第21話 彼女の話-5



数日後、珍しく佳奈子がオフィスに居た。


「あれ、おはよー!オフィスで会うの久々だね」と声をかけると、


「あ、お、おはよう」と佳奈子らしくない返事が返ってきた。


「どうしたの?体調でも悪いの?」


「別に何もないよ。元気」




いや確実になにかあるじゃん。

私嫌われるようなことしちゃったのかな?だったらちゃんと謝りたい。


でも今ここでこれ以上突っ込んでもいい結果は得られなさそうなので一旦身を引いた。




その日、佳奈子はずっとオフィスで業務をこなしていた。

体調も特に問題なさそう。


気になって途中佳奈子と同じ会議に出てた先輩に様子を聞いてみたけど、特にいつもと変わりなかったと言っていた。


なんだろう。絶対変わりあるのに。


午後からは電話対応などで忙しく、私も佳奈子を気にする暇がなくなった。




ひと段落して時計を見るとすでに20時を過ぎていた。

周りはまだ仕事をしている人が目立つ。


佳奈子もまだ自身のデスクに座っていた。


いつもなら時々私の様子を見に来てくれるのに今日はそれもなかった。おかしい。


もう1度チャレンジするため佳奈子に声をかける。




「午後からバタバタだったね。佳奈子お昼食べれた?」


そっと近付き声をかける。


「いや会議とかで食べ損ねた」と朝よりかは普通に返事をしてくれた。


もしはこれは会社で話しづらいことかもしれないと思った私は外に連れ出す作戦に出た。


「じゃあ久々にどっかでご飯食べて帰らない?行ってみたいお店あるんだけど、1人じゃなかなか入りづらくて」


すると案外的を得ていたようで、「いいよ。あと10分待って」と、すんなりOKが出た。








先にオフィスを出て1階のエントランスで佳奈子を待つことにした。


やっぱり朝から様子がおかしかったのには理由があったんだ。


まぁ、会社じゃ誰が聞いてるかわからないから言いづらいこともあるよね。


携帯でお店のメニューを見ながら佳奈子を待つ。


すると佳奈子のヒールの音がした。


「こっちだよー」と声をかけると小走りでこちらに向かって来た。


「この近くのお店なの。ランチは前に行ったことあるんだけど夜はまだなくて。佳奈子食べたいものとかあった?」といまさらな質問をするが


「ううん、文那が食べたいものでいいよ」と言われてしまった。


やっぱりなにかがおかしい気がする。


本当に体調良くないのかもしれない。







会社を出て5分ほど歩くと目的地のお店が見えてきた。

階段で地下へ降りると清潔感のある空間が広がる。


「ここは和食ランチが有名でね、よくSNSにも載ってるんだよ」


お手軽な金額で種類豊富なメニューから選べるので気がつくと週3くらいはここへ来てしまう。


卓上に置かれたメニューを開き、佳奈子に渡す。


私と佳奈子は夜のランチセットを選んだ。

佳奈子は焼き魚、私は刺身盛り合わせ。




でもいざ話を聞こうにも、どう話題を振ったらいいんだろう。

会社は離れたとはいえ近くを選んでしまった。

もっと気を遣って離れた場所にすればよかったと今更後悔した。


目の前では佳奈子が水を飲む。だた一向に目が合わない。


こんなこと、今まで一度もなかった。

一言目を慎重に選んでいると佳奈子が口を開いた。






「あ、のさ・・・」


しかしそのまま言い淀んでいると注文したセットが運ばれて来た。


「すごい!おいしそう!」


ランチをやっているところはディナーになるとしょぼくなるのがあるあるだがここはランチと同じくらいのボリュームがあった。メニューもお昼と差別化されていたし。ここはリピート確定だな、なんて呑気なことを考える。


