十六、アフター・ザ・ステージ

第39話

 出番が終わってからの私たちは純粋にライブを楽しんでいた。たくさんのグループの様々な音楽に触れ、創作意欲がかき立てられる。いますぐに作曲したい気分ともっと生歌を聴いていたい気持ちでうずうずしながら、あっという間に過ぎていくライブの時間を心から堪能した。


 全ステージが終わり、出演者が舞台裏に集結する。これからMVPの発表があり、呼ばれたらステージに上がることになっているからだ。


「サマソニ最後の時間がやってきました! いよいよMVPを発表します。今回のMVPは――――【モルフォ】!!」


 ライブの後半に圧巻のステージを魅せた【モルフォ】がMVPをとった。そう、柾輝くんたちの激しいサウンドと会場の盛り上がりは今日一番だったのだ。私は自分のことのように嬉しくなってしまって、ステージに上がる柾輝くんに絶え間ない拍手を送る。


「はー! すごいなMasakiさんたち……悔しいけどかっけーわ」


「うんうん、かっこいいね!」


 拍手をし過ぎて手が痛くなった頃に沢里がしみじみと言った。私も激しく同意する。


 沢里はそんな私の肩にちょんちょんと触れ、こっそりと囁いた。


「なー……リンカって、Masakiさんのことどう思ってるんだ」


 なぜか遠慮がちに尋ねてくるが、そんなの答えは決まっている。


「柾輝くんはずっとずっと、私の自慢のお兄ちゃんだよ」


「え?」


「え? なに? そう言うこと聞いたんじゃないの?」


「お、お兄ちゃん!?!?!?」


 私の答えに沢里は突然驚いた声を出し飛び上がった。舞台裏だというのに大きな声を出すから他の出演者の注目を浴びてしまって、私は焦って沢里の口を両手で塞いだ。


「ちょ、うるさいって!」


「だってリンカの兄貴はたしかトオルって人じゃ」


「あれ、言わなかったっけ? 透流さんは今のおとうさんの連れ子で、柾輝くんは血が繋がってる実の兄だよ」


 沢里には家のことや過去のことをなんでも話していたつもりだったが、その分なにを話していないか自分でも分からなくなっている。その驚きようを見る限り、私は柾輝くんとの血縁関係を話していなかったようだ。


 沢里は数拍黙り込んだ後、へなへなと膝を折ってしまった。


「な、な、なんだよもー!! あーー! 俺すげー恥ずかしいじゃん!」


 赤い顔を腕で覆う沢里。


 やはり【linK】のコーラスの件で柾輝くんと張り合っていたのだろう。


 本番前の唐突な支える宣言もきっとそのせいだ。


 実の兄だと知って少しは分かってくれただろうか、張り合う必要がないことに。


「大丈夫、私の相棒は沢里だけだよ」


「~~っ! まあ今はそれでいいけど!」


 私の本心から出た言葉はとりあえず受け取ってもらえたようなので、ステージ上で続く受賞の様子を引き続き眺める。


「そして! 今回から始まったネット投票の結果を発表します! ネット投票最多得点賞はーーー【linK & haru.】!」


 その突然のアナウンスに私たちは顔を見合わせる。


「ネ、ネット投票?」と問うと、沢里はがくがくと頷いている。


「【linK】はネットファンが多くついていますからねー。次世代への期待も込められているでしょう。若人よおめでとう!  ステージへどうぞ!」


 名前を呼ばれたことが信じられずに戸惑っていると、他の出演者たちにばんばん背中を押され、私たちは転がるようにステージに飛び出した。


 今回から始まったというネット投票。きっといつも応援してくれていたネットのファンが票を入れてくれたのだ。SNSで今日のライブのことをフォロワーたちに知らせていないにもかかわらず。


 言葉が出ない。私は見えないところでも支えられていた。その事実にまた視界がにじんでしまう。


 曲を作り出して間もない頃、数少ないコメントが嬉しかった。


 少し有名になってからも、変わらずがんばれと応援してくれた。


 アンチに悩まされていたら、めちゃくちゃに宣伝をして励ましてくれた。


【linK】が好きだと伝えてくれた。


 顔も知らないフォロワーあなたたちに、私はずっと助けられていたのだ。


「今の気持ちをどうぞ!」


 司会者にマイクを向けられる。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、必死に声を絞り出した。


「音楽を、やっててよかったって、心の底から思います。本当にありがとう」


「ありがとうっございますっ!!」


 とても感謝を伝えきれない。途切れ途切れに礼を言うと、感極まりすぎて語彙力が失われた沢里も後に続く。


 盾と記念品がもらえるとのことで、沢里には記念品が手渡され、私はsawaさんから盾を受け取る。その際にこっそりと小さな包みも手渡された。


「これ、うちのスタジオの合鍵。娘、よくがんばった!」


 耳元でぽそりと伝えられ、私は泣きながら笑ってしまった。一曲歌い切ったら沢里家のスタジオを使わせてくれる。その約束をすっかり忘れていたからだ。


 私たちは中継のカメラに向かって全力で手を振った。


 画面の向こうに伝わるように。


 ありったけのありがとうの気持ちを込めて。


 ずっとずっと。

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