第17話 彼と彼の話-6



本殿でお参りをして、人の流れに逆らって参道を戻る。


まだまだ本殿へ向かって歩く人は多い。

そんな人たちを横目に僕らは学校を目指して歩いた。






「せんぱ・・あ、もう新年だから航太郎くんか。航太郎くんは何をお願いしたの?やっぱり北高合格?」




ゆっくり、ゆっくり。

2人で歩幅を合わせながら歩く。




「そういうのって誰かに教えるもんじゃねえだろ」


「別に合格祈願くらいなら聞いてもいいじゃん。僕も航太郎くんが北高に合格しますようにってお願いしました」


当の本人はあんまり嬉しそうじゃないけど。


「なんで俺のことお願いすんだよ。お前のこと願えばいいのに」


「だって航太郎くんの合格は僕のお願いだもん」


なんでそんな当たり前のことを聞くんだろう。

自分の願いだからお願いしたのに。



すると航太郎くんは大きなため息をついて、


「自分の受験こと、お前は今からお願いしておいた方が良かったんじゃねえの?」と言われた。


「僕は誰かさんと違って進学校受けたりしないんで大丈夫ですー」と返すと一瞬間が空き、


「お前も北高、受けるだろ?」と言い出す学年1位。


何を言っているか理解ができない平均点の僕。













「俺が北高受かったらお前も北高受けろよ。俺が勉強見てやるから」












自身もこれから受験する身なのになぜか北高側の人間気分になっている。


いやいや、いくら頭のいい航太郎くんに勉強を教えてもらったとしてもその人と同じ学力が身につくわけではないし、そもそも僕が北高目指すなんて言ったらきっと母は寝込むだろう。


母子家庭ということもあり私立とかお金のかかるような所に行く気はさらさらないけど、そこであえて難関校を目指す必要性がわからない。別の高校だって時間作れば会えるし、僕もアルバイトをして携帯を持つ予定だから連絡だって今より頻繁にできるはずだ。




「いや僕北高なんて絶対無理だよ!今の僕の成績なんとなく知ってるでしょ?万年学年平均点を叩き出すような僕がたった1年で北高行けちゃうなんて漫画とかの世界だよ!」




確か偏差値をめちゃくちゃ上げて有名な学校を受けるみたいなドラマとか映画とかあった気がする。


見たことないけど、そんな話はフィクションで絶対現実世界では起きない。




「そんなもん、やってみなきゃわかんないだろ。地頭は悪くないんだから1年あれば余裕だろ。俺もいるし」




だからなんでこれから受験する人がそんなに自信満々なんだろう。

せめて入学が確定してから言ってくれ。




「別々の高校だって今までみたいに会えるじゃん!高校行ったらアルバイトして携帯持つし、連絡頻度も今までより増える。地元離れるわけじゃないんだし何も問題なくない?」




新年早々こんな言い合いするとは思ってなかった。

さっきまで心穏やかに笑い合っていたのに。








「・・・・・寂しくねぇの?」





さっきまで珍しく大きな声で話していた航太郎くんが急に小さな声でぼやいた。

その聞き方は卑怯だ。






「・・・好きな人と離れるのに、寂しくない人なんていないでしょ」






期待通りの答えが返ってきたからなのか、嬉しそうな先輩。


「でも航太郎くんは寂しくなったら他の人に興味が湧くんですか?」


簡単に他の人を好きになるような人間だと思われてるのかと思うとなんか悔しくなった。


僕の口調がいつもより強かったからか、先輩は慌てて、


「そういうつもりで言ったんじゃない。ただ、今まで学校に行けば顔を見れたのにそれがなくなるって考えたら少し嫌だなって思って。だから湊が北高に来れば今と同じような生活が送れるなって思った」


嫌な思いさせるつもりなかった、と謝ってきた。


謝ってほしかったわけじゃないけど、ちょっとショックだった。


「別に怒ってはないです。ただ僕たちは来年嫌でも離れます。航太郎くんは高校1年で僕は中3でしかも受験。今より確実に一緒にいれる時間が減る。それなのに僕が北高を目指そうとしたらさらに会える時間が減る。結局色々すれ違って僕が北高に入学しても、もう気持ちが離れちゃいました、なんてオチになるのは絶対嫌です・・」




努力をしたくないわけじゃない。


なんなら先輩が北高に行くって聞いたとき僕も目指せるかどうか色々調べたくらいだ。


でもそうなるには相当な努力が必要でこの1年の全てをかけて受験勉強に励まなきゃいけない。


先輩のときとはまるっきり状況が違うんだ。


先輩はずっと継続して努力してきてるからたまに息抜きで僕との時間を作ってくれる余裕があったけど、北高を目指す僕にはない。




だったら僕は遠い未来より近い未来を幸せに過ごしたい。




「北高に行きたくないわけじゃない。勉強をしたくないわけじゃない。でも僕はそれより航太郎くんと過ごす時間を大切にしたい。もちろん受験はするから多少忙しくなることはあるけど、それでも今航太郎くんがしてくれてるように時間を作って会って話したい。高校生になったら今より忙しくなるかもしれないし時間を合わせるのだって今より大変かもしれない。だから僕は航太郎くんとの時間をなるべく優先したいんだ」




