第5話 彼と彼女の話-2



これが、佐川裕太と私の最初の会話だった。




ここからの進展は自分でもびっくりするくらいスムーズだったと思う。




あれから定期的に通う私に裕太さんは毎回話しかけてくるようになった。

そして、端整さんが真山湊まやまそうという端整な顔にぴったりの名前ということも知った。




湊くんは私より5歳年下だったけど、すごく落ち着いていてお店でも人気スタッフさんだった。

湊くんが来てくれるようになってから湊くん目当てでお店に来るお客さんが増えて売り上げに貢献してくれてるよ〜と裕太さんが言っていた。


湊くんは店長のパスタで来てくれなきゃ困るでしょ、って冷静に返してたけど。




いつしか3人で話すのが楽しくて、少しでも長く話せるように閉店間際に行くようになっていた。

いつでも材料はあると言っていた通り、どの曜日、どの時間に行ってもケチャップ味は変わらず私を幸せにしてくれた。そんな私を見て、湊くんは、


「そのパスタをそんなに幸せそうな顔して食べるの文那さんだけだよ」


と言って呆れたような顔で笑う。


「このケチャップ味のパスタが大好きなんだもん!」


ケチャップ味が充満している唇で反論する。


いつもならここで、はいはい、とか、よかったね〜とか小馬鹿にした返事が来るのだが、今日は違った。

パスタを食べている私の目の前にどかっと座り、その端整な顔をずいっと近付け、








「文那さん、本当に好きなのパスタだけ?」と聞いてきた。








危うくその綺麗なお顔をケチャップ色に染めてしまうところだった。


ギリギリのところで持ち堪えることができたが、私の一連の動揺を見逃さなかった湊くんは返事を待たず攻撃を続ける。






「そのパスタを作ってる人のことも、好きだよね?」






そう言うと、キッチンへ視線を向けた。

あいにく反論できる武器は持ち合わせておらず、フォークとスプーンを置いて、縦に首を振ることしかできなかった。

目に涙を浮かべながら大きく体を前後に揺らし、お腹を抱えるほど笑われた。






翌日。そんなちょっと嫌なやつな湊くんから1通のメールが届いた。


《今度の土曜日、予定ある?》


湊くんから連絡が来るなんて滅多になかったから、その誘いに驚いた。


《別にないよ、どうかした?》


数分で返信が来る。








《行きたいとこあるだよね、付き合って》








・・・これ、本当に送る相手私で合ってるのかな?


年下の男の子と出かけたことなんてないし、今の流行りとかわからないし・・。

あんな端整な顔の横をどんな顔で歩いたらいいのか脳内で予行練習をしているとまた通知音が鳴った。





《10時に渋谷駅集合。デートだから可愛い格好して来てね♡》








デ、デート?!

思わず声が出てしまい、周りの視線で冷静さを取り戻す。








デートって、私と湊くんが?なんで?昨日、裕太さんのことバレたのに。





絶対何か企んでるに違いないけど、全く検討がつかない・・・。

楽しみというより怖い、という感情が大きい。


だけど、家へ着くなりクローゼットの中をひっくり返し何着て行こうと考えている辺り、“デート”というフレーズに浮かれてるんだなと安心した。





にしても、何着て行ったらいいんだろう。

デートできるような洋服、全然ないんだけど。

















結局、前日の夜にパックなんかしちゃったり、前に誰かからもらったいい香りのするリップなんてつけちゃったり、髪の毛をセットしてみたりで割と気合い十分な状態で渋谷に来てしまった。



これ、浮かれすぎてない?



可愛い格好でと言われてはいたけど、こいつめちゃめちゃデート意識してるじゃん!ってまた腹抱えて笑われない?

家を出るときはウキウキだったのに、いざ人に会うとなるとどう見られるかを気にしてしまう。

別に自分がいいって思ってやってるんだから他人の感想とか気にする方がおかしいと佳奈子に言われたことがあったのを急に今なぜか思い出した。




そうなんだけど。それはわかっているんだけど。

だけど、どうしても自信がないんだよ。




私も佳奈子みたいな容姿だったら好きな格好やメイクを誰に何を言われてもお構いなしに楽しめただろうけど。





子供の頃から、どうしても人の目を気にしてしまう。

せっかく可愛くしたのに、ズンと気持ちが落ちてしまった。






ダメダメ、せっかくのデートを楽しまないと。

そう思い、百貨店のショーウィンドウで自分の姿を確認した。







大丈夫、私は可愛いよ。


いや、可愛いは言い過ぎかもしれないけどおかしくはないよ。


うん、大丈夫。








精一杯自分自身を鼓舞していると電話が鳴った。



「あ、文那さん?今どの辺?」


「今?改札出て百貨店のウィンドウの前だよ。湊くんどこにいる?」


「あー、了解。そこ動かないでね」






返事をする前に電話が切れた。

ここなら分かりやすいと思ったんだけど、違ったのかな?



キョロキョロと周りを見渡していると、名前を呼ばれる。






「あれ、文那ちゃん?」




「え、あれ、裕太さん?!どうしてここに?」












予想していなかった人だった。

今日はお店がお休みって言ってたからどこか出かけるのかな。



「偶然ですね。待ち合わせですか?」


「そう、今日お店休みだからね。文那ちゃんも誰かと待ち合わせしてるの?」


「はい、湊くんに誘われて。行きたいところがあるらしく、ついて来てほしいと言われて」


「え?湊くん?」




私の口から彼の名前が出るなんて予想していなかったのか、驚いた様子だった。


そりゃそうだよね。お店以外で会うのなんて初めてだし、なんならシフト以外の連絡初めてだったし。





「ここで待ってろって言われてて」と続けると、ちょっとここで待っててと言われ携帯を取り出し私から離れた場所で誰かに連絡をし始めた。










それにしても湊くん全然来ないけど迷ってるのかな?

私ももう一度湊くんに電話しようと携帯を取り出す。

操作していると裕太さんが戻って来たので、

「待ち合わせされてる方ですか?私のことは気にしないで行ってください」

湊くんに連絡するのでと目線を携帯に移すと、
















「湊くん、来ないよ」と言い出した。

















ん?今なんて?

聞き間違いかもしれないと思い、もう一度聞こうと思ったとき。









「湊くんは、今日店の修繕に立ち会ってるから来ないよ」
















やっぱり。


なんとなく。

なんとなく1回目のリアクションで気付いてはいたけど。


でもいざそう言われるとなんとリアクションしていいのか。




さすがの裕太さんも湊くんがわざとやったってわかっているだろうから、私が好意を持っていることもバレちゃってるのかな・・それは色々困るような。


でも彼はなぜか、「なんかごめんね」とあの時と同じように低い姿勢で謝ってきた。

こんな時でも謝ってくる彼を見て、やっぱり可笑しくなってきて、つい笑ってしまう。


















うん。やっぱり好きだ。


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