第20話 彼女の話-4



「で、僕の初恋はあっけなく終わりました〜」と言うそうくん。







いや衝撃が凄いし、ドラマ見てるみたいだったんだけど。


私がリアクションに戸惑っていると、

「僕の話つまんないでしょ?ここで感動の再会!とかあったらよりドラマチックだけどさー。続編は期待しないで?」




そう言って、喋り疲れた〜とおかわりのドリンクを頼んだ。




もう何から言ったらいいのか。

でも1つだけ気になったことがあった。




「湊くんは・・そのあとどうしたの?」


「どうしたって、どういうこと?」


グラスの氷をストローでいじる。


「その時の湊くんはまだ2年生だったんでしょ?そのあと学校とか進学とかもあるじゃない?」


突然訪れた失恋を湊くんはどう乗り越えたのか。


大人だった私でも3年無駄にしたのに、高校生だった湊くんは耐えられたのだろうか。




「そうね。影響がなかったとは言えないかな」


追加のコーヒーにまたガムシロを入れ始めた。


「でもね、本当に突然だったからもうどうしようもなかったんだ。連絡も取れない、家もわからない、学校も辞めちゃった。高校生だから探すっていっても限界があるし。数日学校は休んだけどそのあと普通に通ったよ。学校は好きだったし友達も支えてくれた。ただ、高校と同じで大学も先輩を追いかけて行くつもりだったから進路は未定のまま卒業しちゃったけど」


お母さんめちゃめちゃ悲しんでたな〜と激甘アイスコーヒーを喉に流し込む。


まだ色々聞いてもいいのだろうか・・・ちらっと顔を見ると目が合った。




「文那さん、まだ何か聞きたいことあるんでしょ?」と聞かれ、首を縦に降る。


僕もう大丈夫だから、なんでも聞いて?という言葉に甘えて、「湊くんは、まだ・・・その先輩のこと好き、なの?」と聞いた。


興味本位で人の恋愛話なんて聞くもんじゃなかったと後悔しながらも、どうしても気になってしまう。


私が湊くんと同じ状況だったら、多分まだその先輩のことを忘れられないと思うから。


だからといってどうすることもできないのだけれど。


んーと口を尖らせ悩む湊くん。そして、




「あの頃と同じくらい好きかと聞かれたら、それは正直わからない。だけど、まだ好きなんだと思う」




そう伏し目がちに話したかと思えば、


「でもイケメンが現れたら僕は文那さんでも譲らないよ♡」と憂いに沈んだ笑顔を見せた。




寂しそうな顔をしたのはその一瞬だけでそこからはまたいつもの湊くんだった。


男性客が近くに来ると顔の採点を始めたり、次に恋人ができたら何したいかを妄想したり。


きっと私と裕太さんを応援してくれたのも、私たちがダメになったときずっと私を心配してくれたのも、自身が過去に同じように喜んで、傷ついて、支えてもらって。

当事者の気持ちがわかるからこその優しさだったんだろうと気づいた。


気持ちは素直に伝えた方がいいこと、失ってからじゃ遅いこと、その時はただただ悲しくて辛くてどうしようもなくて、いっそこのまま消えたいと願ってしまうけど、落ち着いて見渡すと自分を支えてくれている人がたくさん居るということ。


その人たちも一緒に悲しんでくれているということ。


私はそれを湊くんから教えてもらった。




今日、湊くんの深い部分に触れてやっと彼を知ることができた気がする。


彼にとっては触れられたくない過去だったかもしれないけど、私は勇気を出して聞いてよかったと思ってる。


だって改めて彼がこんなに愛情深くて優しい人だと知ることができたから。


でもそれがわかると同時になんでこんないい人を傷つけるようなことをしたのか。


何かどうすることもできない出来事が起こってしまったのか。

今どこで何をしているのか。


私はこの物語の全くの部外者だけど、いつか完結することを心のどこかで期待していた。


続編は期待するなと言われたけど、湊くんが幸せになる続編を私はいつまでもずっと友人として待ち続けようと誓った。




































月曜日のオフィス。

相変わらずうちのチームは全員外回りをしていた。


入社してからだいぶ仕事をこなしたせいか、自分でも少しづつ力がついてきたように思う。


前までは何かわからないことがあると佳奈子にすぐ連絡をして指示を仰いでいたが、今はある程度は自分で判断できるようになった。それに、他のチームの人とも話せるようになり、(佳奈子が居ると話してくれないのだが)オフィスで1人でいることに不安は無くなっていた。