つい料理の見た目に圧倒されてしまい、佳奈子の声を遮ってしまったと気付く。


「ごめん、さっき何か言いかけたよね?」と尋ねると、首を横に振り、いただきますと両手を合わせ静かに食べ始めた。


このまま待っても話してくれなさそうなので、私も両手を合わせ目の前のお刺身を美味しくいただくことにした。












「ありがとうございました〜」


なぜか支払いは佳奈子が2人分してくれた。

この雰囲気だと今日は何も話してくれなさそう。


これは話してくれるのを待つべきなのだろうか。

自問自答しながら無口な佳奈子と駅へ向かって歩いた。


すると、遠くから誰かに呼ばれた気がした。


私はついに佳奈子がめちゃくちゃちっちゃい声で話し始めたのかと期待したのだが、隣で私と一緒に声の主を探しているのであっけなく裏切られた。




文那あやなさん!今帰り?」


姿を現した声の主はそうくんだった。


「湊くん!どうしたのこんな時間に」


偶然会うのは初めてかもしれない。


「この辺で友達と会ってたの、帰ろうと思って歩いてたら見たことある顔が見えたからもしかしてと思って」


そう言って私の隣をちらっと見て会釈する。


「あの、前にあのパスタ屋で会いましたよね?覚えてますか?」


湊くんが恐る恐る佳奈子に声をかける。

さっきまで無表情だった佳奈子もさすがにあ、という顔をして頷いた。


「よかった〜。僕絶対嫌われてると思ってたんで。あ、2人今同じ会社で働いてるんですよね」と私と佳奈子の顔を順番に見ながら話す。


すると、佳奈子が「なんでこの人が知ってるの?」と私に聞いた。


「あれ、言ってなかったっけ?会社入る前にモヤモヤを全部クリアにしたいって。あれ裕太さんと湊くんのことだったの。正確にいうと裕太さんの件で私が勘違いしてたことがいくつかあって。ちゃんと話して解決して、それからは湊くんと友達に戻った、って感じ」


湊くんがうんうん、と楽しそうに頷く。


「まだこの人と友達だったんだ」


真っ正面から湊くんを突き刺す佳奈子。

湊くんもしっかりとリアクションをする。


「佳奈子さんからしたら僕は文那さんにあんな男を薦めた奴って印象ですよね。そう思われても仕方ないですし実際そうだったので否定はしません」


すみません、となぜか佳奈子に頭を下げる湊くん。

佳奈子もその姿を黙って見つめる。


「ちょっと湊くん、別にあれは湊くんのせいじゃないから。ただ私と裕太さんが合わなかったってだけで湊くんが責任感じることじゃないし」と頭を上げさせた。


「佳奈子もそんなこと言わないで」と言うと、

その言葉にハッとしたのか、「ごめん」と佳奈子が湊くんに謝った。


まさか佳奈子が謝るとは思っていなかった私たちはびっくりして思わず目を合わせた。そして耐えきれず笑った。


「いえ佳奈子さんが謝ることじゃないですから」と笑いながら、「じゃあ僕も友達にしてください」と言い出した。


「え?友達?私と湊くんはもう友達じゃん」と尋ねると、


「そうだよ。だから僕は文那さんの友達の佳奈子さんとも友達になりたいの」と平然と言って退けたのだ。


これにはさすがの佳奈子も降参したのか、「え、絶対嫌なんだけど」と大きなため息をつきながらも目尻をクシャリとさせて笑った。
















まだ終電まで時間があるからと3人で飲み直すことになった。


近くの居酒屋に入り席に着く。



「いや〜こんなにあっさり友達になってくれるなんて思ってもいなかったですよ」


何飲みますか?とメニューを広げてこちらに見せてくれる。


「いやまだなるとは言ってないから」と当たり前のように睨む佳奈子。


いつもの佳奈子に戻ってきた気がする。


そんな視線を完全に無視して、「文那さんは何飲みますか?」と聞いてくる。


この2人大丈夫かな?

いきなり喧嘩とか始めたりしない?


