第15話 彼と彼の話-4
翌日からはいつも通りの学校生活が始まった。
クラスメイトはほんのり肌が日焼けしていたり、髪を切っていたり。
始まってから1週間くらいは夏休みの思い出話が続いた。
先輩とは時々廊下ですれ違う程度でまともな会話は出来ていない。
だけど、休日にたまに電話をくれたり、神社で会ったりと相変わらず僕を心配して2人の時間を作ってくれた。
言葉では息抜きだ、とか素直じゃないことも多いけど。
でも先輩に会えるなら理由なんてどうでもよかった。
僕は先輩の合格を祈願するために1人で神社へ行くことも増えた。
季節は流れ、12月。僕らは冬休みを迎えていた。
夏休みを終えて2ヶ月くらいは電話したり神社で会ったり出来ていたが、秋くらいから本格的に受験勉強が始まったのか連絡も来なくなった。
電話番号を知っているから僕から連絡しようと思えばできるのだが、相手は受験生。
しかも難関校に挑んでいるのだ。
ただ声が聞きたいとか、ちょっとでいいから会いたいとか、絶対に言ってはいけない。受験が終わるまでは先輩のペースで動くと決めていた。
寒いと外に出るのも面倒で買い物以外はほとんど家で過ごしていた。
神社に行くのも自転車がないと遠いし、そもそも寒い中、自転車に乗ることさえ億劫だ。
しかし最近、家にいるのも嫌になることがある。
それは、どのチャンネルのテレビを見ても口を揃えて言っている【クリスマス】だ。
どこどこに大きなクリスマスツリーが飾られています〜とか、プレゼントの売れ行きがどうとか。
相手が受験生の僕には一緒に過ごすなんて夢のまた夢。
なんなら来年は僕が受験生だから2年連続で過ごせないかも・・・という衝撃的事実に気づいてしまってからこれ以上余計なことを考えないようテレビを点けずに過ごすことが増えた。
12月23日。母と一緒に晩御飯を食べながらテレビを見ていた。
クリスマスイブ前日ということもあり、今まで以上にクリスマスを強調する番組が多かった。
そんな時、母が「クリスマス、どっか行かないの?」と聞いてきた。
僕の予定を母が気にするなんて珍しい。
確か去年も家にいたと思うんだけどな。
「別に特に予定ないよ?寒いし人いっぱいいるじゃん」なんで?と問うと、
「いや、あんたも彼女とどっか行ったりするのかなって思っただけ」と笑う母。
「あー・・彼女が出来たら憧れるけどねー。来年は受験だから難しいかもなー」と精一杯笑って返す。
ちゃんと出来たら教えてよ?と笑う母に同じように笑うことが今僕にできる精一杯の親孝行だった。
心がちくっとした。
クリスマスイブ、我が家は静かだった。
朝仕事へ向かう母を見送り家事をこなす。
夏から続けているおかげで同時にいろんなことをこなせるようになった。
母が休みの日に僕の家事する姿を見て、「お嫁に欲しいって言われそうね」と言っていた。
当然冗談のつもりで言ったのだけど、僕はその言葉が嬉しかった。
絶対に叶わない夢だし、叶ってはいけないと分かってはいるのだけど。
家事が終わると勉強の時間。
今まではテレビを見たりしてたけどこの2日間は絶対に見てはいけないので意識を別のところへ向ける。
今この電源ボタンを押したら僕は一発で瀕死だ。
いや瀕死で済めばいい方かもしれない。
何しろ相手はこっちの事情も知らないで一気に襲いかかってくる強敵だ。
自分のためにも、一切の関わりも持たないように頭を別のことでいっぱいにした。
夕方、夕飯の買い物に出かける。
余計なものを視界に入れないように最低限の動きで用を済ませ、冷たい風に逆らいながら家へ戻る。
そして母の帰りに合わせて夕飯を作った。
いつも夕飯は母が作ってくれたのだが、母が体調を崩し寝込んだ時に作った夕飯が案外美味しかったのと料理が嫌いじゃないということが判明したので冬休みは料理も頑張ってみることにしたのだ。
母も夕飯を楽しみに帰るのが楽しいと言ってくれたので作り甲斐があった。
仕事が休みの日は母が作ってくれるのだが、やっぱり母のご飯は一番美味しいと実感する。
片付けなどを済ませ風呂に入り身体が冷えないうちに布団に入った。
そして、日付が変わった頃。
