第4話 彼と彼女の話-1
大学を卒業後、やりたいことがなかった私は家からほど近い会社へ入社した。
大きな会社ではなかったけど、みんないい人たちで今でも初めて就職した会社がこの会社でよかったと思っている。
新社会人としての生活にも慣れ始めたある日、佳奈子も含む大学の仲良しグループのグループチャットにメッセージが送られてきた。
《みんな久しぶり!元気してるかな?卒業してからだから1年ちょっと?実はこの度、結婚することになりました♡みんなに色々話したいことあるから近いうちに集まりたいなと思ってここにメッセージ送りました!都合の合う日相談したいです。優花》
いつも一緒にいた4人の中で1番ふわふわしていた
優花は大学の時から【女の子らしい】という言葉がふさわしく、先輩後輩問わずにモテるタイプだった。
それに加えて要領がいいので、4人の中で1番最初に内定をもらったのも彼女だった。
そんな彼女が結婚。
正直、そんなに驚くことはなかった。
優花のメッセージに私以外の佳奈子と
《おめでとう〜!私たちの中で結婚が早いのは優花だと思ってたから正直それほど驚いていません(笑)でもとってもおめでたい!私は18時以降ならいつでも都合合わせられるよ!みんなに久々に会えるのとっても楽しみ。愛未》
《おめでとう!会社が渋谷だからその近辺だと嬉しいな。会食入ることも多いから早めに予定決められたら行けると思う!佳奈子》
日程はスムーズに決まり、佳奈子がお店を提案してくれた。
写真を見ると女子がいかにも好きそうな流行りの雰囲気のお店だった。
全員が賛成して来週の金曜に集まることが決まった。
金曜18時50分。
約束のお店に着くと席にはすでに愛未と優花が座っていた。
2人と久々〜元気だった?など近況報告をし合っていると少し遅れて佳奈子が到着した。
「では、私たちの再会と優花の結婚を祝して!乾杯〜!」
久々に会った友人たちと食事をして、おしゃべりをして。
社会人になってからが決してつまらない訳ではなかったが、やはり気の合う友人たちと一緒に笑い合う時間は大事だなと実感した。
みんなある程度お酒が進んだところで、話題は恋愛に。
「優花に先越されちゃったけど・・実は私も年内に籍を入れようって話してます!」
隣に座ってる優花と一緒にテレビでよく見る指輪を見せるポーズをしてきた。
「えー!優花は早いだろうなって思ってたけど、愛未もなの?!うちらまだ24歳なのにもう結婚?」
さすがの佳奈子も驚いていたようで、テーブルから身を乗り出し向かいに座る2人の顔を交互に見る。
「最初は入社してまだ2年目だしって思ったけど、結婚ってタイミングっていうじゃん?仕事が嫌なわけではないけど、今がほんといいタイミングなの。子供が大きくなってからでも仕事はできるし。結婚してもすぐ仕事辞めるわけじゃないし。しかも付き合う前からこの人と結婚するかもなーって感じてたんだよね」
えー!それわかるー!と優花が愛未の手を取り共感していた。
「でも、佳奈子も先輩と長くない?結婚の話とかうちらより先に出てそうだけど」
急に冷静になった愛未が佳奈子に聞いた。
確かに。
この中で一番長く付き合っているのは佳奈子だ。
3人とも洋ちゃんと面識があるし、なんなら洋ちゃんにしなよと後押ししたのは向かいに座る2人でもある。
ふざけ半分だったのは、今はいい思い出だけど。
「山崎先輩、包容力あって優しそうだし、いいところに就職したんだよね?結婚に踏み切れない悩みとかあるの?」
まぶたに刺さりそうなくらい上を向いているまつげをパタパタさせながら優花が聞いた。
「別に普通の商社だよ。身体がデカイから包容力あるように見えるだけで誰にでもあんな感じ。それに私は2人と違って結婚願望がゼロなの。結婚したら家事全般が自動的に女の仕事になるでしょ?私家事苦手だし、今は考えられないかな」と艶やかな髪をかき上げながら話す。
「そういえば、文那は?学生時代からあんま恋愛の話聞かなかったけど今はいい感じの人とかいないの?」
覚悟していた質問が美味しそうなパスタとともに運ばれてきた。
昔からこの手の話の主人公になるのは苦手だ。
「んー・・恋愛に対してそれなりに興味はあるんだけどタイミングというか・・。会社も結婚している人が多いからそこで出会える可能性も低くて」
別に恋愛だけが人生じゃないでしょ?仕事も楽しいし。
そんなくだらない話題より目の前の美味しそうなパスタの方が今は興味がある!
