第2話 彼女の話-1


長年勤めていた職場を辞め、貯金も底をつき、来月の家賃をどうするかをやっと悩み始めた時、久々に携帯が鳴った。忘れかけていた着信音に驚きつつ、画面に表示されている名前を見てさらに驚く。






「あーもしもし?今大丈夫?」






「うん、大丈夫。久々だね。元気だった?」






 久々に聞く人の声。そして久々に発した自分の声にも少し安堵する。

あぁ、私ってこんな声してたんだっけ。






「うん、なんとかね。実は今無職って聞いたから連絡してみたんだけどさ〜」






どうやら、彼女の部署で欠員が出て、急遽人を探さなければならなくなったらしい。


そんなとき、私が無職という情報を聞きつけたと。

一体誰から聞いたんだろう。



私の話題がどこかで出てると考えると、少し怖くなった。





「直接仕事辞めたって聞いたわけじゃなかったから連絡するのもどうかなって迷ったんだけどさ。話だけでも聞いて欲しかったから生存確認ついでに連絡したの」






そこまで正直に話さなくてもいいのでは?

生存確認されるような覚えはあるけど。





「で、どうなの?もう仕事決まっちゃった感じ?」




久々に人と話すからなのか、この話題だから話しづらいのか。

言葉が喉につっかえて、変な汗が全身を包んでいく。





「仕事はちょっと前に辞めたよ。今はまだ無職。そろそろ探さないとな〜とは思ってるんだけどなかなか・・」






素直な気持ちはなんとなく言いたくなくて、嘘くさい返事しか返せなかった。






「ならちょうどいいね。話だけでも聞いてよ。それから決めてくれたらいいからさ。いつ空いてる?久々に顔見て話したいしお酒でも飲みながら、ど?」




私が自分の気持ちを正直に言えるタイプの人間だったら、首を横に振ることができたんだろうな。





「話は早い方がいいから。無職ならいつでも大丈夫だよね?今週の金曜なら調整できそうだから金曜の18時に赤坂で。お店は決めておくわ」








楽しみにしてるね〜と電話は切れた。


心臓が煩く鳴っている。

緊張していたせいか、手が汗でしっとりとしていた。



昔から、ああやって言い切られてしまうと断れない。

それを彼女は知っていてやっているのだ。






とにかく、金曜の赤坂に馴染めるようにしなければと、重い腰を上げ、長らく冬眠していたクローゼットを開けた。






























金曜の赤坂は賑わっていた。


ヘアセットをバッチリ決めた女性や、今朝いつもより真剣に選んだであろうネクタイを何度も直すサラリーマン。

これからお仕事に向かわれるモデルのようなお姉さんや、すでに赤ら顔のおじさまち。その近くで悪い顔で笑うキャッチのお兄さん。少し前まではなにも思わなかったこの光景も、今はすべて新鮮に感じる。




人混みに紛れながら、遠慮がちにお店の窓に映る自分を見てみる。



あのあと、クローゼットにある洋服を片っ端から並べてみたけど、金曜の赤坂に馴染むものなどあるはずがなかった。

その中でもまだ可能性があると判断された数年前に買った人気ブランドのワンピース。

当時は人気モデルが着用したとかなんとかで買うのすら大変だったな~、なんてそんなことを思い出しながら数年ぶりに袖を通す。すると意外にも買った時よりしっくりきた。食欲がないのが功を奏したのだろう。


最初は気乗りしなかったはずなのに、気付いたらワンピースに合わせて髪を巻いていた。

こんなところで放置していたロングヘアが役立つとは。

赤坂の夜の窓に映る自分を見て、割と馴染めてるんじゃない?なんて思っていた。

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