、私は膨大な社内データから当時の資料を必死に探した。時には他のチームの人に相談して知ってそうな人はいないか聞いて回った。


その結果、少しではあるが昔の資料を見つけることができた。ベースさえ見つかれはこっちのものだ。

そこから佳奈子とチーム長が現在の情報にアップデートして先方へプレゼンを行った。




結果はもちろん契約締結。


滞りなく進んだとチーム長が言っていた。

書類関係のやりとりを済ませ、社内のカフェスペースで机に突っ伏す私と佳奈子。

そこにチーム長がやってきた。




「2人共、今回は本当にお疲れ様でした!僕はこんな優秀な部下を持ててとても幸せです」


はい、とそれぞれにコーヒーをくれた。


「でも最初は本当にびっくりしました。こんなことって結構起こるんですか?」


いただきます、と言ってコーヒーを口に運ぶ。


「いやいや、こんなの頻繁に起こったら僕ら死んじゃうよ。僕も長いこと社会人してるけど初めての出来事だよ。新しいプレゼンをした時に前回の方がいいと言われることはあっても、数年前のものを検討したいなんて正直先方もどうかしてると思うよ」

ね、橋本さんと同意を求めた。


佳奈子はコーヒーを飲みながら、「そんなどうかしてる先方のために寝ずに資料かき集めてる私たちもどうかしてますよ」とまた机に突っ伏した。


確かにそうだね、とチーム長が笑った。


「でも今回香藤さんには本当に助けられたよ。よくあんなグチャグチャなデータの中から資料を見つけられたね」


膨大なデータの中から探すのは本当に骨が折れた。


「実は別のチームの人にも聞いたんですよ。私だけで見つけたかったんですけど、そもそも社内資料に触ったこともあまりなかったのでどっから探したいいか見当もつかなくて。そしたら数年前そのチームで事務作業をしてたって人がいて可能性のあるフォルダをいくつか教えてもらったんです。すごい量ではあったんですけど、幸いその中に見つけることができたので一安心です」


自分で解決できなかったことは反省してます、とチーム長に頭を下げた。


すると、「謝ることなんて1つもなかったよ」と私の頭をぽん、と撫でた。


「僕も自分のことで手一杯で香藤さんのケアまで手が回らなかった。入社して1年も経っていないのに社内資料から数年前の資料を探せなんてよく考えたら難しすぎる業務をお願いしてしまったと反省したよ。でも香藤さんは自ら課せられた仕事を全うするためにどうやったらいいか考えて行動した。それが人の手を借りることになったとしても全然いいじゃないですか。仕事なんてそんなものですし。むしろ知り合いがいないチームに詳しい人がいないかを聞いて回るなんて簡単にできる行動じゃないと思いますよ」


相変わらず謙虚ですね、と笑われた。


「橋本さんもそう思うでしょ?」とニコニコで佳奈子に聞くが、


「チーム長、セクハラですよ」という佳奈子の声に


「えぇ!!香藤さんお願いだから僕のこと嫌いにならないでね?!??!」とまた表情をコロコロ変えていた。


そんな2人のやりとりになんだか涙が出てきた。

すかさず佳奈子が私をチーム長から引き剥がす。




「ごめんなさいっ・・なんか嬉しくて・・」


佳奈子がそっと私の頭を撫でる。


「この会社に入って、今までずっとみなさんに助けられてばかりで。早く自分もこのチームのためになることをしなくちゃって思ってたんですけど・・。なんかそれが少しだけ叶ったような気がして。私もちゃんと役に立ててるんだと思ったらなんか気が抜けて涙出てきちゃって・・」


