第14話 彼と彼の話-3



それから先輩は定期的に電話をくれた。


他愛もない話をしたり、勉強を教えてもらったり。


たまに息抜きと称して神社で会ったり。


会ったからといって特別なことは何もしないけど、顔を見れるだけで嬉しかった。


僕らのペースで進めることが何よりもの安心感だった。






そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ明日から2学期だ。


僕は相変わらずの日々に戻るだけだが、先輩は違う。


夏休みが終わると一気に受験モードに入るため、精神的にも体力的にも大変そうだ。










夏休み最後の日、僕と先輩はいつもの場所にいた。




「夏休みって今まではただただ長い休みに感じていたけど、今年はあっという間に終わっちゃった感じがします」




今まで友達がいなかった僕にとって、学生がこぞって喜ぶこの長い休みに魅力を感じていなかった。

別に学校が好きとかそういう理由ではないけど、毎日家にいてもつまらないというのが本音だった。

だったら学校に行ってみんなと適当な会話をして過ごしている方が1日が早く終わる。そんな気がしていたのだ。




でも、今年の夏休みは全然違っていた。




先輩と出会って、仲良くなれて。

毎日先輩のことを考えて過ごした。

こうやって言葉にすると結構気持ち悪い気もするけど、でも事実なのだ。


今度電話で何を話そうかな


いつ神社に誘おうかな


今度2人でどこか行ってみたいな





先輩のことを考えているだけで楽しかった。

学校で過ごしている時より時間の流れを断然早く感じた。




「先輩は夏休み終わると受験モードですよね。志望校とかは決めてるんですか?」




こっちで進学するとは聞いていたけど、具体的な志望校などは聞いたことなかった。
















「ん。北高」


「え、北高?!」












北高なんてこの街で一番偏差値が高い有名な進学校で合格した瞬間に町のスターになれる。


そして毎年その学校を誰が受けるかが光の速さで町中を駆け巡る。








「先輩、そんなに頭良かったんですね・・・」


「どういう意味?」


レスポンスが遅いで有名な先輩が食い気味で聞いてきた。


「あ、いや変な意味ではなくて。進学校を狙ってる人ってめちゃくちゃ勉強してるイメージあったから。学校でも誰が北高狙ってるとか噂になったりするんですよ。先輩のそういう噂聞いたことなかったんでちょっとびっくりしました」




数年前に近くに住んでいた人が北高を受験すると町に広まったとき、母が呆れていた。

母はその噂を職場で聞いて来たらしい。


「どこどこの子供がどこどこを受けるらしいなんて噂、聞いてて楽しいのかな?このまま合格したらいいけど、落ちたら落ちたでその子がめちゃくちゃ言われるんでしょ?あそこの家のお子さん、北高受けて落ちたらしいよって。それってその子の学力とか運とかもあるとは思うけどそれ以前に寄ってたかって囃し立てた大人にも原因があると思うんだよね」と深いため息をついた。


実際、その子は北高に落ちてしまい、県内の別の高校に通うことになったが“北高に落ちた子”というレッテルを勝手に貼られて勝手に憐れまれて。

その子は高校を卒業してすぐに東京に行ってしまった。

周りは東京のいい大学に入ったからと言っていたけど、僕にはそうは見えなかった。大人のせいでこの町が嫌いになって逃げるために東京へ行くんだなと感じたのだ。



それにあの日以来、この町で姿を見ることはなかった。

僕の勘はあながち間違っていないと今でも思っている。




「だからちょっとびっくりしたというか複雑というか。先輩が落ちるとは思ってないけど、後ろ指指されるようなことがあったら嫌だから」


すると先輩は笑って、


「お前は優しいな。だけど俺はすでに転校生ってことで後ろ指を指されてる。それに北高を目指しているのを知ってるのは現状お前だけだ。両親は俺に興味ないから相談とかもしてないし。恥をさらすようなことはするなよぐらいしか思っていないと思うから」




普段からあまり感情を表に出すタイプではないけれど、言葉の中に寂しさみたいなものを感じた。


これ以上踏み込まれないように自分を守っている壁のようなものも。


先輩が1人で何かを抱えていることだけはわかった。




「だから学校が始まっても志望校を誰かに言おうとは思ってない。これ以上目立つようなことはしたくないし、今の真山の話を聞く限り、北高っていうフレーズだけでもやばいんだろ?別に学校の名称なのに。まあでも、完全に隠すってことは難しいだろうな。進路相談とかで先生には言わなきゃいけないだろうし、そうなると教員の間ではそれが広まる。こんなちっぽけな町なんだからそこから簡単に広がるだろうな」




”この町”をこんな短期間で理解してしまうとは。

そして、それらを避けて通ることはできないということも。


「でも真山には言っても特別影響ないと思ったから今言った」


それはどういう意味なのだろう。

やっぱりさっきの言い方が気に食わなかったのだろうか。

僕が先輩の志望校を言いふらすことは当然しないけど、影響がないという部分が少し引っかかる。


「だから夏休み終わったら受験まで忙しくなる。今までみたいに電話とかこうやって会ったりとか難しくなるかもしれない。でもさすがにずっと勉強するとかは俺も無理だから、こうやって息抜きしたい時はお前呼ぶ」



不器用な中に隠れている先輩の優しさ。

こういうところが先輩のずるいとこだと思う。

こんなこと言われたら、僕はずーっと誘われるのを待ってしまうし、ずーっと先輩のことを考えてしまう。


でも、それが僕の日常となっている今、全く苦でないから面白い。




「わかりました。僕も受験の邪魔したくないんで。でも僕のことを気にしてわざと息抜きの時間作ろうとしないでくださいね。学校では会えるんだし。会話しなくても顔見れるだけで僕は十分です。僕が先輩にできることは応援しか無いですけど」