・・・・なんて佳奈子みたいにはっきり言えたら少しは笑える雰囲気になるのかもしれない。
でも残念ながら私はそんな高等技術を持ち合わせていないのでこれ以上私に注目が向かないよう、少し大きめの声でいただきます、と手を合わせパスタを口に運んだ。
「文那は昔から男よりパスタの方が好きだもんね〜」と佳奈子が笑う。
いやパスタと男を天秤にかけたことはないけど。
そもそもその2つを天秤で比べるほど恋愛に関して無知でもないけど。
でも、その場はその一言に救われた。
「確かに学生の頃からパスタばっか食べてたよね!それで全然太らないから羨ましく思ってたよ〜」と優花たちの興味がパスタへと移った。
みんなの言う通り、学生の頃からよくパスタを食べていた。
でもパスタが大好物というわけではない。
昔、両親が共働きで家に居ないのを心配した親戚のお兄ちゃんがよくご飯を作りにきてくれたのだが、メニューが必ずパスタだった。
味もいつも同じ。ケチャップ味のパスタ。
でも、私はそれが大好きだった。
そして、それが初恋だった。
私が中学に上がったくらいに、お兄ちゃんは来なくなった。
子供ながらにもう一生会えないんだろうなと思った。
別にほんと、なんとなくの子供の勘。
両親もお兄ちゃんに関して何も話して来なかったし、私も聞かなかった。
だから大人になった今でも、パスタを食べてる時だけはお兄ちゃんに会える気がしていた。
自分でも少し気持ち悪いと思っているから誰にも言わないけど。
元々食べ物にそこまで興味がないということもあり、選択肢にパスタがあると必ず選んでしまうようになったのだ。
デザートまでしっかり食べ終えた私たちは、店員さんに写真を撮ってもらい店を出た。
愛未と優花は方向が一緒らしく、タクシーで。
私と佳奈子は駅まで歩くことにしたのでここで解散となった。
「結婚式の詳しいこと決まったらまたメッセージ送るね!今日はみんなに会えて本当に嬉しかった!またこうやって集まろうね〜!」
足元がおぼつかない優花をタクシーに乗せ、送っていくわ!と手を振る愛未によろしく〜と伝えてタクシーを見送った。
「さ、私たちも帰ろ」と先に歩き出す佳奈子の背中を追いかけた。
「仕事、どう?」
歩きながら唐突に佳奈子が聞いてきた。
「え?あ、うん。順調だよ」
「そっか。なら良かった。さっきの恋愛の話、あんまり気にしないでいいと思うよ」
さっきのリアクション、やっぱり下手だったか。
「焦らなくても、いつか素敵な人に出会うよ。だからその時が来るまで文那は文那らしく過ごしてればいいと思うよ」
じゃあね、と言って佳奈子は改札へ消えていった。
佳奈子の言う通り、出会えたらいいな。
そのときはみんなと恋愛の話をできたらいいな。
そんなことを思いながら私も改札をくぐった。
あれから数週間が過ぎた頃、携帯に1通のメールが届いた。佳奈子からだった。
《時間あるとき、ご飯行かない?あのパスタ屋どう?》
そういえばいろんな日替わりのパスタがあるって前に言ってたっけ。
やっぱり佳奈子は私にパスタを食べさせたいようだ。
「別にパスタじゃなくてもいいんだけどな・・」と思いつつ、
《佳奈子の都合に合わせるよ!パスタ好きだから楽しみ》と返した。
土日はメニューが変わるらしいとのことで、土曜のランチをそこで食べることになった。
待ち合わせ時間にお店に着くと、もうすでに何人か並んでいた。
この間は平日の夜だったから気づかなかったけど、結構人気店だったんだ。