ある日、チーム長との定期面談が必要と言われ、2人で話すことになった。


普段あまりオフィスにいらっしゃらないので、ちゃんと話すのは入社以来初めてかもしれない。少し緊張する。




会議室に呼ばれ、ドア前で1度深呼吸する。


「失礼します」


ノックをして扉を開ける。




「香藤さん、お疲れ様。急に面談を設定して申し訳ない。忙しかった?」


私に緊張させないように優しい口調で話してくれる。


「いえ、急務はないので大丈夫です」


念のため、面談前に急ぎのものは終わらせておいた。


「それならよかった」と言って私に座るよう促す。


「面談といっても別に堅苦しいものではないから安心してください。うちの会社は数ヶ月に1回チーム長との面談が必須なんだ。みんなにとってはあまり嬉しくないかもしないんだけどね」と困った笑顔を見せた。


「香藤さんとは入社の時もしっかり話せていなかったら申し訳ないと思っていて早めに話したいなと思っていたんだ。といっても別にフランクに話したいだけなんだけど」


でもこんな会議室だと難しいよね、と続ける。


そして少しでも空気を和ませようとコーヒーを持ってきてくれた。


「コーヒー、嫌いじゃなかった?」


「あ、はい。大丈夫です」


うちのチームの成績が常に好調なのは佳奈子を始め営業のみなさんの努力も当然だけど、このチーム長の下だから頑張れるみたいなところもあるのかもしれない。




「いきなりプライベートなことを聞いてしまうんだけど・・」


え、実は前置きしたのをいいことに彼氏とか結婚とかそういうことをズケズケと聞いてくるタイプなの?!と思わず身構える。


「橋本さんとはいつから友達なの?」


あ、そっちか。


「かなこ・・あ、橋本さんとは大学が一緒だったんです」


「そうだったのか。橋本さんは昔からあんな感じ?」


チーム長がいたずらっ子のような顔をする。

なんとなく言いたいことはわかった。


「まーそうですね。他人を放っておけないというか。“女の子だから”という言葉が苦手な人ですね、昔から」


今の私もきっとチーム長と同じ顔をしている気がする。


すると「やっぱり!」と大声でチーム長が笑った。


「いや橋本さんは入社してから本当に優秀な人でさ。最初は違うチームに配属されていたんだけど、そこで橋本さんの陰口を言う人が居たみたいでね」


コーヒーをすすりながら話を続ける。


「この業界は結果が全て、みたいなところもあるけど当然協調性も必要なわけで。いやこの言い方だと橋本さんに協調性がないと言っているように聞こえちゃうな・・・」


うーんと眉をしかめる。よく表情が変わる人だ。


「香藤さんだから言っちゃうけど、彼女の同期や後輩から異動願いが出されたんだ。一緒のチームであるプロジェクトを進めてたんだけど、彼女がいるなら辞めたいですって」


なんだかこの話、聞いたことあるような・・・


「でもなんとか周りを説得して、とりあえずプロジェクトが終わってから話そうってことで納得してもらったみたいなんだよね。で、完了した瞬間にチームが解散。橋本さんにはプロジェクト専用のチームだったからと説明したみたいだけど、きっと気づいてたと思うってその時の上司が言ってたよ」




もしかしてそれって、私が佳奈子に湊くんたちを紹介したときかな。


同期や後輩と一緒に仕事してるけどペースが遅いだの、積極性がどうだの、この状況で教育できなとかなんとか・・・。あのときはすでに過去形で話をしていたから解散した直後だったのだろう。