わがままかもしれない。考え方が子供かもしれない。


だけど、いつか離れてしまうかもしれないこの関係を大事にしていきたいんだ。


すると、先輩も理解してくれたようで、「なんか俺焦ってたのかも」と言った。


「高校に入ってお前との時間が取れなくなるのが怖かったんだと思う。自分の慣れない環境に行くし、お前は受験で忙しい。今までみたいに気軽に電話したり会ったりできなくなるのが怖かった」


カッコ悪いこと言ってごめん、とまた先輩は謝った。


「まずは航太郎くんの北高合格を2人で目指しましょう。で、僕が3年生になったらまた改めて進路の相談に乗ってください。もちろん勉強も。航太郎くん教え方うまいからわかりやすいし」




たとえ喧嘩になっても、その場で解決できるのが僕は好きだ。


でもそれは、いつも先輩が先に謝ってくれるおかげなんだけど。


航太郎くんは照れ臭そうに「ん」とだけ言って僕の手を握った。


冷え切っていた身体が途端に暖かくなった。









学校へ着き、僕は自転車に乗る。

先輩とはここでお別れ。



「まだ神社、人が多いと思うから気をつけて帰ってくださいね。ちゃんとあったかい格好して寝ること」と言うと、「母親は1人で十分です」とおでこを叩かれた。


じゃあ帰るね、と自転車を漕ぎ出すと「湊」と呼び止められる。




「なにー?」


「家、着いたら・・電話してもいいか?」


親御さんいるから迷惑か?と聞かれる。


多分この時間はもう寝てるだろうし、自分の部屋で電話に出ればそんなにうるさくはならないだろう。


「部屋で出るから大丈夫だと思うけど・・何かあるなら今話した方がいいんじゃないですか?」


今ここに一緒いるのに、帰ってから改めて話すことってなんだろう。


「帰りが遅くなるとお前の親御さん心配するだろ。着いたら電話する。でも話すの難しかったら出なくてもいいから。じゃ」


そう言って神社の方向へ歩いて行った。


心配してくれてるのはありがたいけど、絶対今話した方がいい気がするんだけどな。


でも、先輩の言う通り、お互い帰ってからの方が時間的にもいいかもしれない。


先輩より早く帰るため急いで自転車を漕いだ。










家に着くと母はテレビをつけっぱなしでコタツで寝ていた。

風邪引いてしまうと大変なので声をかける。


でもその姿を見て1人で新年を迎えていたのかと思うとなんとなく申し訳なく思った。

1人はいつだって寂しいものだから。




僕が母のそばに居られるのはあとどのくらいなんだろう。




そんなことを考えていたら母がうっすら目を開けて、「あ、おかえり。今帰ってきたんだね」と大きなあくびをする。


「うん、ただいま。ちょっと遅くなっちゃってごめんね。人が多くて」


約束通りの時間には帰ってきていたけど、1人にしてしまったことを謝りたかった。


「ここで寝ると風邪引いちゃうから布団行きな?新年の挨拶は明日しよう」


そう母に伝えると子供のようにコクンと頷き、よろよろ歩きながら自身の部屋へ向かった。


母が寝ていたということは、まだ電話はかかってきていないのだろう。


万が一電話に出ていても友達と説明すればいいのだけれど、なんとなく“友達”と説明するのに抵抗があった。




“好きな人”と素直に言えたらいいんだけど。




電話がかかってくる前にテーブルの上を片付けて自分の部屋へ向かう。


電話が鳴っても部屋の子機で出れば母が起きずに済むだろう。


でも、さっき散々話をしたのに改めて電話で話すことってなんだろう。


もしかして、まだ僕に北高を受けさせること諦めてないのかな。


もしそうだったら強制的に電話を切ってやろう。






パジャマに着替えて布団に入る。


さすがに深夜に帰ってきたばかりだと布団に入ってもまだ寒さが残っている。


ヒーターを少しだけ点けようと布団を出た時、電話が鳴った。




「もしもし?」


自分の部屋なのになぜか内緒話のボリュームになってしまう。


「あ、南だけど。電話、大丈夫か?」


そのままヒーターを点けて布団に戻る。


「うん、自分の部屋だから大丈夫。お母さん寝てるし」


それでも母を起こさないよういつもより気持ち小さめのボリュームで話すことにした。


「そっか、よかった。帰り遅くなってごめんな。怒られなかったか?」


「全然大丈夫ですよ。ちゃんと約束してた時間には家に着いてたし。航太郎君こそ、神社抜けるの大変だったでしょ?お母さん大丈夫だった?」


航太郎くんのお母さんも1人で新年を迎えたんだよな。

寂しかっただろうな。


「うちは全然大丈夫。毎日深く眠れる薬を飲んでるから。あ、ちゃんとお前と初詣行くって説明はしてるから安心しろ」


僕がお互いの親には報告してから行こうねと言い出したのでそれをちゃんと守っていると言いたかったんだろうな。


「別に疑ってないですよ。ただ1人で新年を迎えさせちゃって寂しかっただろうなって申し訳なくなっただけ。ぐっすり眠れてるなら少し安心だけど」