そんなことを考え始めたらお酒を飲む気が失せた。


「あ、私はウーロン茶で・・・」ちらっと佳奈子を見ると、


「私ハイボール」と人の心配をよそになんの迷いも見せずに決めていた。


「文那さんはウーロン茶で佳奈子さんはハイボールっと・・。僕もハイボールにしよ〜」とタッチパネルを楽しそうに操作する湊くん。


一瞬佳奈子の眉間にシワが寄ったように見えたので堪らず、「そ、湊くん!私フライドポテト食べたいな〜!」と声をあげた。








みんなが頼んだ物が到着し、乾杯する。


「じゃあ僕たちの友情の記念に!かんぱーい!」


「いやだから勝手に友情芽生えさせないでよ」


もはや佳奈子のリアクションを楽しんでいるとしか思えなかった。


でも朝とは違う柔らかい表情の佳奈子が見れたので湊くんの厚かましさにちょっとだけ感謝した。


佳奈子もいろいろ諦めたみたいだし。







「あの、ここでちょっと佳奈子さんがわからない話してもいいですか?」


焼き鳥を食べながら唐突に話を切り出した。


「どうぞ」とポテトを口に運ぶ。


「この前文那さんに僕のピュアすぎる可愛い恋のお話したでしょ?」


すかさず「気持ちわる」と言った佳奈子を湊くんはじとっとした目で睨んだ。


「でね、あの時は続編期待しないでねーって言ったと思うんだけど、なんと僕もびっくり!続編があったんです〜!」と言って佳奈子の目の前のポテトを2本強奪した。


え?続編?


確か高校卒業を前に湊くんに別れも言わずどこかへ行っちゃったってところで終わっちゃってたような・・・


「続編って、急に音信不通になっちゃったあとってことだよね?」


「そうそう。その真実がわかったの。続編というか完結編だね」


ポテト美味しい〜とおかわりを狙っていた湊くんの右手が佳奈子のガードに阻まれていた。


「さっき僕、友達と一緒に居たって言ったでしょ?それね、高校の先輩。つまり先輩の同級生と一緒だったの」


この後の衝撃に備えてウーロン茶を飲み込む。

ゴクリ、という音が鳴ってしまった。


「僕は高校卒業して東京の大学にいるかもしれない南先輩を追ってこっちに上京したんです。あ、南先輩は僕の初めての人なんですけど」


「そこまで聞いてない」タッチパネルを操作しながら佳奈子がツッコむ。


「ま、南先輩は結局大学に居なかったんですけどね。で今日普通に先輩たちとご飯食べてたんですけど、その中の先輩1人がこっちに出てきてるやつに連絡しようぜって言い出して」


僕のハイボールも頼んでくださいと佳奈子に頼む。


「久々に同窓会みたいな感じになったらいいなと思って連絡してみたんですよ。もちろん他の先輩も。そしたら悪ノリで南先輩に連絡してみようってなっちゃって。高校辞めてから誰も連絡が繋がらなかったからどうせ出ないだろう、みたいな。その場の誰もがそう思ったんですけど、それがワンコールで繋がっちゃって」


2杯目のハイボールをぐいっと飲む湊くん。


「全員が出ると思ってなかったから何話していいか誰もわからなくて。で、電話がたらい回しにされて僕に回って来たんですよ。でもどう考えても僕が一番何喋ったらいいかわからないじゃないですか」


「確かに」と佳奈子が珍しく他人に同調してた。

もう友達って認めたらいいのに。


「でしょ?でも無言のままってわけにいかないし、でも何言ったらいいかわかんなかったんで呼んだんですよ。○○っていうお店に居るから来てって。それだけ言って電話切ってダメ元で位置情報も送ったんですよ」


「まぁ、普通は行かないよね」


「でしょ?佳奈子さんでも行かないでしょ?なのに何を思ったのか来たんですよ!彼は!普通に!」


ジョッキを思いっきりテーブルに置いたのですごい音が響いた。


佳奈子は彼?と首を傾けたが、音に驚いたのか肩がビクッとさせた。


「びっくりするくらい普通に登場したんですよ。なんなら先週会ったよな?くらいな感じで。完全にアウェイな空気なのに何食わぬ顔で空いてるところ座って飲み物頼んで。周りの先輩もその空気に飲まれて普通に話し出して。もう僕ほんとに気が狂いそうでした」




