第3話 彼女の話-2
大学からの友人、
さっきまで舞い上がっていた自分が途端に恥ずかしくなった。
「ほんと久々だね、元気してた?あの時ぶりだから3年ぶりくらいじゃない?」
乾杯のビールをぐっと飲み干し、綺麗なネイルが施されてる手に顎を乗せて聞いてきた。
そんな目で、今の私を見ないでほしい。
「うん、多分そのくらいだと思う。あの時は色々心配かけちゃってごめんね」
もう3年経ったのか。
まだ身体の一部が取り残されてる気がする。
忘れかけていた気持ち悪い感情が体の底から湧き出てくるようで必死に唾で蓋をする。
「今はどう?少しは落ち着いた?」
「うん、もう大丈夫。あの時はありがとね。それより佳奈子は?」
「別に相変わらずだよ。職場ではある程度の立場や責任がついて回ってくるし、後輩には好かれてないみたいだし。この間も同期の中で業績トップになっちゃってたみたいで私の悪口飲み会が開催されてたらしいよ〜。そんなところで傷舐め合ってんだったら結果出してみろよって思うけど」
手元に視線を下ろし、彼女はクラッカーにアボカドディップをつけて口へ運び、2杯目のビールを流し込む。
気にしてない素振りを見せる彼女だが、全く傷ついていないわけではなさそうだ。
ほんの少しだけ、安心した。
「洋ちゃんは?大学からだから結構長いよね?」
「もうすぐ10年だって。怖すぎ」
学食で見かけた佳奈子に一目惚れしてからアタックがすごかったのを今でも覚えてる。
スポーツマンでガタイが良く、佳奈子のタイプとはかけ離れていた。
でも、毎日のようにアタックされ続け、佳奈子もその気持ちに絆され付き合い始めるようになった。
お付き合いが始まってからも彼女が彼の話をすることはなかったが、以前より輝きを増したように思えた。
「私らの話は別にいいのよ。それより、どういう系の仕事したいとか具体的な希望とかはあるの?」
「あんまり考えてなくてさ・・。特別こういう仕事に就いてみたい!とかこういうのやってみたい!とかが全くなくて。最近やっと動かなきゃな〜とは思い始めたんだけど、いざ動こうにもどっから手をつけたらいいのかわからなくて」
まつ毛が綺麗にカールされた目にまっすぐ見つめられ、もう嘘を考える余裕すらなかった。
今更繕ったところで全て見透かされるだろう。
今の私はあの頃からちっとも前に進めていないから。
怖くて怖くて、ずっとそこにうずくまっているのだ。
「でももう3年でしょ?いくらなんでも長すぎ。時間勿体無いよ。うちらもう30歳になっちゃったんだよ?どうするの?」
彼女の手にはすでに3杯目のグラスがしっかりと握られており、間接照明が多い店内でもハッキリわかるくらい紅潮していた。
確かに、気付いたら30歳になっていたし、改めてそう言われると少し焦らなきゃいけない気がしてきた。
でも、一体に何から焦ればいいのか。
「とにかくさ、うちの会社来てみない?私の下で働くことになるけど誰も知らないところでイチから覚えるよりいいでしょ?それに専門職とかじゃないから難しくもないし。チームの営業サポート、みたいな感じかな?電話とってもらったり、書類関係まとめてもらったり。前の職場でもそういうサポート的な業務やってたから大丈夫でしょ?」
「でも私、だいぶブランクあるし・・・」
「雰囲気だけでも1回見に来てよ。ランチでも一緒に食べてさ。美味しいパスタ見つけたらから文那を連れて行きたくて」
切れ長の目をくしゃりとさせて笑う。
こういうとき、同じような表情をして”ありがとう”と返せればよかったけど、私にはなぜかできなかった。
なにか言葉を発するために喉を刺激しようと飲み込んだビールさえも私の気持ちに気付いてくれず喉元をスルーした。
酔いつぶれてしまった彼女を恋人の洋ちゃんが迎えに来てくれた。
「
1人で歩くことができない彼女をおんぶして、両手は荷物を持っているのに重力さえも感じていないかのように軽快に話す。
「3年ぶりくらいですね。佳奈子から聞いているかもしれませんが、ちょっと色々あったので。でも仕事が見つかってなくて佳奈子が紹介してくれるってなって会ってたんですけど、飲ませすぎちゃいましたね」
私の話に優しく相槌を打ちながら、大きな背中で安心してぐっすり眠っている彼女に目線を送り、
「かなちゃんが飲みすぎるのは昔からだから慣れてるよ」と私を歩幅を合わせてくれる。
本当に優しい人だ。
色々持ってる佳奈子が羨ましい。
「でも、文那ちゃんと連絡を取る結構前から人手不足のことで悩んでたから、文那ちゃんが来てくれたら嬉しいんじゃないかな。ほら、かなちゃん基本的に人と関わるの苦手だから」
落ちそうになっていた彼女を持ち上げ笑う。
確かにそうですね、なんて素直に返していいのか分からず空気を壊さないようとりあえず笑ってみた。
こんな風に自分自身を丸ごと愛してくれる人が私の元にも現れるのだろうか。
「今日うちに連れて帰るからここからタクシー乗っちゃうね。文那ちゃんはここから近い?1人で帰れる?」
この状況で私の心配までしてくれる。
やっぱり佳奈子は恵まれすぎだ。
「大丈夫です、まだ電車もありますし駅もすぐそこなので。佳奈子のことよろしくお願いします」
明日また連絡させるね、と手を振りながら彼らはタクシーに乗り込んだ。
それを見送り、駅に向かおうとしたが、歩く体力は使い切ってしまっていた。
しかし、ここから家までのタクシー代は無職の私にはかなり痛い出費だ。
気合いでなんとか限界まで歩いてみたが、その瞬間足に痛みが走った。
靴擦れ。
なんでこのタイミングで。
悲しい気持ちとは裏腹にどんどん血が滲む私のかかと。
もういっそ泣いてしまおうかと思ったけど、これ以上自分を惨めにしたくなくて遠慮がちに右手を挙げた。
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