お薬を飲んで眠ることがいいことなのかはわからないけど、寂しくなるよりはきっといいのだろう。




そこからしばらくは本当に他愛もない話だった。


今日話す必要がないくらいくだらない話。

でも僕も先輩もずっと笑っていた。






「話したいことって、これだったんですか?」


布団があったまってきたのと笑い疲れてきたので、少し眠気が襲ってきた。


「違う。あ、今。お前今外見れる?」


暖かい楽園から抜け出したくなかったが、言われた通り布団から抜け出しカーテンを開ける。
























「うわぁ・・初日の出だ!」






遠くから優しいオレンジの光がキラキラと昇って来た。


「クラスのやつが言ってた。この町の初日の出は絶対に見た方がいいって。お前はもう知ってたかもしれないけど」




生まれてからずっとこの町にいるけど、実際見るのは初めてだった。




「初日の出が綺麗ってことは知ってたけど、ちゃんと見るのは初めてかも」




初めて見れた感動より、同級生に聞いてそれを僕と一緒に見ようと思ってくれたことが嬉しかった。


初めて見るのが航太郎くんと一緒でよかった、ありがとうと伝える。


同じ空間にはいないけど、電話を繋ぎながら同じ景色を見ることができている。


しかも、1人ではなく2人で。


さっき直接じゃだめと言ったのはこういうことだったのか。




「本当は海の近くで見たかったけど、今年と来年は難しいから。お互い高校生になった再来年は絶対一緒に見よう」








ああ。

南航太郎みなみこうたろうという人間はどこまでもずるい人だ。



こうやって、さらっと将来の約束をして。


再来年まで一緒に居られるんだと喜ばせる。


女の人を喜ばせるにはこういうテクニックが必要なんだろうな。


男の僕が嬉しいんだから、きっと女の人も嬉しいに決まってる。


先輩が女の子にも同じように優しくしていたらちょっと妬けるけど。







「航太郎くんはさ、いつも僕にあったかい優しさをくれますよね」


先輩が僕の言葉を待つ。


「出会ってから、今日まで。僕はずっと航太郎くんに甘えてますね。たくさんの気持ちをもらってる。それなのに僕は、何もしてあげられてない・・・」






漠然とした不安は常にあった。


航太郎くんの僕に向けてくれる気持ちを感じれば感じるほど。


もらっているのと同じくらい僕は気持ちを伝えられているのだろうか。


同じくらい大事にできているだろうか。


同じくらい、いやそれ以上に君のことが好きなこと。


ちゃんと分かってもらえてるのだろうか。


でもそれをぶつけることによって、嫌われてしまうんじゃないかと。






「なあ、そう


先輩が優しく僕を呼ぶ。


その声で呼ぶのは僕の名前だけがいいと、欲深く汚い僕が顔を出す。






「湊は、俺がなんで優しくするか、知ってる?」


「・・・僕のことが好き、だから?」








こんなこと、言わせないでほしい。


これ以外の理由、受け止められる自信がない。






「それも間違ってないけど、正解ではねぇな」


「・・・じゃあなんで?」






間違ってないけど正解じゃない。


それに近い答えってことなのかな。































「湊が俺以外を好きにならないように」
























「・・・航太郎くんって、ほんとうにずるい人だよね」




そんな心配、これっぽっちもしてないくせに。


僕がどれだけ先輩を好きか、分かってるくせに。




「俺は湊が思っている以上にずるいよ。優しいとか言ってくれるけど、いい人ぶってもっと好かれたいだけだよ」






だから気をつけてね、と笑った。


気をつけろだなんて、1ミリも思ってないくせに。


せっかく綺麗な初日の出を見れた感動に浸っていたのに、先輩のせいで台無しだ。


冷え切っていたはずの心と身体が暖かいのはヒーターのおかげだ。


そしてヒーターの乾燥で少し目が痛くて涙目になってるんだ。
















「湊、今年もよろしくな。一緒に初日の出見れてよかった。また連絡する」


「こちらこそ今年もよろしく。勉強、頑張ってね」






いつも通り、先輩の「ん」で電話は切れた。














寝る前にもう一度肉眼で外を見る。


外の冷たい空気が頬を撫でる。


この町でこんな綺麗な日の出が見れたんだな。


今までこの時間起きてたことがなかったから、先輩に教えてもらわなきゃずっと知らないままだった。


先輩の同級生に感謝だな。







僕はおもむろに机の引き出しを開けてインスタントカメラを取り出す。


確か以前使ってまだ数枚残っていたはずだ。


いつでもこの景色を見返せるように、フィルムが終わるまでシャッターを切り続けた。








この思い出を、いつまでも残しておこう。

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