第42話

 続いて、暑さを微塵も感じさせない妖精のような軽やかさで、沢里のお母さんが私たちの前に表れた。女優帽から覗く目が目が少し赤くなっている。


「二人とも、すっごくよかったわ~!」


「ありがとうございます!」


 手と手を取り合って喜び合う私たちを尻目に、沢里は石像のように動かなくなってしまった。


 どうしたというのだろうか。せっかくお母さんが労いに来てくれたのに。その理由は沢里の視線の先にいる一人の女性にあるようだった。


「Hey!!」


「げっ」


 健康的に焼けた小麦色の肌、スポーティなタンクトップとホットパンツからはすらりとした長い手足が伸びる。英語まじりの女性はレイバンをずらして沢里の顔面スレスレまでにじり寄って言った。


「よお! 久しぶりだなハル!!」


「ね、ねーちゃん……」


「姉ちゃん!?」


 よく見るとsawaさんそっくりな彫りの深い顔立ちをしている。私の叫びに沢里のお姉さんはこちらを見て笑みを深めた。


「【linK】!!」


「はいっ」


「Good job!! いいステージだったよ!」


「ありがとうございます!」


 お姉さんの勢いにつられて垂直にお辞儀をすると、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。片方の手で沢里の首を締め上げているお姉さんは性格もとてもお父さん似のようだ。


「いつ日本に戻ってきたんだよ!」


「昨日! お前のライブを観に来たに決まってンだろ!」


「わざわざ海渡って来んなよ! ネットがあるだろネットが! いてててて!」


 ぐりぐりとこめかみをやられている沢里を沢里のお母さんと一緒に見守る。


「うちのお姉ちゃんはアメリカでダンスをやってるのよ」


「ダンサーさんですか!」


 どうりでしなやかな筋肉を持っている。沢里家の才能が眩しい。


「ところであんたたち海外進出は興味ないのか?」


「へ?」


「ここまで大騒ぎになってんだ。海外のメディアで取り上げられる可能性だってあるだろ! なんかあったらあたしに言いな!」


 お姉さんの強烈なパワーにされるがままSNSのIDを交換する。


 ネットで注目されると言うことは外国の人にも見られるということだ。現に【linK】の動画には外国語のコメントも見られる。遠いようで実は近い。


 沢里が息絶える前にお礼を言って、台風のように去っていくその背を見送った。


「パワフルで素敵なお姉さんだね」


「加減を知らないんだよ!」


 ぜえぜえと肩で息をする沢里の新たな一面にほくそ笑んでいると、恨めしそうに見上げられた。


 沢里家が少し羨ましいと思ったことは内緒だ。


 ふとこちらに歩いてくるその姿を見つけて、私は大慌てで道の先にいる柾輝くんに向かって猛ダッシュした。


「柾輝くん! ちょっと! ちょっと!」


「は? おい凛夏!?」


 【モルフォ】の方々に頭を下げて柾輝くんを借りる。私たちのスペースに戻った時、その人は沢里と談笑していた。


「やー! 凛夏ちゃん、Masakiくん! 二人ともおめでとう!」


 日に焼けて赤くなった顔をにこにこさせて、義父その人が立っていた。よく見ると【モルフォ】のグッズTシャツを身に着けているあたりしっかりライブを楽しんでいた様子だ。


「あれ、いつものおっちゃん。来てくれてたのか!」


「もちろんだよ!」


 いつものおっちゃん。柾輝くんの義父の呼び方がおかしくて私は笑ってしまう。


「柾輝くん、この人、私たちの今のおとうさん!!」


「は!?」


「まあMasakiくんは再婚時にはもう疎遠だったから、親として会うのは初めてだねえ。なんなら戸籍謄本見るかい?」


「マジで……?」


 いつもライブに来ていたファンが義父だと言われたら誰だって混乱するだろう。柾輝くんはしばらくフリーズして、頭を抱えてしまう。


「リンカん家って複雑だよな」


「そうなのかも」


 義父と沢里と一緒に笑う。義父と家のことで笑い合えるようになったのはつい最近だというのに、ずっと昔から仲がよかったような気分だ。


「君たちのお父さんとは地元が一緒でね。片田舎だったから小学校から高校まで一緒だったんだ。よくギターを聴かされたもんだよ。で、感想を求められるから困ってしまったね」


「父さんと?」


 柾輝くんは驚いた顔で義父を見つめている。


「ああ。あいつがデビューしたときに手紙を書いてそれきり連絡を取っていなかったんだが……不思議な縁もあるものだね。こうして君たちの家族になれたんだから」


 義父はしみじみと言って空を見上げる。義父にもきっと色々なことがあって今ここにいるのだろう。前妻とは死別したと聞いている。


 家族の形は難しいけれど、私たちは今こうして同じ空を見上げている。


 それはやはり奇跡だと思うのだ。


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