本当に怒ってるんだろうけど、その表し方が両頬を膨らませるっていう一昔前のぶりっ子と称される子がやる手法なんだよな・・・。


でも佳奈子は何かを察したのか揚げたてのフライドポテトをお皿ごと湊くんの前に差し出した。




この2人、親友になれるのではないだろうか。




湊くんも素直に差し出されたポテトを食べて、「これ揚げたてだ!佳奈子さんも一緒に食べましょ」と2人のちょうど真ん中にお皿を動かす。佳奈子も頷き手を伸ばす。




ごめん、目の前の状況が面白すぎて話が全然入ってこない。

私もお酒飲みたい。




「でも僕とは目を合わせようとしないんです。この状況でなんで僕だけちゃんとしっかり気まずいんだよと思って。それまではたまに先輩のこと思い出して身体の心配したりとか先輩のお母さんのこと心配したりとか。やっぱりまだ好きだなとか思っちゃってたんですよ。だから来た時は運命かもって思ったし、目を逸らされた瞬間はそれなりに凹んだんです。ただ!ここからなんですよ」


ハイボールが順調に湊くんの体内に蓄積されていく。


さっきまで全く興味を示さなかった佳奈子は固唾を飲んで見守っている。

タッチパネルでビールを頼んだ。


「意を決して僕は話しかけたんです。どうしてもあの日の真実が知りたかったから。今日じゃなくてもいいから日を改めて会って話をしたかった」


そう言い終わると急に湊くんが机の上に突っ伏した。


そして数秒間の沈黙を挟み、












「あいつ、他校の女の子妊娠させたから責任取るために高校辞めたんです」






私も佳奈子も1ミリたりとも動くことができなかった。

目の前のビールの泡がどんどん消えていく。

でもそれをただ見つめることしかできなかった。


「聞いたんですよ。あの日なんで突然学校辞めたんですかって。僕に連絡もせず、なんで黙って引っ越したんですかって。そしたら初めのうちは歯切れの悪い返事しかしなかったんですけど、次第に隠すことが面倒になったんでしょうね。『そんとき付き合ってた彼女妊娠させちゃったから』って言いやがったんですよ。え?彼女?は?お前何言ってんの?って感じでした」



そして今度は泣き出した。

若い男の子が泣くところに遭遇したことがない30歳2人が途端にオロオロする。



「あれ・・でも湊くんとその先輩って中学からお付き合いしてたんじゃなかったっけ?」


確かこの間聞いた話だと中学生の時にはすでに両思いってわかってたんじゃなかったっけ。


「・・・多分中学の時はそうだったと思う」


お店のおしぼりで目を抑えながら話す湊くん。


「高校入ってから変わったんだと思う。僕も先輩も中学では一匹狼タイプだったからお互いがお互いしかいなかった。でも高校に入ると一気に世界が変わるでしょ?いろんな自由も手に入るし行動範囲も広がる。いろんなタイプの人間と関わるようになる。多分先輩は耐えられなかったんだと思う」


「耐えられないって何に?」


店員さんに新しいおしぼりをもらいながら聞く佳奈子。


「僕が先輩のそばを離れることです」


「離れる・・・?むしろ離れたのは先輩の方じゃない?」


「結果的にはね。でもそれは離れたんじゃなくて先輩は僕から逃げたの」


鼻をすすりながら。でもしっかりとした声で話す。


「さっきも言われたの。『俺はお前がどんどん自分から離れていくのが怖かった』って。『俺の友達とも仲良いし、自分の同級生ともうまくやってる。バイト先の人にだって可愛がられて先生もお前を気に入ってた。このままだと俺はきっとお前に捨てられるんだろうって思ってた』って」