笑いたいのか泣きたいのか、自分でも感情がわからなくなっていた。


でもきっとこの涙はネガティブな感情からではないと佳奈子もチーム長も感じ取ってくれたみたいだった。


「てっきりチーム長に触られたのが嫌だったのかと思った」


佳奈子がぼやくと、


「ねぇ!それは本当にごめんなさいってさっき僕謝ったよ?!橋本さんが僕を嫌いだからって香藤さんも同じとは限らないでしょ!!」と拗ねていた。


「いや謝ってはなかったですよ、嫌いにならないで〜って懇願してただけです」

と、さらに攻撃していたけど、私はこのチームに入れたことを改めて幸せに思った。




















そんなことがあり、ご飯会をなかなか計画できずにいたのだ。

別に湊くんを放っておいたわけではないよと説明するも、

「どうぜ僕のことなんて2人とも忘れてたんでしょー」とめんどくさい拗ね方をし始めた。


湊くんが連絡をくれたタイミングでちょうど仕事が落ち着いたので3人でのご飯会をセッティングした。

セッティングといってもメールの返事を待たずして電話をかけてきて、「ねえ!!僕だけ仲間外れなの寂しいんですけど!!」と彼が大騒ぎをしたので仕方なく。


で、急遽空いているお店を調べて集まった、というのが正しい流れだ。




「2人とも忙しいのはわかりますけど、失恋したばっかの僕を放置するのはさすがに友達にやることじゃなくないですかー?」


彼は今日合流した時からずっと拗ねている。

別に同じ職場ってだけで仲間外れしているつもりは全くなかったんだけど。

2人でご飯行ったりもできる状態じゃなかったし。

でも寂しかったと素直に口にできるのは湊くんのいいところだと思う。


佳奈子は「うるさい。何回言うのよ」とすでに怒っているけど。




明日は土曜でみんな休みなので、乾杯からシャンパンを注文した。

立て込んでいた仕事からの開放感もあって久々に飲むお酒はとても美味しかった。


「ところで、失恋直後とかなんとか言ってても元気そうに見えるのは私だけ?」


おつまみのピンチョスをつまみながら佳奈子が聞く。

確かに失恋したとは思えないくらい大きな声をさっきから発してる。


「ここであからさまに元気なくしたら空気悪くなりません?あの日よりかはマシになりましたけど、まだちょっとおセンチですよ僕」


おセンチって久々に聞いたな。

でも湊くんが外に出れるくらいの元気があって少し安心した。


「でも色々吹っ切れましたよ、本当に。中学の頃から今まであんなに好きで追いかけてきた人が実は僕の知らない間に彼女作って妊娠までさせてたんですから」


何回聞いても、その先輩のことは許せそうにない。

文句が口から溢れないようにシャンパンを流し込んだ。




「でも1つだけ、この人を好きになってよかったって思えたことがあって」




湊くんがおもむろに携帯を取り出し1枚の写真を見せてくれた。

そこには携帯を見つめる男性が1人写っていた。


「これって・・・」


「そう、先輩。かっこいいでしょ?昔は僕より背が低かったんですけどいつの間にか抜かされてました。でこれね、携帯で子供の写真見てる先輩なんです」


その写真をどこか愛おしそうに、でもどこか寂しそうに見つめる湊くん。


「この人を好きになってよかったところ。それは順番は違っても家族をとても大事にしてるところです。高校生で妊娠させちゃったから色々大変だと思うんですよ。でも先輩は妊娠がわかったその日から今日まで奥さんとその子供を全力で愛して全力で守ってる。自分のことを後回しにして周りを守ろうとする不器用な人だから」


それにきっと今は家族が名前を呼んでくれているだろうし、と小さな声で呟いていた。


「私はその先輩のこと、湊くんを傷付けた人として認識しているから人として許せないけど、優しい人、なんだろうね」


隣の佳奈子もうん、と頷き、


「人は生きてるだけで誰かを傷つけるし誰かに傷つけられる。でもそれを知ってるのと知らないのとでは全然違うんだよ。でも今回、君はそれを身を以て知ることができた。だからこの恋愛を経て一回り成長できたって考えたら悪い思い出にはならないんじゃない?」