僕はそっと布団から抜け出し母の寝室へ向かう。
今日はクリスマスイブ。
その年いい子にしてた人にはサンタさんがプレゼントを用意してくれる日。
父が幼い頃に出て行ってから、母は休みなく働いていたからうちはサンタさんが来なかった。
ただ、クリスマスの夕飯は僕が好きなものを用意してくれたし、その日だけは母の布団で一緒に眠ることを許してくれた。
翌日の学校ではサンタさんからもらったプレゼントの話で持ちきりで僕は輪に入れなかったけど、プレゼントなんかより母と眠る夜が僕は何より嬉しかった。こんな言い方をするとこのまま僕が母の布団に忍び込みそうな雰囲気だけど、さすがに一緒に寝るのは小学校低学年でやめた。
そして、今は僕が母のサンタをやっている。
当然、母は僕だと気づいているのだけどちゃんと“サンタさんからのプレゼントだ!”と喜ぶので僕も気まずくならなくて済む。プレゼントと言っても中学生がおこずかいで準備するのだから大したものではないけど、今年はマフラーを選んだ。毎日寒い中、生活のために仕事に行ってくれているのでその行き帰りでしてもらえたらいいかな、と。
綺麗にラッピングしてもらったマフラーを持って母の寝室の扉をそっと開ける。
疲れているのかぐっすりと眠っている。
そのまま寝室に入り、枕元にプレゼントを置く。
直接渡した方がもしかしたら喜ばれるのかもしれないけど、思春期も相まって恥ずかしさが勝ってしまう。
サンタさんに縁のない僕だったけど、このシステムだけはとてもありがたい。
そっと部屋を出て、自分の部屋に戻る。
今年もこの家のサンタを担えて良かったと達成感を感じながら眠りについた。
翌朝、リビングへ行くとサンタさんからのプレゼントを身につけた母が朝食の準備をしていた。
自分があげたものをすぐに使ってくれるのは嬉しいけど、それを自ら触れるべきなのか悩む。
でもきっと彼女はイジられるのを待っているような気もするし・・・。
しばらく悩んでいるとこちらに気づいた母が、
「おはよう。今年もサンタさん来てくれたの!」と自ら報告をしてくれたので、
僕は「良かったね」とプレゼントに対してリアクションをすることに成功した。
母はウキウキでプレゼントを身につけて仕事へ向かった。
今晩の夕飯作りは例年通り母が担当してくれるらしい。
クリスマスは僕の好物を作ってくれるという恒例行事は今年も開催されるそうだ。
いつもより上機嫌で家を出る母を見送り、いつも通りの朝の家事に取り掛かった。
今年は例年よりも寒く、今朝は朝から雪が降っていた。
テレビでは積もらないと言っていたが、洗濯物を干すために外に出たら地面がうっすらと白くなっていた。
家事が終わり、昼食を簡単に済ませる。
夕飯のためにお腹をすかせておかなければならない。家にあった残り物を食べて勉強を始めた。
勉強を始めて数時間が経った頃、電話が鳴った。
母からかな?なんて思いながら電話に出る。
「はい、真山です」
「あ、湊?俺だけど」
数ヶ月ぶりに聞いた先輩の声。驚きすぎて声が出ない。
「真山?聞こえてる?南だけど」
自分の声が聞こえていないと思っているのか何度か問いかける先輩。
やっとの思いで声を出す。
「あ、うん。わかるよ。ごめん、あまりに突然だったからびっくりして喋れなかった・・」
こんなサプライズ、心臓に悪すぎる。でもすごく嬉しい。
「良かった。最近話せてなかったから忘れられたのかと思った」
「いやそんなすぐに忘れたりしないでしょ。先輩が突然連絡してくるからびっくりしただけ」
受験勉強で疲れているのではないかと心配していたから、元気そうな声を聞けて安心した。
「突然どうしたの?勉強の息抜き?」
ちょっとだけ、期待してしまう。
「ん。勉強はまぁ普通。このままいけば問題ないって面談でも言われた」
志望校の話、ちゃんとできたんだ。
最初は言いたくないって頑なだったけどちゃんと相談できたみたいで良かった。
「北高行きたいって言った時、全然びっくりされないから逆に俺が驚いた。お前なら北高を選ぶと思ったし、選んでなくても俺が薦めてたって言われた」
え、先輩って僕が知らないだけでそんなに成績優秀なの?
