第7話 彼と彼女の話-4


次の金曜日。

約束通り、報告という名の事情聴取が執り行われた。


偵察も兼ねて、との名目で最近出来た新しいカフェを指定された。

アルバイトなのにそこまで考えられるなんて、やっぱり顔が端整な人は思考回路も整ってるのだろうか。






少し仕事が長引いてしまい遅れて着くと、湊くんが手を上げて呼んでくれた。




「遅くなってごめんね」とスーツのジャケットを脱ぎながら言うと、

「僕も今来たとこだよ」と完璧なセリフを吐きながら奥のソファ席へ誘導してくれた。


やっぱりこの子はすごい。

とんでもない子だとは思ってたけど。

行動が何気なさすぎて、普通にキュンとしてしまった。

もれなく周りの女の子たちがソワソワし始める。

すごい。


こちらに向けている顔が、

「どう?僕今めちゃくちゃかっこいいでしょ?」と言わんばかりの

ドヤ顔ということは彼の名誉のために黙っておくことにしよう。











視察も兼ねていると聞いていたので、メニューは湊くんにお任せで頼んでもらった。

お客さんの感じを見ると、確かに競合する雰囲気ではありそう。

周りのテーブルでは料理が運ばれてくると歓声と共に写真撮影が始まっていた。


辺りをキョロキョロしていると、「挙動不審がすぎるよ、お姉さん」と注意された。


「だって競合でしょ?どんな料理なのかなーとか、店内の装飾とか、色々気になるじゃん」




すると妙にニヤニヤした顔が近付く。


「あら〜、もしかしてたった数日でもう嫁気分?」


手に顎を乗せ首を傾げて聞いてくる。


そんなつもり全然なかったけど、“嫁”というパワーワードに思わず口角が上がってしまった。


湊くんの表情が一瞬引き攣ったように思えたけど、気のせいだろう。







「で、1回目のデートで付き合うってどういう流れでそうなったの?」


受けたことないけど、事情聴取ってこんな感じなんだろうな。

説明を必死に考えていると、カツ丼の代わりに致死量の生クリーム乗ってるパンケーキが届いた。

これがあってもなくても私に黙秘権などないのだけれど。



「全てを自白する前に聞きたいんだけどさ、なんで湊くんはあんなことしたの?」



刑事さんは生クリームから視線を外すことなく、

「だってあれぐらいしないと進展しなかったでしょ。お互い鈍感すぎて全然気付いていないし」と一口目のパンケーキを口に運んだ。


そして味わいながら、


「僕からしたら、あのまま両片思いでも結構面白かったんだけど。でも僕優しいから助けてあげたの」




・・・これに対するリアクションは”ありがとう”であっているのか?




「お礼はいいから、早く説明」




この言葉と同時に半分に取り分けられた致死量を超えてる生クリームつきパンケーキを渡される。すごい。




「説明も何も、別に特別なことはないんだけど・・」




パンケーキに圧倒されながらあの日のことを思い出す。




「あの日、湊くんが来ないんだろうなってなんとなくだけど思ってたんだよね。裕太さんは本当に湊くんが来ると思ってたみたいだけど」




ぷるぷるのパンケーキをフォークで突いてみるが、口に運ぶ勇気が出ない。

お昼ご飯からだいぶ時間が経っているはずなのに、胃が危険信号を発している。



「結構な剣幕で電話かけてきたよ。店長には修繕の時間の前にこのカフェに偵察に行きましょうって言ってあったから。まさか文那さんがいるとは思ってなかっただろうし、なんなら3人でカフェ行くのかな?くらいに思ってたんじゃない?」