ピュアだったんでしょ?と湊くんのおでこを突いた。


湊くんはおでこを押さえながら、


「そうですね。先輩と出会えたおかげでそばにいてくれる人の大切さにも気づけたし。運命に感謝しないとですね」と笑った。


私もこの運命に感謝したいと、最近やっと思えるようになった。

それは今ここに大事な2人がいるからだ。


「とりあえず暫く僕は恋愛お休みします!あと実はもう1つ、2人に報告したことがあって」と言い出した。
















「僕、地元での就職が決まりました!」


パチパチ〜と手を叩く湊くん。


「地元って・・・東京離れちゃうの?せっかく3人仲良くなれたのに」


「文那さん寂しがりすぎだよ。今とんでもない田舎を想像してるかもしれないけど電車で2時間あれば会えるんだよ?」


「でもこっちでも就職先探せたでしょ」


佳奈子も少し寂しそうな顔をしてる。

なんだかんだ、湊くんを可愛いと思っているのだろう。


「まぁね。色々誘ってもらったところもあったよ。この顔を気に入ってもらえて芸能事務所?みたいなところとかも。でも文那さんには話したけどうち母子家庭なんすよ。地元に母親1人残して来てて。僕母親のこと大好きなんでちょっと心配なんですよね」と答えた。


「必死に勉強して入った高校を進路未定で卒業して好きな人追いかけて東京来て。でもその人とはうまくいかなくて。東京に来て何もなくなった自分がめちゃくちゃカッコ悪く思えたんですよ。僕、何してるんだろうって。周りは大学卒業して就職してるたり、小さい子のからの夢追いかけてたり。その人たちがめちゃくちゃキラキラして見えたの。だから、ちゃんと自分と向き合わなきゃなって。ちなみに2人だってキラキラ輝いて見えるんですよ」


シャンパングラス越しに私たちを見る。


「2人に放置されている間、考えてみたんです。自分の人生。やりたいこととかこれからどう生きていきたいのか。でもやっぱりそんな簡単には思い浮かばなくて。でもそこで1つだけ浮かんだことがあって」


放置したつもりないけど、と佳奈子が呟く。

でも連絡くれなかったのは本当でしょ?と口をとがらせつつ、


「母の顔だったんです。こっちに来てからまともに連絡取ってなくて。こっちに来る理由もざっくりとしか言ってなかったし、そもそも僕が男の人が好きっていうの知らないし。ま、それを言うかはまだわかんないけど、でも一回母と仲直りしたいなって思ったんです」


僕マザコン過ぎますかね?と真剣な顔するので、


「そんなことないと思うよ。素敵なお母さんなんだろうなって思う」と返すと恥ずかしそうな嬉しそうな、とても可愛い表情を見せてくれた。


「ってことで僕は来月から地元で働きます。頻繁に会えなくなるけど文那さん僕を想って泣いたりしないでね?」と私の顔をぐいっと引き寄せた。


見慣れているとはいえ、こんな至近距離で端正な顔に見つめられたら嫌でも顔が赤くなる。


それを見た湊くんは、「えーやっぱ文那さん可愛すぎるよ、僕と付き合う?」と耳元で囁く。


と同時に「あんたは女じゃ無理でしょ」と佳奈子に頭を叩かれていた。


「暴力反対!文那さんだったら僕大丈夫かもしれないじゃん!」


「あんたは大丈夫でも文那が大丈夫じゃないでしょうが」


2人の視線を同時に感じたが、ドキドキが収まらず戸惑うことしか出来ずにいる私を見て、


「え、文那・・もしかしてアリなの?」


「ほら言ったじゃん!僕のこと男として見れなくないよね?」


これまた同時に質問され、どちらから答えていいのかわからない。


ただ・・・


「彼氏がそんな綺麗な顔してたら毎日心配で心臓持たなそうだから無理」とは伝えておいた。



















「あ、そういえば」


お酒も飲んでご飯も食べて。

いい具合に酔っ払って来た。

そろそろ、聞いてもいいのかな。


「佳奈子、何か話したいことがあったんじゃなかったっけ?」と聞いてみた。


「え?!ごめんそんなこと知らないで僕ベラベラ喋っちゃってたじゃん」と佳奈子に謝る。


佳奈子は別に大丈夫、と湊くんに答えて深呼吸をした。


そして、
































「私、結婚することにした。そして彼の転勤で海外に行く」と言い出した。

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