先生が推薦するって相当でしょ?
もしかして・・
「もしかして先輩って前の学校からずっと頭良かったんですか?」と聞くと、
「頭良いかは分かんね。けど成績はずっと学年1位だった」と
さらっとマウントを取られた。
こういうところ、先輩が友達少ない理由がわかる気がする。
「でもちょっと安心した。ずっとそこだけ目指してたからいざ難しいとか言われたら結構きついなと思ってたし」
声からも安堵を感じる。
あんまり緊張とかするタイプに見えないけど、面談の時はさすがに緊張したのかな。
緊張してる先輩、僕も見たかったな。
「でも先生にも背中押してもらえて良かったね。それ聞けて僕も安心した。教えてくれてありがとうね」
これを僕に言うためにわざわざ連絡をくれたのかと思うと心があったまる。
好きだな、と改めて思う。
「今日雪が降るみたいだから風邪ひかないでくださいね。先輩風邪とか引いたら合併症とか引き起こしそうなくらい病弱な雰囲気あるから」
心配したつもりがいつも通り彼を怒らせていたようで、
「お前、久々に話したのに相変わらず喧嘩売ってくんのな」と電話越しで睨まれた。
顔が見えるはずないけど、確かにその視線を感じる。
「別に喧嘩売ってるわけじゃないですけど、この時期に体調崩したら大変だから心配しただけ」
なぜいつも僕の優しさは伝わらないんだろう。
気持ちを伝えるってこんなにも難しいことなんだなと改めて知る。
あまり長話したら迷惑だろうと思い、じゃあ切るね。電話嬉しかった、勉強頑張ってと言ったその時。
「受験前に風邪とか引いたらやべえから早くドア開けろ」と怒り出した。
なぜドア?たまに脈略完全無視の会話をし出すから怖い。
でも受話器から殺気を感じるので言われた通り玄関のドアを開けた。
すると、鼻を真っ赤にした先輩が立っていた。
「え、先輩?!こんなところで何してるんですか?」
まさかのサプライズに近所迷惑な大声が出る。
先輩もびっくりしてうるせぇと怒っていた。
でもこのままだと本当に先輩が風邪引くと思い、一旦家に上がってもらうことにした。
温かいココアを入れて、先輩へ差し出す。
よほど寒かったのか熱いココアを結構な勢いで飲んだ。
「先輩、なんでうちに?」
ココアを入れながら考えてはみたけど、全く見当がつかなかった。
いつも僕と話したい時は電話か神社だったし。
そもそも僕、家の場所教えてたっけ?
「話してたら顔、見たくなったから」
ココアが気管支に入って死ぬかと思った。
「え?どういうこと?」
噎せている僕の背中をさすりながら先輩は話を続けた。
「だから言った通り。電話で久々に声聞いたら顔見たくなったから会いに来た。そのまんまの意味だよ」
言葉は怒っているのに僕の背中を優しくさする。
その優しさが嬉しくて素直になれない。嬉しい。
僕も会いたかったと言えれば先輩も喜んでくれるかもしれないのに。
呼吸が落ち着き改めて向かい合わせで座り直す。
すると先輩がおもむろに立ち上がり、「じゃあ、顔見たから帰る」と言い出した。
滞在時間わずか5分。
え、うち休憩所か何かなの?