早く食べないとクリーム溶けるよ、と忠告を受けたのでかなり小さく一口を切って口に運んだ。








「美味しい!!」








思わず声が漏れた。

見た目からは想像できない、優しい甘さだった。


「よかったね。甘過ぎないから文那さんでも食べれるでしょ」と微笑みを返された。


「でも僕が来ないってわかっても、そのあとちゃんと2人で出かけたんだね。そのまま解散の可能性もゼロじゃないなってヒヤヒヤしてたから」




いや、全くその通りで全然その可能性ありましたよ、と思わず冷静にツッこんでしまった。




「裕太さんはしばらく黙っちゃうし。じゃあ帰りましょうかとか言うんじゃないかと思ったよ」


「じゃあその感じだと文那さんからデート誘ったんだ?」


パンケーキを食べ終わり、タイミングよく運ばれて来たパフェを食べ始める彼。


「まぁ、そうなるね。なんかそう言われると恥ずかしいけど・・」


急な恥ずかしさでパンケーキをまたフォークでいじる。


「別に恥ずかしいことじゃないでしょ。それが結果付き合うきっかけに繋がったわけだし」


結構なスピードでパフェを食べ進めていく。


「せっかく湊くんが作ってくれたチャンスだし、無駄にしたくなかったんだよね」




やっとの思いで2口目を口に運んだ。

やっぱり美味しくて口角が上がる。

ちらっと目の前を見ると少し頰が染まっていた。


あ、かわいい。

こういうところが年下の男の人の魅力だと、前に誰かが言っていたのを思い出す。



「だから、私からどこか出かけませんかって言ったの。その後は適当に歩いたりお店入ったりしながらたくさん話したんだよ、結構頑張ったんだから!」


染まっている頰にはあえて触れず話を続けた。

しばらくその可愛い顔を拝ませもらう。


「それで、たくさん話して、そんなに遅くない時間に帰ろうってなって最寄りの駅まで送ってくれたんだよね。で、帰り際に告白されたって感じ・・・」





言い終えたところで、自分の顔が熱くなるのがわかって急いで3口目を口に運んだ。

向かいのリアクションが気になる。




「店長もやっぱ男だね〜」といつもの調子で笑っていた。

かと思いきや、「文那さん、店長のことよろしくお願いします」と真剣な顔で頭を下げたので、「なにそれ、もう嫁扱い?」と笑い合いながら私に残しておいてくれたパフェをスプーンで掬った。
































そこからの日々は順調そのものだった。


仕事が終わるとカフェへ出向き、大好きなケチャップ味のパスタを食べながら2人の仕事が終わるのを待ったり、裕太さんがお休みの日にうちでご飯を作って待っててくれたり。





特別なことはないけど、穏やかで充実した日々だった。






そんな日々が数ヶ月過ぎた頃、1通のメールが届いた。佳奈子からだった。




《久しぶり、元気してる?仕事が落ち着いたからご飯でもどうかな?》




しょっちゅう会う仲ではないけれど、こうして自身の仕事が落ち着くと連絡をくれる。人付き合いはうまくないタイプだけど、面倒見はいい方だと思う。




《私も佳奈子に話したいことがあったから嬉しい。時間とかは佳奈子に合わせるんだけど、お店は私が決めてもいいかな?》と返した。


いつも日にちも時間もお店も佳奈子にお任せだったので、驚いてるだろうな。


すると、《文那、お店とかあんまり知らないイメージだけど、任せて大丈夫?どんなお店でも気にしないから文那が行きたいところ選んでいいよ!》と書かれていた。



一言多いのところが彼女らしい。



《前に4人で行ったパスタ屋さんがいいの。スケジュール分かったらまた連絡ください》と書いて送信ボタンを押した。









その連絡から1週間後の金曜日、待ち合わせ時間にお店に到着した。

佳奈子が時間通り来ることはないので、先に入ってることにした。

湊くんと裕太さんには友人と2人で行くので、よかったら紹介させてほしいと伝えていた。




約束を10分ほど過ぎた頃、佳奈子が店に到着した。


「このお店、結構広かったんだね。前に来た時はこんな奥まで席があるように見えなかったから」

疲れた〜と言いながら席に座る。

この席は普段あまり使っていないと前に聞いたことがあった。

多分、友人を紹介したいと言ったから気を遣ってくれたのだろう。


そういう優しさが私をまた喜ばせる。




お互い好きなものを頼み、乾杯をした。



「最近やっと大きな仕事が落ち着いてさー。後輩とか同期も一緒だったんだけどやっぱスピード感違う人と仕事するってなかなかにストレス溜まるっていうかさ。文那は経験したことないと思うけど、時間に追われながらでも効率よくっていう当たり前をできない人が多いんだよね〜」