改めて言葉にすると寂しいものだな。


好きな人が頑張っていることに対して自分も何かしてあげたいのに、こればっかりは何もできない。




「お前今変なこと考えてるだろ?」


「相変わらず失礼ですね、先輩のために僕ができることあるかなって考えてたんです」


「いや俺の受験なのになんでお前が頑張ろうとするんだよ」




綺麗な目で僕を睨む。

最初は怖かったけどあまりにその目で僕を見る機会が増えたので何も思わなくなっていた。


「だって頑張って欲しいじゃないですか。北高なんて行きたくても行けない人がほとんどだし。僕はなんとしてでも先輩にいい結果を出してほしいんです」と言うと、「じゃあ1つ、お願いがある」なんて言い出した。



「僕にできることですか?勉強得意じゃないし、器用な方でもないですよ?」


散々応援すると言っておきながらいざ頼られると不安になる。

これはなんという現象なんだろうか。


先輩の口から何が飛び出すのか、ヒヤヒヤしながら待っていると、予想だにしてなかった言葉が飛び出た。




























「俺のこと、下の名前で呼んで」
























・・・・・・・・・・・はい?


え、今受験に関しての話をしてたんですよね?


僕はてっきりお前も北高を目指せとか言うのかななんて構えてたんですけど。







「聞いてる?」


「いや、はい・・聞いてます、けど。それ受験に関係・・・あります?」


「だってなんかしら理由あった方がお前だって変えやすいだろ?」




ずっと敬語も抜けないし、と拗ねる先輩。


確かに先輩の言う通りだけど。

ただ今までずっとこの呼び方だったし変える必要性もわからない。


それに呼び方が変わっただけでなんの効力があるのかも今の僕にはわからなかった。




「下の名前で呼ぶことが、受験となんの関係があるんですか?」




僕は真剣に応援したいと思っているんだから、冗談だったらやめてほしい。


こっちは真剣にいろんな方法を考えているのに。




「関係あるよ。頑張れそうじゃん」




はい?ただ呼ばれる名前が変わるだけでそんなに変わります?

もしかして先輩、友達とかに名前呼んでもらえなかったのかな、それだったらちょっと可哀想。


「名前呼ばれるだけで頑張れるんだったら、みんな北高入れてます」


「頑張れるのと北高に行けるのは違うだろ。1回呼んでみて」



珍しく先輩がワクワクしてる。

綺麗な目が一段と光っているので相当下の名前で呼ばれたいのだろう。




「じゃあ俺が先に呼んでみようか?」




どれだけ呼ばれたいんだよこの人。

僕そういう癖無いですから、と否定しようとしたとき。






















「湊」
























効果は抜群だった。


やばい。


攻撃力が強すぎて僕のHPはほぼ残っていない瀕死の状態。


こういうことだったのか。


先輩のこと馬鹿にしてごめん、僕めちゃくちゃそういう癖ある人間だったみたい。












僕が余韻に浸っている間、先輩はそわそわしていた。


きっと僕のリアクションを見て自分の想像よりはるかにいいものなんだと確信したのだろう。




「というか先輩、僕の下の名前覚えてたんすね」




気を紛らわすため、別に僕その攻撃全然平気ですと思わせるためわざと話をずらした。


ただ、僕の下の名前を覚えていないと思ってたから、正直めちゃめちゃ嬉しかった。




「当たり前だろ。好きな奴の名前忘れる奴が北高なんて目指さねぇよ」











・・・先輩お願いだ。


もうこれ以上僕を攻撃しないでくれ。


そう願っていた時、先輩の携帯が鳴った。


ごめん、と言ってその場を離れる。


助かった、ここでできる限り自己修復しなければ。


この状態だとちょっと気を抜いただけでやられてしまう。


今後のことを考えてこの辺で治癒力を高める薬草とかを育てようかな。








しばらくすると先輩が戻ってきた。

しかし明らかにテンションが落ちている。



「電話、大丈夫ですか?」


「母親からだった。とりあえず帰るわ」


先輩が僕の目を見て話さない時は機嫌があまり良くない証拠だ。


「もう日も暮れてきたし僕も帰ります。明日の学校の準備終わってないし」


気まずくならないようにあくまで僕も帰りたかったという雰囲気を出す。

すると先輩が「そうだな」と言って僕の手を引いて林を抜けた。







お互い好きだとわかってから先輩が意外にも積極的な人だと知った。


もちろん僕ら以外の誰かがいるときはしないけれど、こうやって2人の時は手を繋ぐことが増えた。


ただ、未だに先輩は僕の身長を抜かさないので腕が少し上がってしまうところが僕的に可愛いポイント。










来た道を戻りいつもの分かれ道まで戻る。


「じゃあ明日学校で」


先輩が名残惜しそうに僕の手を離す。


「また、明日」


その手の離れ方がなんだか愛おしくてなかなか自転車を漕ぎ出せない。


先輩はそれに気づかずマンションへ歩いて行く。






僕は思いっきり息を吸い込んで、





航太郎こうたろうくん!」と呼びかけた。





先輩の肩がびくっとして振り返る。














「また明日ね、航太郎くん!勉強頑張ってね!」








これが今の僕の精一杯だった。


詳しいことはわからないけど、きっと家に帰ったら何か憂鬱なことが待っているんだろう。


あんなに悲しそうに帰る姿は初めて見たから。


だからそれに立ち向かえるよう、HPが少しでも復活するよう、下手くそかもしれない、気づいてもらえないかもしれない。だけど僕なりの先輩への最上級の愛情表現だった。










でも、先輩は僕の気持ちを汲み取るのが上手な人だから、「ありがとう、湊」と今日一番の笑顔を見せてくれた。


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