佳奈子が口コミで評判が良かったって言ってたもんな。
列の最後尾に並び佳奈子にメッセージを送った。
《お店着いたんだけど、結構並んでる!》
するとすぐ返信が来た。
《やっぱ土日は人気なんだね。ちょっと遅れるから先に中入ってて》
メッセージを読み終えたタイミングで席に案内されたので、《席で待ってるね》とだけ返信した。
佳奈子が言っていた通り、前回来た時とメニューが少し変わっていた。
種類も豊富で、どれも美味しそうだった。
でもすぐにオーダーするものは決まった。
「ごめん、お待たせ」
視線を上げると佳奈子が向かいの椅子に座っていた。
「外結構並んでた。文那も結構待った?」
「ううん、割とすぐ案内してもらえた」
「そっか、メニュー美味しそうなやつあった?」
結構種類多いよ、と言いながらメニューを佳奈子側に向けた。
佳奈子が手を挙げ店員さんを呼び、注文をした。
彼女はペペロンチーノ、私はケチャップのパスタを。
パスタが運ばれてくるのをワクワクして待つ。
なんだかこの感じ、久々だな。
お兄ちゃんがパスタを作ってくれてる後ろ姿を見ながら出来上がりを待っていたあの頃みたい。
「そんなに楽しみ?」
佳奈子の問いかけに急に顔が熱くなった。恥ずかしい。
遥か昔の初恋を思い出してワクワクしちゃってたとは言えず、俯いたままごめん、と謝ると、「別に謝ることないけど、どんだけパスタ好きなのよって思った」と笑われた。
だから、パスタが大好物ってわけじゃないんだってば。
「だから別にパスタが・・」と言いかけたところでお待ちかねのパスタが運ばれて来た。
目の前に広がる香りが、昔の私へ戻してくれる。
いただきます、と唱えてスプーンを使いながらフォークに巻きつける。
昔これがうまくできなくてお兄ちゃんに教えてもらったなぁ。
大人になってからうまく巻けるようになったパスタを口に運ぶ。
あぁ、これだ。この味だ。
もう何十年前に食べたのが最後のパスタの味なんて正直覚えていない。
だけどパスタを口へ運ぶたび、目頭が熱くなった。
「佳奈子、ここを教えてくれてありがとう。おかげで美味しいパスタに出会えた」
そう伝えると、ペペロンチーノを巻きつけながら佳奈子は照れたように笑った。
あれから、あのパスタに会いに1人でお店へ通うようになった。
毎回ケチャップ味を頼むので、すぐに顔を覚えられてしまった。
店に入った瞬間の「あ、いつもの人だ」と言葉にしなくても伝わってくるあの表情がたまらなく苦手なのだが、席に案内されれば特別話しかけられることもないので耐えることにしている。
今日もいつも通りその表情と対峙し、席まで耐え凌ぐ。
しかし、敵はいつも同じとは限らなかった。
いつも通りオーダーをして(いつものですか?と聞かれるようになってしまったので、はいと答えているだけだが)いつも通りパスタが運ばれてくる。
香りを楽しみつつ、いつも通りフォークに巻きつけ口へ運びその味を堪能する。
そこまでは良かった。
ここまではいつも通りだった。
ごちそうさまでした、と手を合わせ余韻に浸っていると注文した覚えのないコーヒーが運ばれてきた。
思わず端整な顔立ちの店員さんに声をかける。
「え、あの、これ・・私頼んでないんですが・・」
私の呼び止めに整った表情を崩すことなく、そのまま少し屈んで顔を近づけ、
「はい、こちらはお店からのサービスです」
接客業の鑑といえる笑顔を残し、軽く頭を下げて去っていった。
