第40話


 ▽


 ライブが終わると出演者たちで観客の見送りをするのがサワソニの通例らしい。


 会場の退路に出演者が並び、握手や写真に応じる。つまりささやかなファンサービスを提供するのだそうだ。


 賞をもらった後に襲ってきた疲労感のせいで私はフラフラしながらも、生まれて初めてサインをした。


 沢里は悟りを開いたのかお地蔵さんのような顔で握手に応じている。


 私たちの先にはMVPに輝いた【モルフォ】がいるのでそちらに人が集中していき、しばらくすると私たちの周りは落ち着いてきた。


「凛夏ーーー!!」


 待ち望んでいたその声を私は笑顔で迎える。


 すっかり日焼けした顔を涙でぐちゃぐちゃにした土井ちゃんは、駆け寄ったそのままの勢いで抱き着いてくる。私は両手を大きく広げてその体を受け止めた。


「めちゃくちゃよかったーー! もう私今日のこと一生忘れない!!」


「土井ちゃん、変顔ありがとう! 緊張が吹っ飛んじゃったよ」


「土井の声すげー聞こえたわ。サンキューな」


「あんたたち最高! 受賞おめでと! 私の中ではMVPだよっ」


 土井ちゃんは片手で私を抱きしめ、片手で犬を撫でるように沢里の頭をわしゃわしゃした。こんなに喜んでくれるなんて、感無量だ。


 ふと土井ちゃんの背後に一人の女子がいることに気付く。


 土井ちゃんが誘った友達だろうか。深くキャップ帽を被り俯いているので心配になり土井ちゃんに目で訴えると、土井ちゃんは思い出したようにその子を私たちの前に引っ張り出した。


「ほら、言うことあるんでしょ!」


 まだ俯いてモジモジとしているが、その雰囲気に覚えがある。私はその子の帽子のつばをつまみ、くいっと上に持ち上げた。


「あ」


「み、美奈!?」


 いつもの派手なメイクをしていないが、確かにあの美奈だ。


 私に掴みかかってきた時とはうってかわって恥ずかしげにまたキャップで顔を隠してしまう。


 土井ちゃんが連れてきたのだったらどういう風の吹き回しなのか。したり顔の土井ちゃんが説明し始める。


「実は、美奈が【linK】の曲聴いてるのを偶然知ってね。これはもうライブに連れて行かなきゃと思ってチケット渡したのよ。もちろん正体は知らせないままでね。いやー二人の正体を知った時の美奈の顔見せてあげたかったー! あっはっは実に愉快!!」


「ど、土井ちゃんたら……」


「発想がもはや仕掛け人」


 高笑いする土井ちゃんを横目に、押し黙る美奈に向き直る。


 美奈には散々悩まされたとはいえ、今の状況は少しかわいそうだ。お気に入りのアーティストの正体が嫌っているクラスメイトだったなんて。なんと言えばいいか悩んでいると、美奈がぽつりとなにか呟いた。


「……、」


「え?」


「ライブ、よかった。色々ごめん!!」


 聞き返すと美奈は突然叫び、持っていた紙袋を押し付けてきた。


 私は目を白黒させながら、不器用に謝られたのだと理解する。


「【linK】に渡したくて作ってきたんだって」


「え……」


 袋の中には可愛らしい一体のクマのぬいぐるみが寝かされていた。そしてそのクマは【linK】のロゴが刺繍されたTシャツを着ている。


 私と沢里は目玉が転がり落ちる寸前まで目を見開いた。


「えっ。こ、これ、美奈が作ったの? クマも? 手作り??」


 美奈は顔を真っ赤にしてしゃがみこんでしまった。


 その様子にようやく本当なのだと理解して、私もしゃがんで美奈の目線に合わせる。


「私がもらっていいの? 沢里じゃなくて?」


「うん……」


「ありがとう」


 ファンからの心のこもった贈り物を、私はぎゅっと胸に抱く。それを見て美奈はぱっと駆け出してしまった。


 慌ててその背中に「また学校で!」と叫ぶ。


 美奈はくるりとこちらを振り向いて


「あなたたち、お似合いだと思う!!」


 そう言い残して行ってしまった。土井ちゃんも「またね!」と言って美奈を追いかける。


 嵐のような二人組になんだかおかしくなって沢里とくすくす笑った。


 次に美奈と学校で会ったらどんな顔をされるだろう。


 少なくとも私はきっと、笑っておはようを言えると思う。



 美奈と土井ちゃんの背中を見送った数分後、沢里の表情からふと笑顔が消えた。


 見ると男子数人が私たちの前で立ち止まって、なにかを言いたそうにしている。


「お前ら……」


 もしかしなくても沢里の前の学校の人たちだ。


 私はばっと前に出て、「今日は来てくれてありがとう!」と思い切り叫んだ。


 沢里がぎょっとするのが伝わってきたが、彼らを呼んだのは私なのだから、礼を言うのは道理だ。


「私の相棒どうでしたか! 歌もギターもめちゃくちゃ上手いんですよ! 背も高いしかっこいいでしょ! 【haru.】っていうんですけど今ならなんとむぐっ」


「通販番組か!」


 必死のアピールの途中で沢里本人に口を塞がれた。沢里の魅力を私の口から伝える機会は今しかないのに。


 彼らは「【linK】だ」「本物だ」とざわめきながら若干身を引いている。


「久しぶりだな」


 私を下がらせた沢里は毅然と彼らに話しかけた。堂々としているけれど、やはりどこかひりついている気がする。


 彼らは顔を見合わせて、「おう」とか「ああ」など煮え切らない返事をする。


 すると一人が沢里に対して言い辛そうにもごもごしながら切り出した。


「お前、こっちの学校戻ってくれば?」


「え?」


「だってなあ」


「サワソニで受賞したってことはその道まっしぐらってことだろ? だったらうちの学校の方が……」


「もう誰もお前の実力疑わないし……」


「ついでに【linK】も」なんて呟きも聞こえてきたがスルーして沢里を見る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る