第37話

「もしかしなくても私たちめちゃくちゃ浮いてない?」


「つーかあっちのいかついパンク系の人たちすげーこっち見てる……!」


 沢里の言ういかついパンク系の人たちに目を向けると、どこかで見たことがあるようなモヒカン頭とヒョウ柄シャツのお兄さんがこちらにずんずん向かってくるところだった。身を引く間もなく、私はなぜかモヒカンのお兄さんにひょいっと首根っこを掴まれてしまう。


「ぴゃっ!?」


「んーーーやっぱりこの子、まーくんの所の子じゃない?」


「やっぱそうだよなあ。見たことあるし。迷子? 客席はあっち」


「えと、あの」


「おお俺たち迷子じゃないです」


 普通に話しかけられているだけなのに二人そろっておどおどしてしまった。しかしやはりこの二人の強烈な見た目に見覚えがある気がする。


「おーいMasaki!」


 ヒョウ柄さんが後ろを向いて聞き慣れた名を呼ぶ。「え?」と声を出すと同時に見知った顔がひょっこりと現れた。


「ま、柾輝くん!?」


「凛夏!?」


 こんなところで会うはずがない兄の姿に一瞬思考が停止する。モヒカンヒョウ柄コンビに見覚えがあったのは、柾輝くんのバンドメンバーだからだ。


「おまっ……なにやってんだこんなとこで!?」


「そっちこそ! って、もしかして」


「まさかお前が出るライブって」


 お互い顔を見合わせて、金魚みたいに口をパクパクさせることしかできない。


 まさか柾輝くんもサワソニの出演者だったなんて。そういえばライブのスケジュールなどは全て沢里にまかせっきりだったので、私は他の出演者を知らない。


 そして私たちはsawaさんのゲスト枠なので、柾輝くんも知りえなかったというわけだ。


 私は自分の顔が喜びで緩んでいくのを感じていた。


 柾輝くんと同じ舞台に立てる。柾輝くんに私たちの生演奏を聴いてもらえる。


 そんなの興奮せざるをえない。一度諦めたがやはり嬉しいものは嬉しい。


「いやいやいや、んな嬉しそうな顔すんな! 大体なんでお前がサワソニに出れるんだよ!? 俺たちだってインディーズの選抜に選ばれてようやく今年初めて出れるってのに!」


「それはsawaさんに出ろって言われたから……」


「エッ!?」


 ピシリと石化する柾輝くんの代わりにモヒカンさんが口を開く。


「じゃああなたたちが今日のゲスト?」


「はい、そうです」と沢里が答えると、柾輝くんたちは驚いて顔を見合わせた。


「じゃあMVP狙っちゃったりするの? だったらライバルね」


「MVP?」


 首を傾げると柾輝くんが呆れたように説明してくれる。


「今日の出演者の中からMVPに選ばれたアーティストはsawaさんにプロデュースしてもらえるんだよ」


「そうなんだ」


「そうなんだってお前……」


 がっくりと肩を落とす柾輝くんの背をお仲間がぽんぽんと叩いている。そんな反応をされても知らなかったものは知らなかったのだから仕方がない。


 それにしても嬉しい。胸が躍る、ワクワクする。柾輝くんの歌を聴ける、沢里と一緒に歌う姿を、一歩踏み出した私の歌を聴いてもらえるのだ。


 ふと柾輝くんの目が私の後ろでじっと黙っている沢里を捉えた。そういえば沢里をほったらかしにしていた。はっとして沢里の腕を取り、柾輝くんの前に連れ出す。


「あ、紹介するね。こっちが……」


「お前が【haru.】か」


 柾輝くんの問いに沢里は神妙な顔で頷く。


「は、はい。あなたがMasakiさん……ですよね。【linK】のコーラスをしていた」


「あ? まあそう言われたらそうだな」


「あのっ俺、Masakiさんに負けないくらい【linK】のことを支えますから!」


 沢里の突然の宣言に柾輝くんと一緒にぽかんとしてしまう。


「き、急にどうしたの沢里?」


「宣戦布告?」とヒョウ柄さんに突っ込まれると、沢里ははっと我に返ったようで、「生意気言ってすんませんっ」と頭を下げた。


「でも俺本気っす!」


「ほんとどうしちゃったのよ沢里……」


 ゴールデンレトリバーがオオカミに挑もうとしているようにしか見えない。


 コーラスのことで柾輝くんと張り合っているのならお門違いだ。沢里はもう私のコーラスではなく、隣に立ちともに主旋律を歌う相棒なのだから。


 そう言おうとすると、なにかを察した様子の柾輝くんが私たちの頭にぽんと手を乗せて言った。


「【linK】、【haru.】。お前らのステージ楽しみにしてる」


「はい!」


「あ、うん。お互い頑張ろうね」


 【モルフォ】がサワソニに出演するなら、きっと義父も喜ぶに違いない。そして、母は柾輝くんのバンドを初めて見ることになる。最近の母の様子から、怒って帰ってしまうなんてことはないだろうが少し心配ではある。


 奇しくも同じステージに息子と娘が立つことになろうとは。天国の父も考えていなかっただろう。


 離れていく柾輝くんの背中を眺めていると、隣から沢里の咳払いが聞こえてきた。


「喉の調子おかしい?」そう聞くと複雑そうな顔をされてしまったので、とりあえずのど飴を与えておこうと思う。

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