おっしゃる通り、私には経験したことない話だった。

でも、それを経験できるのは佳奈子がすごい人だからだと素直に思う。

できると思われているし、当然出来てしまうから任されるわけだし。

後輩の面倒も文句を言いながらやっているのだろう。

職場でバリバリ指示出ししている姿が容易に想像できる。



「間違えないようにゆっくりやるとか、それが間違ってるとは言わないけど私には本当に考えられないんだよね。私が新人だった時も先輩たちはそんなに優しくなかったし、追いつくのにただただ必死だったのに、今の子たちは自ら考えて何かを生み出そうとか思わず指示されたことをただ淡々とやる。それ以上のことは頼まれてないのでやりません。定時なんで帰ります、みたいな。そんなのを教育しながらプロジェクトの結果は出せって無茶な話だと思わない?」



2杯目のワインが空になっていた。

今日は愚痴を言いたくて私を誘ったのかな。

そう思うとちょっと嬉しかった。



「きっと佳奈子がなんでもできちゃうから後輩の方たちも上司の方たちもそれに甘えちゃうんだろうね」と受け止めた。


ここで彼女と一緒になって後輩や上司を否定するのは違う気がしたから。

私が彼女と同じ職場だったらそっちの立場になっていたかもしれないし。

それに私は佳奈子と同じ大変さを味わったことがないし、今後も味わうことはないと思う。

そんな私にできることは彼女の弱音を受け止めてあげる。

それしかできないけど、少しでも彼女の気持ちが楽になったらと思ったのだ。



「佳奈子は、いろんなことに気づけるし、要領とか効率とか、いろんなことを考えながら動けるから嫉妬されちゃったりするんだろうね。私は経験したことないから想像でしかないけど、私だったら耐えられなくて逃げちゃうと思う。こんなに頑張ってるのになんで私だけ責められなきゃいけないのって。でも、そんな弱音を吐かないで悔しい気持ちをバネにして求められた結果を出しちゃうんだもん。そんなすごいこと、佳奈子しかできないよ」