「え、せっかく来たのにもうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
先ほど素直になれなかった後悔が僕を襲う。
もっとゆっくり話ができると思ったのに。
受験の話とか、冬休みの話とか。
あわよくば初詣の話とかしたかったのに。
僕の不純な気持ちが顔に出てしまっていたのだろうか。
わかりやすく落ち込む僕を見て先輩が「ん」と言って何かを差し出した。
「なに?くれるの?」
小さな紙袋を開けると、そこにはストラップが入っていた。
「これどうしたんですか?僕誕生日まだだよ?」
「お前、今日なんの日か知らないの?」
そう言われて初めて気付く。
あ、もしかして・・・
「もしかして、これクリスマスプレゼント?」
耳まで真っ赤にして目を合わせてくれない先輩が「ん」とだけ言った。
嬉し過ぎて大声を出したかったけど、さっきうるさいと怒られたばかりなのでなんとか堪えた。
でも嬉しい。
本当に嬉しい。
下手したら泣きそうだ。
声を聞けただけで嬉しかったし、会いに来てくれて顔見れただけで十分だったのにプレゼントまでもらえるなんて。
幸せってこんなに一気に訪れるものなの?
「あ、でも・・僕先輩に会えると思ってなかったから何も用意してない・・」
前もって会えることがわかっていたらプレゼント交換ができたのに。
あいにくあげられるようなものは何も持ち合わせていなかった。
「大丈夫、もう欲しいもの決まってるから」と言うので、
「好きなもの言ってください。あ、高いものは難しいけど・・」と返す。
「値段は分かんねぇけど、お前にしか用意できないもの」
僕にしか用意できないもの・・・?
またも見当がつかない問題を出される。
「大晦日、一緒に初詣行きたい」
だからお前の時間ちょうだい、と真っ直ぐこちらを見て話す。
勉強のし過ぎで素直になりすぎちゃった先輩にちょっと戸惑う。
こういう時どうやってリアクションしたらいいのか未だにわからない。
ただ、
「僕も・・
素直になれなくても、思ったことはなるべくちゃんと伝えたい。
すると僕の攻撃が効いたようで、先輩が真っ赤になってまた「ん」としか言わなくなった。
僕も先輩も、急に素直になりすぎちゃってるのかもしれない。
一応まだ僕らは中学生で、先輩は受験生だから親に時間の確認をしてから集合場所などを改めて決めようとなった。
「また電話する」
そう言って僕のサンタさんは帰って行った。
その日の夜、約束通り母は僕の好物をテーブルにびっしり並べてくれた。
近所のスーパーで買って来た子供用シャンパンで乾杯をする。
いつか大人になった時、本物のお酒で乾杯できる日が来るのかな。
今日はそんなことを考えながらご飯を食べた。
自分の好きなものが並ぶ食卓
好きな人がくれた最高のサプライズ
そして次に会える約束。
僕にとって今までこんなに幸せなクリスマスはあっただろうか。
今までが不幸せだったわけではないけど、こんなに幸福感で満たされるのは生まれて初めてのような気もする。
すると母は僕の変化を瞬時に察知し、「なんかいいことでもあったの?」と聞く。
僕は首を縦に振り、「大事な友達が初詣に誘ってくれたんだ。行って来てもいい?」と聞いた。
それを聞いた母もなんだか嬉しそうで、「あんまり遅くなっちゃダメよ」とだけ言って、笑ってくれた。
風呂から上がり、自分の部屋で先輩からもらったプレゼントをもう一度開ける。
青い綺麗な石がついたストラップ。
携帯を持っていたらすぐつけられるのだが、あいにく僕は持っていない。
どこかつけられるところを探して、学校用の鞄につけることにした。
でも誰かにそれを見られたら恥ずかしいので内側のポケットのチャックにそっと結んだ。
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