「で、彼女の異動先をどうするかって話になったとき、この僕が立候補したんだよね」


なんか急にドヤってきたなこの人。


「まぁ立候補というか、僕以外あまりいい顔をしなかったんだよね。彼女をどう扱っていいかわからないというか。他者と必要最低限関わりませんみたいな冷たいオーラあるでしょ?」


まぁ、言わんとしてることは、少しわかるけど。


「正直、僕も彼女の第一印象は良くはなかったんだ。チームの奴もあからさまに嫌そうな顔してたし。でもやっぱり橋本さんはすごいよね。他の奴らが半年かけても取れなかった契約を1ヶ月で、しかもよりいい条件で取ってきちゃったんだもん」


自分のことのように嬉しそうに話す顔を見て、なんだか私まで嬉しくなった。


「そこから他の奴らが橋本さんとコミュニケーション取り出すようになってさ。元々はできる奴が多いから橋本さんも少しずつ話すようになってくれて。で、今のチームになっていった感じなんだよ」


それをまとめてるのは僕なんですけどね、という謎のアピールは忘れない。


「そんな時、橋本さんから友人を雇って欲しいと言われてさ。今まで橋本さんにお願いすることはあってもされることはなかったからすごい嬉しかったんだよね!初めて上司として頼られた気がしてさ!」


頼られる内容がそれでいいのかは疑問だか、私に関わることなので良しとしよう。


「で、その友人が香藤さんだった、というわけです」


きっと橋本さん説明してくれなかったでしょ?と問われ、私は頷くことしかできなかった。


「で、ここからは答えたくなければ答えなくていいんだけど」


この流れ、なんとなく聞かれることはわかる。






「香藤さんは今後の夢とか将来のビジョンとかはあったりするの?」


あれ。また予想がハズレた。

てっきり前職の話とか空白の3年間を聞かれるかと思っていた。


「将来・・・ですか?」


予想もしていない質問に拍子抜けしてしまった。


「うん、将来。あ、もしかして過去のことを聞かれると思ってましたか?」


そう問われ、また頷くことしかできなかった。


「聞かないですよ。ちなみに橋本さんからも何も聞いてません。ただ、これは橋本さんには秘密にしておいて欲しいんですが、彼女は僕に、『業界未経験ですがとても優秀な人材です。でも今後、チーム長が必要ないと判断された場合にはその時は私が責任を取ります』って言ったんです。僕、恋人でも連れてくるのかと思いましたよ〜」と笑っていた。




恋人って・・・。

でもそんな風に思われてるなんて知らなかった。


むしろ私は仕事ができない部類に属していると思っていたし、一切の期待もされていなかったはず。


入社してからもそれは変わらなかった。




「でも私、本当にまだ皆さんにサポートしていただいてばっかりで。入社当時から比べるとこなせる業務も少しは増えましたがまだまだ勉強不足で・・」


佳奈子の言う“優秀”に私はふさわしくない。

一生かかってもその称号は受け取れない。


「そうなの?僕の耳には香藤さんが来てくれてよかったという声しか届いていないんだけど」


嬉しいような申し訳ないような、なんとも言えない感情で顔を上げることができない。


「香藤さんは謙虚ね、覚えておくようにします」


だからそんな顔しないで?と眉を八の字にして笑うチーム長。


「でね、話を戻すけど将来のこと、現時点で何か考えてたりしますか?」


「将来、ですか」




ここに入社してから数ヶ月。

仕事を覚えることに必死で考えたことなかったな。


とりあえず生活のためにと働いていたし、紹介してくれた佳奈子に迷惑をかけないようにと常に頭フル回転だったし。




改めてそう問われると何も浮かんでこない。




「すみません。入社してからとにかく仕事を覚えるのに必死で。前の職場はこんなスピード感で仕事をしてなかったのでついていけるかずっと不安で。最近はその不安も和らいではきたんですけど。改めて聞かれると、自分の将来とかビジョンとかついて考えたことなかったです。余裕もなかったと言いますか・・・」