だからたまにはこうやって私に弱音吐いてね、とお水を差し出した。

少し酔いも回っているのだろう。

すると水を一口飲んで首を前に少しだけ傾けた。


「ありがとう」と言えないのも、ちゃんと頷くことさえできないのも。

積み重ねてきた彼女のプライドが邪魔してしまうのだろう。

そんな目の前の彼女が少し愛おしくなった。







またそのパスタ?と佳奈子に言われたケチャップ味のパスタを食べ終わり、食後のコーヒーを飲みながら、「で、私に話したいことってなに?」と聞かれた。

瞬時に緊張が私の中を駆け巡るが、お店が落ち着くまで別の話をして時間を潰す。




数十分後、裕太さんが挨拶にきてくれた。



「以前もいらしていただいてありがとうございます。この店の店長の佐川と申します。」


帽子を外して挨拶をした。

佳奈子はまだ状況が理解できていないようで困惑した顔をしている。


「あの、ね、・・その・・実は佳奈子に言いたかったことは・・・」


急に言葉が詰まる。

さっきまではちゃんと話せていたのに。

昔から自分のことを話そうとするとうまく言葉にならない。


佳奈子の表情もどんどん険しくなってくる。

どうしよう、ちゃんと話さなきゃ。










「だから、その、、」


「文那さんとお付き合いさせていただいてます」








空気を察したのか、裕太さんが言葉を放った。

しかし、あまりに唐突に言うものだから普段黙ることない佳奈子も黙ってしまった。

裕太さんも言ったはいいけどどうしようみたいな表情だし。




そんな時、「店長、声がデカいです」と湊くんがおかわりのコーヒーを運んできてくれた。






「前も文那さんと数名でお店にいらしてましたよね?ありがとうございます」


お得意の笑顔を浮かべながら佳奈子におかわりのコーヒーを注ぐ。

そして、「お店閉めたんで、僕もご一緒していいですか?」と自分用のコーヒーを注ぎながら聞いた。

さすがの佳奈子も「はぁ・・・」としか言わなかった。

というか、言えなかったという方が正しいだろう。






ちゃんと私からも話さなきゃと深呼吸をして、ゆっくりと話を始めた。




「突然の報告でごめんね。実は4人で来た時にここのパスタが大好きになってね。知ってる通り昔からパスタは好きなんだけど、そのきっかけになったパスタの味にすごく似てたの。で、あれから何回か通うようになって。それで裕太さんと湊くんにすごくよくしてもらって。で、色々話すようになってお付き合いすることになって・・・」




佳奈子がリアクションに困っている。

そうだよね。

突然彼氏できました、なんて驚くよね。



「佳奈子がこのお店を教えてくれたのがきっかけだし、あまりこういう話したことなかったからちゃんと報告したいなって思ったの、突然でごめんね」


「あ、いや・・別にいいんだけど・・。ちょっと、驚いただけ」


そう言うとおかわりの入ったコーヒーカップに口付けた。




みんなでコーヒーを飲みながら話していたのに突如席を外す湊くん。

どうしたのだろう、まだ仕事残ってるのかな?と心配した矢先。

「おめでたいということで、乾杯しません?」とボトルのお酒を用意し始めた。


手際の良さに4人で顔を見合わせて思わず笑ってしまった。







4つ目のグラスにお酒を注ごうとしたとき、佳奈子はそれを静止した。


「明日朝から会社に行かなきゃいけなくてさ。今日は先に失礼するわ」


ごめんねと両手を合わせ帰り仕度を始めた。


やっと仕事が落ち着いたと言っていたのに。

やっぱり仕事できる人は違うんだな。

自分とは違う世界にいる佳奈子に関心しつつ、せめて今日来てくれたお礼を伝えようと出口まで一緒に向かう。




「今日は来てくれてありがとう。佳奈子にはちゃんと報告したかったから紹介できて嬉しかった。」


すると彼女は振り返り先ほどの席を指差し、


「あの色白の人はなんなの?」と聞いて来た。色白の人?


「ワイン持って来てくれた人のこと?あの人はこのお店のスタッフさんで真山湊まやまそうくん。お店に通い始めた時私に声かけてくれて仲良くしてくれてるの。それに私と裕太さんが付き合うきっかけをくれた人、かな」


「ふーん、きっかけねぇ・・・」




湊くんのことが気になるのだろうか。


「まぁ文那が幸せそうでよかった。また落ち着いたら連絡する。じゃあね」





そう言ってタクシーに乗り去って行った。

なにか、気になることがあったんだろうか。

彼氏ができたと報告したら、もっと喜んでくれると思ってたのに。







モヤモヤした気持ちを抱えながら席に戻ると、すでに2人が乾杯していた。


「文那さん、お友達大丈夫でした?」


ほんのり頰を赤く染めた湊くんに聞かれる。


「うん、大丈夫。この間大きな仕事が落ち着いたって言ってたんだけどね。でも2人を紹介できて良かった」


「文那ちゃんのお友達、すごい仕事できそうな雰囲気だったもんね。俺緊張しちゃって親御さんに挨拶する感じになっちゃったし」




私の横でお酒を飲みながら笑う裕太さん。

この人の隣にいると、さっきまで抱えていたモヤモヤが晴れていくのがわかる。

湊くんからグラスを受け取り、改めて3人で乾杯をする。

あぁ。本当に幸せだ。
















































でも、その幸せという”存在”がいとも簡単に壊れるものなんだと知るまでにそう時間はかからなかった。


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