第13話 彼と彼の話-2



翌日から、校内で僕を見かけるたびに先輩は話しかけてきた。


当然、クラスでは僕の事情聴取がひっきりなしに行われる。


カツ丼の1つや2つ用意してくれたら話す気にもなるけど、あわよくば僕を経由して先輩と仲良くなろうという魂胆が見え見えなので、「別に」「わかんない」「どうだろう」の3つのみで返答する。




周りもだんだん飽きてきたのか1週間もすると誰もその話題を出さなくなった。




夏休みになり、先輩に会う回数が減った。

3年生は受験勉強が忙しいらしい。

僕も受験自体は来年だが、そう呑気に遊んではいられなかった。

中学2年の夏が勝負とも聞くし、短期集中系の勉強方法は僕には向いていない。

母から何か言われることもないけれど、ここまで僕を育ててくれた人に今以上の苦労はかけられない。


公立の高校に入って、そのまま就職して。

家に少しでもお金を入れられるようになれば母も少しは楽ができるだろう。

そのためにも今できることをしておこうと思っているのだ。

なので、家事を手伝いながら空いた時間はなるべく教科書と向き合う時間に充てた。神社通いも少しお休み。






ある日の夜、母が仕事から帰宅すると1枚のチラシを渡してきた。


「明日、あの神社の夏祭りだって。私は屋台の手伝いがあるからあんたは友達でも誘ってみたら?戸締りはちゃんとしてね」とのことだった。


そうか。確かに毎年夏休みの真ん中くらいが夏祭りだった。


夏休みに入ってから神社に行ってなかったから忘れてた。


毎年、夏祭りには1人で行っていた。

母は知り合いの人が出店を出すのでその手伝い。

あまり遅いと心配されるので、早い時間に行ってもらったおこずかいで食べたいものを買い、家で1人で食べるのが僕の夏祭りだった。

もちろん、今年も例年通りと思ったが、ふと思い出す。














急いで学校のカバンをひっくり返す。

突然の僕の行動に驚く母をよそ目に必死に探した。

確かあの時、ここに入れたはず。

いつも持ち歩いている小説の一番最後のページにその探し物はあった。



そしてそこに書いてある番号に電話をかけた。













「・・・はい」




少し掠れている。寝てたのかな。


「あ、真山です。」と名乗ると、「あぁ、真山か」と少し声のトーンが上がる。


「あの、突然なんだけど明日の夜って何してますか?」


「明日?普通に家にいると思うけどなんで」


「いや、明日神社で夏祭りがあるんです。割と有名なんですよ」


「へえ・・・・」


あ、黙った。

もしかしてイベントとかあまり好きじゃないのかな?


