十四、シンキング・アバウト・ユー

第34話

 いつもどおり登校して、いつもどおり授業を受ける。いつもどおり土井ちゃんとランチタイムを過ごし、いつもどおり放課後は沢里と歌う。


 いつもどおりじゃなかったのは私だけだった。


「リンカ、お前……!!」


「さ、沢里。私、今……」


 震え始める体を止めもせず沢里に向き合い、それが事実かどうか確認する。


 あまりにも唐突で自然な流れだったために、脳が混乱していて自分では判断がつかないのだ。


 沢里は頭が取れそうなほど頷いている。


 そこでようやく私は、自分が沢里と一曲歌い切れたことを理解したのだった。


「今、二人で、最後まで歌えたよね!!」


「やったーー!!」


 息が続くこと、声を合わせること、そして曲を歌い切ることの喜びに思わず沢里と一緒に飛び跳ねる。


「リンカ……お前は、お前ってやつは!!」


 沢里はさらに大げさに床に崩れ落ち歓喜の声を上げている。そこまで喜ばれるとどうしたらいいのか分からなくなってしまうが、とにかく第一目標である二人で一曲歌い切ることに成功し、私はほっと胸をなでおろした。


「あー、よかったー」


 床に転がったままの沢里がしみじみと言うのを聞いて、これまで多大な心配をかけていたことを思い出し、私は膝をついて沢里の顔を覗き込んで礼を言う。


「沢里のおかげだよ。ありがとう!」


「俺の方こそありがとな! でもこれで終わりじゃないだろ?」


 そう、最終目標はサワソニの舞台で歌うこと。本番はもう一週間後に迫っている。たった一回の成功できゃぴきゃぴ喜んでいる場合ではない。


 しかし頭では分かっていても顔が勝手に緩んでしまうのだから仕方がない。


「俺らには当日リハしかないんだ。それも音響調整メインだからな。本番に向けて仕上げていこうぜ」


「うん!」


 ライブの前日リハーサルは学校があるため参加できない。sawaさんに学校を休んで行くと言ったが「学業優先!」とのことで許可されなかった。


 そのかわり当日リハーサルの時間を他の出演者よりも多めに貰えることになったが、それも音の微調整で終わってしまうだろう。


「沢里、もう一回頭からやろう」


「おう! さっきのはまぐれじゃないって証明してくれよな!」


「うん!」


 私は大きく息を吸い、ピアノに手をかける。歌に不安があるとピアノの音も霞む。ようやく気持ちよく奏でられそうだ。沢里のギターもより心地よく響いている気がする。


 歌いながら思う。私は音楽が好きだ。ライブに向けて自分の音を見つめ直して改めて気付いた。もしかしたらsawaさんはそこまで考えていたのだろうか。だったらすごい、そうでなくてもすごい。私は多くの人に支えられて音楽を続けている。その感謝の気持ちをライブ当日にきちんと届けられるように。


「練習あるのみ、だね」


「ああ、そうだな」


 私たちはこつんと拳を合わせ、ライブ当日に思いを馳せた。


 私たちは高校生ゲストという扱いで観客の前に立つ。【linK】と【haru.】と名乗ったところで知らない人もたくさんいるだろう。ましてや観客はプロの演奏を聴きに来ているのだ。サワソニという大舞台に相応しくないのではないか。考えなかったこともない。


 しかしもう私たちは歌うしかない。


 観に来てくれる人達に、私たちのことを歌で伝えるしかないのだ。


 本番まであと一週間。



 ▽


 家で一人、母の作った夕食を黙々と食べる。その時間は家族のことを考えることが多い。


 ポテトサラダのじゃがいもは粗めに潰した方が好き。

 母の作る料理で一番おいしいと思う。


 小さい頃よく食卓に並んだ素朴な小鉢。柾輝くんの嫌いなミニトマトを食べてあげたら、それを見た母が怒って柾輝くんの口にミニトマトを突っ込んでいた記憶。


 母はもう忘れてしまったのだろうか。


 懐かしい味のポテトサラダを口に入れ、ふと考える。


 家族にはもうライブのチケットを渡した。柾輝くんは残念ながら予定が合わなかったけれど、義父、母、透流さんは招待しようと思っていた。


 義父は「野外ライブなんて久しぶりだよ」と言ってにこにこしながら受け取ってくれた。


 透流さんには「息もれが治ったか確認させてもらおう」なんて言われてしまったが、観に来てくれるようでよかった。


 問題は母の反応だ。義父と透流さんがチケットを受け取るのを見て、同じように受け取ったまではよかったのだが。


「そう……」


 たったそれだけ言い残して自室に閉じこもってしまった。


 前は好きにしろと言ったじゃないか。私はそのそっけなさに驚きを通り越して怒りを覚え、拳を震わせて母に突撃しようとしたが、あえなく義父に止められてしまった。


「大丈夫、ライブには必ず連れて行くから。そっとしておこう」


 そう優しく諭されては私も引き下がるしかなかった。


 父の弾くギターを聞きながら幸せそうに笑っていた母は、どうしたら戻ってきてくれるのだろう。


 私は知っている。母が部屋で時々父の歌を聴いていることを。売れない歌手だった父が出したCDを、繰り返し。


 母は音楽が嫌いではないはずだ。柾輝くんと大喧嘩をして、後に引けなくなってしまっただけに違いない。


 過去の母と柾輝くんの争いを知っているからこそ、母には私たちが音楽を愛していることを認めてほしい。


 ライブで歌っている姿を見れば少しは分かってくれるのだろうか。

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