少し落ち着いたと思った涙がまた溢れ出し、






「だから・・だから『お前に捨てられるのが怖くて逃げたんだ』って・・・」








湊くんの先輩への真っ直ぐな想い。


中学からずっと好きで、高校も一生懸命勉強して同じところへ入って。


あんな別れ方を余儀なくされたのに、それでも会った瞬間に運命かもって感じたり目を逸らされたら凹んだり。


そんな愛おしくてたまらない彼を自分の勝手な妄想膨らませた挙句、そこから逃げるなんて。


友達が好きになった人だからあまり悪く言うのは良くないと遠慮してたけど、これはさすがに無理。


気持ちを落ち着かせるため一気にビールを流し込んだ。






すると私の隣に座っていたはずの佳奈子が湊くんの横に移動し、


「大丈夫だよ。そんな奴あんたの運命の人でもなんでもないよ。いつかきっと出会えるよ。その時のために今はたくさん泣きな?さっきの場所では我慢したんでしょ?」


偉かったね、と湊くんと抱きしめた。


すると湊くんは佳奈子をギュッと抱きしめ返し、声にならない声を上げて泣き出した。


その間、湊くんの背中を佳奈子はずっと優しく撫でていた。







ふと、自分の3年前を思い出した。


私が裕太さんと別れてボロボロになったとき。

連絡がつかず心配した佳奈子が家に駆けつけてくれた。


その時も今と同じように私を抱きしめて「大丈夫、大丈夫」と背中を優しくさすってくれた。


普段の佳奈子からは想像つかないくらい優しい声でずっと励まし続けてくれた。


佳奈子には今の湊くんが昔の私と重なって見えたのかな。


不器用だけど人を放っておけない面倒見のいい性格だから。


私はそんな2人をただただ見守った。


佳奈子に新しい友達ができたことを喜びながら。


























当然終電なんかない時間なので、各々タクシーで帰ることになった。


全員が同じ方向だと分かり、湊くん→私→佳奈子の順番で降ろしてもらうことにした。


湊くんは散々泣いて飲んでを繰り返していたのでタクシーに乗った瞬間寝てしまった。


あどけない寝顔が可愛くて、数枚写真を撮っていたら佳奈子に「趣味悪」と笑われた。




しばらく走ると湊くんのマンションに着いた。佳奈子が叩き起こす。


「ほら、家着いたよ。自分で帰れるでしょ」


さっきまでの優しさはどこに行っちゃったの?と言うくらい冷たい口調で声をかける。


するとモゾモゾと身体を動かしながら目を擦る湊くん。


「湊くん、家着いたよ?1人で帰れる?」


玄関まで送った方がいいかな。


「うん・・・かえれるよ・・・またね・・・」


全てがひらがなに聞こえるふわふわした返事をしてタクシーを降りた。


ちゃんと家の方へ向かって歩けてるみたいだし大丈夫かな。


少しだけその背中を見守りエントランスへ入ったことを確認してから車を出してもらった。








車中、ふとあることを思い出した。


佳奈子が朝から元気がなかったことだ。


湊くんと合流してから今まで大騒ぎだったからちゃんと聞けてなかった。

しかもその間にいつもの佳奈子に戻ってたし。




「佳奈子、今日私に何か言いかけなかった?」


隣の佳奈子が急に緊張しだす。


「朝から元気なかったみたいだし、ご飯食べてる時も何も喋らないし。湊くんと合流してからは普通に戻ったように見えたけど」


彼女の顔を覗き込む。

しかしすぐに目を逸らされ、「別に、なんでもない。まだ今度話すよ」と窓の外を見つめていた。


こういう時の佳奈子は無理に聞き出そうとすると逆効果なので、諦めて話してくれるまで気長に待つことにした。


きっとそれを話すためにはとてつもない勇気とかパワーが必要なのだろう。

佳奈子のパワーゲージが全部溜まったら教えてもらおう。





自分の家の前に着いたので佳奈子にお金を渡すと「いい」と突き返された。


「いやご飯もご馳走になっちゃったし、さっきの居酒屋も多めでに出してくれたじゃん」


せめてこれは受け取ってほしいと私も手を伸ばし続ける。すると、


「じゃあこのお金で今度またご飯行こう。その時に今日話したかったことも話す。どうせあいつも来るんでしょ?」と来た道を指差してため息をついた。


湊くんのことか。嫌いなのか好きなのか、分かり易いな。


「わかった。じゃあ次は絶対私に払わせてね。じゃないと行かないから」


多分佳奈子は自分の方が稼いでいるからって思ってるのかもしれないけどだとしてもそれに甘えるのは違うと思うし、同僚だったとしても今は友達の時間。だからこそそこはちゃんとしたかった。これからもずっと友達でいたいから。


「わかった。約束する。もう遅いから早く寝なよ」


私をタクシーから降ろし自運転手さんに何か伝える。


すると窓が開きそこから手を振ってくれた。

佳奈子がご機嫌に手を振るなんて。


明日雪でも降るんじゃないかな、長靴あったかな、なんて独り言を言いながら部屋に向かった。


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