この温度感だと断られそうだな。

やっぱり誘うのやめようかな。


「先輩はこの町で初めての夏だから知らないだろうなと思って。一応お知らせ、みたいな?」


あくまでお誘いではないですよという雰囲気を出し誤魔化す。


あぁ・・・となんだか納得した感じの返答をもらえたのでギリギリ誤魔化せたことを確信した瞬間、


「マンションの入り口に貼ってあった」と僕の気遣いをぶち壊してきた。




あぁ、そうだった。

彼の家は僕の家よりも神社に近い。




「あ、そうっすよね。じゃあそれだけだったんで・・」


めちゃくちゃカッコ悪い。

これは完全に気持ち悪がられた。


久々に先輩と話して変に緊張しているせいか、受話器が手から滑り落ちそうなくらい手汗をかいている。


そもそも断られるのにビビってるとかなんて情けないんだろう。


長話していると母に怒られるので「じゃあ、」と電話を切ろうと受話器を耳から離した時、









「17時に学校で待ち合わせな」という先輩の声が耳に届いた。


そしてそのまま電話が切れた。
















え、どうしよう。状況が全然わからない。

でも電話をかける前よりも心臓が煩くなったことはわかった。



それにまた、顔が熱い。















その日の夜、遠足に浮かれる小学生のように全然眠れなかった。










翌朝、母はいつもより早く起きて祭りの準備をしていた。


「お母さん、今日僕友達と祭り行くね。ちゃんと戸締りはするよ」と伝えると、そう、無駄遣いはしちゃダメよと言っておこずかいをくれた。



母を見送り、残っている家事を片付ける。

この夏休み、基本的に家にいるので母の代わりに家事をやることが増えた。

というか、自ら家事を買って出たのだ。


普段から手伝いはする方だとは思うが、時間がある長期の休みくらい母を助けたかった。

それにやり始めると案外楽しくて、効率よく進められた時の達成感がなんとも言えないのだ。



少しだけ勉強をして、気がつくともう家を出なければいけない時間だった。

約束通り鍵をしっかりかけて自転車に乗る。

久々に先輩に会う高揚感を抑えるように少しだけゆっくり自転車を漕いだ。










「タイミングちょうどでしたね」




自転車から降りて先輩の横を歩く。

久々に見る先輩はほんのり日焼けしているように見えた。

家族でどこか行ったのかな。

受験生でも息抜きは必要だもんね。



学校に自転車を置いて神社を目指す。

ただ、少し疲れているのかそっけない返答ばかりだった。


僕が夏休みにあった出来事を話しても先輩はどこか上の空で、相槌さえもない瞬間も多かった。

でも沈黙のまま歩くのもなんとなく嫌だったので僕が1人でしゃべり続けた。




参道の入り口にはたくさんの提灯が飾ってあって、たくさんの人で賑わっていた。

普段うるさいのは苦手な方だがこういう楽しい喧騒の中にいるのは嫌いじゃない。

1人じゃないと安心できる。


ここまでずっと黙っていた先輩だが、同級生に会うと普通に会話をしていた。

少し考えすぎだったのか。


もしかしたらギリギリまで寝ててまだふわふわとした状態だった可能性もある。


何かとすぐ疑うのは僕の悪い癖だ。







参道をたくさんの出店が埋め尽くす。

焼きそば、たこ焼き、チョコバナナ、わたあめ。

たくさん買っても怒られないのがお祭りの特権だと僕は思う。



「先輩はいつもお祭りで何食べるんすか?」



あまり食に興味がなさそうだけど、この出店を前にしたらさすがに心惹かれるものの1つや2つはあるだろう。


すると意外にも、


「たこ焼きとじゃがバタ」と即答だった。


僕もたこ焼きは好きだけど、じゃがバタは最近食べてなかったなーと話すと、「旨いよ」と教えてくれた。






お互いに食べたいものを買って基地で食べることにした。


本殿まではたくさんの人がいるが、裏側は実行員の人が忙しなく動いているだけでとても静かだった。


いつもの道を抜けると、いつもとは少し違う表情の絶景が迎え入れてくれた。


夏休みに入ってから1度も来ていなかったので、久しぶりに家に帰って来た気分。

変な感じだ。




僕が帰省気分を味わっている横で買って来たものを広げ始めた先輩。




この人のマイペースさには慣れたと思っていたけど、夏休みでレベルが上がったように思うのは気のせいだろうか。

でも、今更それを指摘するつもりもない。



先輩の横に座り、僕も買って来たものを広げる。

先輩はそれを目で追いながら僕が終わるのちゃんと待ってくれた。

そして2人で手を合わせ、「いただきます」と同時に食べ始めた。


先輩は宣言通りたこ焼きとじゃがバタ、それにお好み焼きを買っていた。

僕は焼きそば、チョコバナナ。

そして母からもらった唐揚げとポテトを広げた。


食べている時も会話はなかった。


美味しいですね、とか一口くださいよ、とかこれ食べますか?とか何度も会話を試みたが全て「ん」で強制終了させられてしまう。さっきは同級生と楽しそうに話してたのに。なんなら屋台のお兄さんとも楽しそうに話していたのに。