その一連の出来事に疑問しか残らなかったがそのあと特に話しかけられることもなかったので、置いておいた少し冷めたコーヒーを美味しくいただいた。
おかげでホッと一息つけたのでそろそろ帰ろうと席を立ちレジへと向かう。
いつも通り端整さん(さっきの顔が整っている店員さんのこと。私の中で勝手にそう呼んでいる)が私に気付きレジに向かって来た。
伝票を渡し、コーヒーのお礼を伝える。
「あの、コーヒーありがとうございました。で、でも私、サービスしていただくようなことはしていないんですが・・」
さっきは諦めたけど、やっぱり理由が知りたかった。
すると端整さんは私にお釣りを渡し、「少しお待ちいただけますか?」と言ってお店の奥へ行ってしまった。
え。
なになに。
怖いんですけど。
やっぱり違ったのでコーヒー代払ってくださいとか言われるのかな。
いや払うけど。払うけどさ。
でもそっちが勝手に勘違いして出したんじゃん。
それを今更こっちの責任にするわけ?え、なんかイライラしてきた。
勝手な妄想で良心にイライラし始めたとき、お店の奥から男性が1人こちらに向かって歩いて来た。
あれ、端整さんじゃない。初めて見る人だった。
その男性がレジまで来て軽く頭を下げた。
「いつもありがとうございます。店長の佐川と申します」
帽子を取り、深々と頭を下げるその動きにつられるように私も軽く頭を下げた。
「いつもケチャップ味を注文してくださってますよね?実は、僕が一番おすすめのメニューで。毎回変わらずに頼んでくださるのが嬉しくて。いつも土日にいらっしゃるから、わざわざお休みの日に来てくださってるのかなと思ったら何かお礼をしたくなって。で、ささやかですがコーヒーをサービスさせていただきました」
驚かせてしまってすみません、とさっきより低めに頭を下げた。
理解が追いつかなさすぎる。
なのに、理解できないこの状況が途端に可笑しくなってきて、つい吹き出してしまった。
「お礼を言うのは私の方です。いつも美味しいケチャップ味のパスタをありがとうございます。個人的にケチャップ味のパスタに思い入れがあって。ここのパスタを食べるとその頃に戻れる気がするんです。あ・・気持ち悪い客ですみません」
佐川という男性と同じ深さに頭を下げた。
こんな理由で通っているなんて思わなかっただろう。
勝手に思い出に浸るなよって話だもんな。
「あ、平日と土日でパスタのメニューが違うと聞いたのでケチャップ味がある土日に来てるんですが、もしかして平日もやってたりするんですか?」
佐川が帽子でぺしゃんこになった頭を掻きながら、
「前は平日も出してたんですけど、あまりに注文がないので辞めちゃったんですよ。土日はお客さんの層も違うし、選べる選択肢が多い方がいいかなって思って残してるんですけど。でも材料はいつでもあるんで、平日でも言ってもらえれば作りますよ!」
笑うと目がなくなるところ、お兄ちゃんにそっくりだな。
顔が似てると作る料理も似るのかな。
「あの・・どうかしましたか?」
あまりにも返事をしなかったのでオロオロした目で顔を見られた。
あ、今変な顔してたらどうしよう。
やっぱりケチャップしか頼まない変な客って思われたかな。
「あ、そうなんですね!てっきり土日しかないのかと思って。でも休みといっても別に何もないのでまた来ますね!コーヒーご馳走様でした!」
表情をなんとか繕い、他のお客さんの視線を背中に刺しながら店を出た。
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