ここで見栄を張ったり、嘘をついてもしょうがない。


30歳で考えてないの?と思われても本当のことだ。


なんせ数ヶ月前までは無職だったんだから。


今更自分を繕うことはしたくなかった。




「そっか。それは逆に僕にとっては好都合かもしれない」


椅子にかけ直し、真っ直ぐに私の目を見る。


「今はサポートとして働いてもらっているけど、香藤さんが希望するなら今後営業にも携わってみてはどうかな、と考えています」


「私が営業・・ですか?」


突然のことで頭が回らない。


「そう、営業。橋本くんと同じ業務。と言っても別にあそこまでの結果を求めたりしないから安心して」


彼女は特殊だから、と冗談を挟み私を安心させる。


「香藤さんの仕事ぶりを数ヶ月だけど見てきて、挑戦してもいいんじゃないかなと思ってる。もちろん、貴方が希望すればの話。無理にさせようというつもりは一切ないからそこは安心して欲しい。その場合は今まで通りサポート役に徹してもらえたら嬉しい。ただ、いろんな奴から話を聞く限り、もっと能力を活かしてもいいんじゃないかなと思ったんだ」


能力・・・。私にそんなものあるのかな?


「今はきっと自分の能力に気づいていないと思う。謙虚だしね」


横柄と思ったことはないけど、そこまで謙虚とも思ったこともない。


「部下の能力を見つけ出すのも上司の仕事なので。まぁ、現状僕の耳に届いている評価を踏まえると、本人の希望次第ではいろんな道が開けると思っています。例として営業を挙げたけど、もちろん他部署でも構わない。香藤さんが今後どう生きていきたいか、その答えに合わせて選んでもらいたいし、僕はそのアシストできたらと思っています」




どう生きていきたいか。


恥ずかしながら30年間そんなこと考えたことなかったな。


普通の人は考えた上で色々な選択をしているのだろうか。




「ま、今は難しく考えないで!今後仕事していくといろんなものが嫌でも見えると思う。そんななかでも香藤さんがこれだ、と思ったものが見つかった時。僕はそれを応援したいと思っているだけだから」


だから気長に考えてね、と言ってくれた。


そして、「それに橋本さんにバレたら僕殺されるかもしれないから絶対言わないでね!」と約束させられた。




今日、こういう話をされなければ、私はずっと将来のことなんて考えず今を無我夢中に生きているだけだったかもしれない。


私は過去、自分の思い描いた理想が叶わないと気づいたとき、それに耐えられなかった。


こんな辛い思いをするなら最初から描かなきゃいい、そう考えていた。


でも、今は違う。


今度は誰かとの人生ではなく香藤文那かとうあやなの人生なのだ。


私しか描くことができない、私だけが描ける人生。




「面談は定期的にやらなければならないから、また次の面談のときにでも進捗を聞かせてよ。答えを聞かせてと言っているわけじゃないよ?その時までに香藤さんの中で見えた気持ちとか、感じたこととか疑問とか。そういうのを聞きたいなと思ってます」


どんなに忙しくても社員1人1人と目線を合わせて会話をしてくれる。


佳奈子からは頼りないとか全然仕事しないとかそんな情報しかもらってなかったけど、全然そんなことないし、それが佳奈子の照れ隠しだったことに気づく。


佳奈子はこの人のこと、この人のチームを信頼しているのだろう。


私もこのチームでもっと仕事をしたいと思った。

私にもできることはないか、たくさん考えたいと思った。


私は腰を上げ、


「今日チーム長とお話できたおかげで、自分のことをちゃんと考えなければと気付きました。恥ずかしながら、今まで毎日を生きることに必死で将来なんて考える余裕なかったので。でもちゃんと考えてみようと思います。自分が何をしたいのか、どう生きていきたいのか。次回、またご報告させてください」と頭を下げた。


するとチーム長も「よろしくお願いします」と頭を下げた。

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