2人で広げたものが全てなくなるまで、この沈黙は続いた。

食後に僕はあんず飴、先輩はわたあめをチョイスしていた。

それに手をつけ始めたとき、先輩が沈黙を破った。








「なんで最近神社来ないの?」










なぜか怒っていた。




「いや、なんでと言われても、来年受験だから勉強も始めておきたいし家の手伝いとかにも時間使いたくて・・・・。」







この理由に納得がいかないのか、先輩の表情は険しい。


でも、今日ずっと黙っててやっと喋ったと思ったらよくわかんない質問して来てこれに答えても不機嫌のままなんて僕だって納得がいかなかった。


そもそもなんで僕が来てないってだけで怒るんだろう。


約束もしていないのに。


「なんで先輩にそんなこと言われなきゃいけないんですか?」


つい不機嫌に任せて言葉を発してしまった。

喧嘩したいわけじゃないのに。




すると先輩が一歩僕に近付き、


















「俺は毎日来てた。真山が来ると思ったから、毎日来てお前を待ってた」




















先輩の綺麗な瞳が僕を捉えたまま、彼は真っ直ぐにその言葉を僕に投げた。


この言葉の意味を、僕はどう捉えたらいいんだろうか。


先輩が僕を待っていた。


それも夏休みが始まってから約2週間毎日。


だからほんのり日焼けをしていたのか。


受験勉強もあって忙しいのに、毎日何時間くらい待ってくれたんだろう。


先輩は携帯を持っているけれど、僕は持っていない。


だから連絡を取れるようにと電話番号を書いた紙を夏休みの前日にくれたのだ。


ただ僕がそれを思い出し電話をしたのが昨日。


3年生に知り合いは他にいないから僕の家の電話番号を知る術が先輩にはなかった。


当然、家の場所も知らない。


だからただひたすら、この場所で僕を待ち続けていたのだ。















毎日”今日は来るかもしれない”と願いながら。










ここだけ聞くと少女漫画に出てきそうなシーンを思い浮かべるが、ここにいるのは男2人。


残念ながらひと夏の恋は期待できそうにない。


じゃないとするともしかしたら、後輩を恋人のように大事にするタイプなのかもしれない。


夏休み、どうしても僕に話したいことがあったとか。


この祭りに僕を誘いたかったとか。


でも、こんなときでも期待してしまう自分も居た。


もしかしたら、僕と先輩の気持ちは同じなのかもしれない。


先輩だったら、僕という人間を受け入れてくれるのかもしれない。










もしかしたら、もしかしたら。











いろんな考えが頭をぐるぐる駆け回るが何一つ言葉が出てこない。


でも、先輩は表情を変えることなく静かに僕の言葉を待ってくれている。


深い深呼吸を2回して、先輩と向き合う。


無意識に拳を強く握っていた。




















「先輩」






「ん」







「それだけ聞くと、先輩が僕のことを好きだと勘違いしそうなんですけど」











仮にもしここで僕の勘違いと確定したとしても笑って流せる。

いつもみたいに冗談を言い合える先輩後輩に戻れる。


僕は先輩を失いたくない。

だから今だけはこの卑怯な聴き方を許してほしい。






すると先輩はまた1歩僕に近付き、


















「勘違いじゃない、軽蔑するなら今ここで遠慮なくしてくれて構わない」




















夢ならこのまま覚めないでくれと願った。










さっきまではっきりと映っていた先輩がどんどんぼやけていく。








目頭が急に熱を帯び、呼吸が荒くなる。









僕より小さい先輩がお兄ちゃんのような優しい顔をして眉をハの字にしている。














「あ・・あの、ぼ・・ぼくは・・・っぼ、くは・・」










呼吸がうまくできないせいで、言葉が途切れ途切れになってしまう。


それでも今僕は素直な気持ちを先輩に伝えたい。


卑怯なことをせず、まっすぐに向き合いたい。


だって先輩は僕から逃げずにちゃんと向き合ってくれたのだから。




「大丈夫、ゆっくりでいい」




握りすぎて痛くなっていた僕の拳を解く。


そしてそのまま僕の手を握ってくれた。


もう1度深呼吸をして、頭で言葉を整理する。


そして整った言葉を好きな人に届ける。


















「僕も・・・先輩がだいすきです」














先輩はしっかりと僕の言葉を受け止めて、照れ臭そうに、でもさっきまでとはまったく違う「ん」を僕にくれた。




























お祭り騒ぎが落ち着いた頃、僕たちは学校へ向かって歩いていた。


先輩のマンションと学校は反対なのに何も言わずについてきてくれた。


両思いと分かったからって急に何かが変わるわけではない。


歩幅も、距離感も、会話のスピードも。


ただ、お互いがお互いを大事に思っているということが僕たちをさらに強くさせた。






学校へ着き、自転車を回収する。

先輩のマンションへは神社を抜けた方が早いのでここでお別れだ。

あたりがすっかり暗くなったからなのか急に寂しさが襲ってきた。




「今日はありがとうございました。じゃあ、また」




この期に及んでもなお、素直になれない僕は何もない素振りで自転車に跨る。


でもきっと先輩には全てお見通しなんだろう。

可愛げのない僕に向かって「明日電話する」と言ってくれた。


そして、「じゃあな」と言って帰って行った。





僕の赤くなった顔を見て満足したのだろう。

馬鹿にしてる時の表情が嫌いになれないのが悔しい。














好きな人の背中を見送り、立ち漕ぎで帰路についた。

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