Side Mina

 五十嵐凛夏ははっきり言って友達にいないタイプの女子だった。


 パッと見地味で目立たない大人しい系かと思いきや近くで見ると鼻筋が通った美形であるし男子にも物怖じしない胆の据わった性格をしている。


 サブカル系の友人と大型犬を従えている姿にはもはや貫録さえ感じさせるが、音楽のことに関してはまるで子供のようにはしゃぎまくったりして実態が見えない。


 先輩たちにシメられても結局は思いどおりにならなかった「自分の世界」を持っている人間。


 つまり私とは正反対で、当初私は五十嵐凛夏のことが大嫌いだった。


 第一になにもしなくてもそこそこ可愛いのがむかつく。絶対肌の手入れなんてしていないのにシミひとつない肌、血色のいい頬に丁度いい厚さの唇。


 私なんてバイトで稼いだ金を全額美容代につぎ込んだってああいう風にはなれない。


 しかも化粧のけの字も興味がなさそうな雰囲気がよけいに清楚さを醸し出して、男子には隠れた人気がある。そのことに全く気が付いていないのもイライラする。


 普通は色気づいたり彼氏がほしくなったりするだろう。一体どうして色恋に興味がないのかサッパリ分からない。


 と思っていたらイケメン転校生の猛アタックを受け始める始末。多くの女子たちは話しかけるので精一杯な優良物件の彼、沢里くん。しかしその彼すらうざったそうに袖にしているからたまったもんじゃない。


 先輩たちにシメられたと聞いたときはザマアとしか思わなかったが、その後沢里くんに逆にシメられた先輩たちになぜか私がシメられた。シメ合いの果ての被害者にされたことには納得がいかない。


 全ては五十嵐凛夏が悪いのだ。直接文句を言ったらまた沢里くんに邪魔をされた。いくらイケメンだからといっていけすかない女をかばうのならば敵である。


 イケメンすら味方に付ける恐ろしい魔女、五十嵐凛夏。私の好きな【linK】と同じ名前なのもむかついた。【linK】の歌を聴いて人間の繊細さを勉強した方がいい。そう思うほどに周囲に馴染んだ異質な存在だった。


 五十嵐凛夏の取り巻きのサブカル系の友人はそれほど悪い奴ではない。なぜならば【linK】が出るというサワソニのチケットを一枚譲ってくれたからだ。


 さすがサブカル系代表、ゲスト出演者が【linK】であることをどこかから嗅ぎつけたらしい。滅多にない機会だ、ありがたく受け取っておこう。


【linK】の音楽はなにもない私の心に寄り添ってくれる。本当の自分が分からなくて周りに流されるだけの私にも優しく響く。私も【linK】のように人に寄り添える人間になりたい。そう思える歌声だった。


 だからライブで五十嵐凛夏が【linK】の歌を歌い出した時、私は私の思考の全てが無駄なものであったことに気付いたのだった。


 いけすかない、いらいらする、そんなのは当然だった。五十嵐凛夏は【linK】という世界を創り上げていたからだ。私には到底できないことをやっていた。だから思いどおりにならなくて当たり前だった。私なんかよりもより強い意志で五十嵐凛夏はそこに立って歌っていた。


 夜なべして作ったクマのぬいぐるみが「馬鹿はお前だ」と喋り出す。五十嵐凛夏が気に喰わないと思ったのはなぜだったか。第一に、私は「自分の世界」を持っている彼女が羨ましかった。だから私は――


「美奈ってば、聞いてる?」


 耳触りのいい声が私を呼ぶ。顔を上げると相変わらず化粧けのない顔がこちらを覗き込んでいた。


「買いたいものがあるって言ったの美奈でしょ。なに買うの?」


 五十嵐凛夏はじれたように考え事にふけっていた私を急かす。私はなんだかむかついてそのポニーテールを引っ張ってやった。


「いった!」


「今日はあんたのメイク道具買いに来たの! いつまでもすっぴんで舞台上がるなんて許されるわけないでしょ」


「美奈が選んだらケバくなる……」


「はったおすわよ」


 五十嵐凛夏が大嫌いだった。それでも今は友人であることを望んだ結果、こうしてともに過ごしている。私は確かに【linK】が好きだったけれど、五十嵐凛夏といるのはなぜだか先輩たちとつるんでいた時よりも気持ちが楽だ。


 だから仕方がなく、五十嵐凛夏に似合いそうな淡い色のリップを探してやる。私には絶対に似合わない色だ。


「ねえこの色美奈に似合いそう。私には絶対に似合わないけど」


 そう言って五十嵐凛夏が差し出してきたのは真紅のティントルージュ。あんたに似合わなくて当然だ。これは私の色。


 五十嵐凛夏が絶対になれないと言い張る私という存在が、なにもなかった私のアイデンティティになりつつある。真逆だから救われる? そんな馬鹿げた話はあってたまるか。私は五十嵐凛夏が大嫌いだったのだから。


 お互いにそう思っていればいい、それだけの関係が心地いい。ある意味両想いだと考えてやめた。


 チェリーピンクのグロスを棚から引き抜いて光に透かす。なにもない私が五十嵐凛夏のまとう色を変えられるとしたらこれしかない。いつか【linK】の唇に私の手でこの色を乗せてやる。


 突然惚れさせられた逆襲だ。


 それまでは仕方がないから大人しくしておこう。

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君の隣で歌いたい 三ツ沢ひらく @orange-peco

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