第25話
▽
沢里に謝ると決めたものの、私は自室でスマホとにらめっこしていた。
夜はまだ更けていない。
まずはメッセージを送るべきか。それとも明日面と向かって謝るべきか。顔を見て話した方がいいのは分かっているが、こんなことがあった直後に二人きりになれる保証もない。
「あーどうしよう」
悩んでいるうちに時間は過ぎていく。気分転換に新曲の動画を流そうと、パソコンをつけてSNSを開く。
動画投稿に特化したそのSNSでは多くのコメントが寄せられる。肯定的な言葉と否定的な言葉で混沌としているのはいつものことだが、見慣れないコメントがあることにふと気付く。
「コーラス変わっちゃった」
「前の方がいい」
そんな言葉が散見されるコメント欄に私は押し黙った。
新しいことをしようとすると、反発されるのが世の中だ。コーラスも全て私一人で歌った曲にだってアンチコメントはつく。初めの頃は一言一言に傷つき悲しくなったが、【linK】を続けていくにつれてそういうものだと学んで今に至る。
しかし沢里がこのコメントを見ていたら? 今頃悲しい気持ちになっているのではないか。
むしろ見ていたからこそ私の無遠慮な言葉に涙してしまったのでは?
『俺じゃあだめなのか』
そんな沢里の呟きを思い出し、いてもたってもいられずスマホをタップする。メッセージを送るかどうかで悩んでいたことも忘れて迷わず通話ボタンを押した。
短いコール音の後に「はい」という沢里の声が聞こえた瞬間、私は我に返る。話すことをなにも考えていなかったことに気付き、自分の阿保さ加減に呆れて頭を机に打ち付けた。
「リンカ?」
「あーごめん、思わず電話しちゃった。今って平気?」
「思わずってなんだよ。俺も丁度連絡しようとしてた。今日は本当にご」
「だーー! だめだめだめ!!」
ごめんと続くだろう沢里の言葉を遮りたくて大声を上げてしまった。沢里の困惑が見えずとも伝わってくる。私はこれ以上沢里に謝らせないよう必死にスマホにかじりつく。
「謝るのは私の方! 酷いこと言って本当にごめん! 心にもないこと、軽率に言った。沢里を傷つけるってよく考えたらわかることだったのに……ごめんなさい。許してほしい」
言うべきことを一息で言い、私は沢里の反応を待つ。しばしの沈黙の後、沢里の弱々しい声が聞こえてきた。
「心にもないことって?」
「え、だから……動画に出さないってこと」
「じゃあ俺またリンカのコーラスできる?」
「うん! 沢里さえよければまたお願いしたいよ!」
そこまで言うと沢里は長いため息を吐いた。そして緊張が解けたような、安心したような声で「よかった」と呟く。
「コメント見ただろ? 俺のコーラスが受け入れられないって思ったらすげー苦しくてさ。リンカにもういらないって言われたらどうしようって不安だったんだ。だからって泣くことないよな! いや、すまん! 俺かっこ悪いし情けないわ」
「だから、謝らないでってば。私が悪いの。それに、アンチコメントは気にしないで。今に始まったことじゃないし」
「ああいうのとも一人で戦ってたんだなリンカは。すげーや」
「相手にしてないだけだよ」
沢里は私を許してくれたようだ。しかしその声に覇気は戻らない。沢里の心はまだ晴れていない。私は胸が詰まる思いで沢里に語りかけた。
「沢里は私のこと何度も助けてくれたのに、私はそんな沢里を苦しめて泣かせちゃって。酷いやつだと思ったでしょ? これじゃあ釣り合ってないって言われて当然だよ。コーラスも、もしやりたくなくなったらいつでもそう言って」
私が沢里のコーラスを気に入ったからと言って、沢里を捕まえておく権利はない。いつでも私から離れていいのだ。沢里にはいやいや歌ってほしくない。
「違うんだよリンカ」
「え……?」
しかし沢里はまた辛そうな声に戻ってしまう。また言葉を選び間違えたかと冷や冷やしていると、沢里がゆっくりと切り出した。
「釣り合おうと必死なのは俺の方だよ。知ってるか、最初にピアノ弾けって言われた時、めちゃくちゃ手震えてた。上手くできなくてリンカに失望されたらどうしようって。だからリンカが、自分が釣り合わないから離れようとするのはおかしい。俺のことがもういらなくなったら、リンカがちゃんと言ってくれ。俺が釣り合ってないって言ってくれよ。そうしたらまだ諦めが――」
そこまで言って沢里は一度息を吸った。
「つかない! 全っ然つかない! 諦められない。もっと頑張るから、コーラス続けさせてくれ! 【linK】の世界に俺も入れてくれよ!」
沢里の真剣さが痛いほど伝わってくる。【linK】を特別に思ってくれていること、もっと歌いたいと思ってくれていること。その覚悟がスマホ越しにひしひしと感じられた。
私にその思いに応える覚悟があるか。こんなにも考えてくれている沢里と、体面を気にせずやっていく自信を持てるか。
「沢里はなにも悪くない」
沢里の気持ちに応えたい。理由はそれだけでいい。例え誰かに文句を言われても、沢里がいてくれるならいい。
「私に覚悟が足りてなかった。私がぱっとしないから人気者の沢里とつるむのはおかしいって、心のどこかでずっと思ってた。釣り合う釣り合わない関係なく、曲のためには沢里の力が必要なのに。アンチと真っ向勝負する勇気が私にはなかった……。沢里がこんなにも望んでくれているのに。私は――」
「私ももう、外野になに言われても沢里のこと諦めない。だからお願い、私のために歌って」
沢里を泣かせてしまった重罪は、歌で償う。私にはそれしかできないし、なによりきっと沢里がそれを望んでくれると信じている。
「~~~っ最初からそうしてる!」
焦ったような怒っているような珍しい声で沢里は言った。私はそれもそうだと納得する。沢里は最初からずっと【linK】の熱狂的なファンであり、私の絶対的な味方なのだ。
「うん……そうだね」
「今日だっていろいろ話があったのに。まあ土井には敵わないよな。パンケーキうまかったか?」
「全然。ずっと沢里のこと考えてたから。味なんて覚えてないや」
そう言うと沢里は黙ってしまった。続く沈黙に充電が切れてしまったかと思いスマホ画面を確認するがまだ余裕がある。もしもしと呼びかけると盛大なため息が聞こえてきた。
そのまま「話ってなんだったの」と問うと、沢里は思い出したように話し始める。
「そうだ、うちの親父に息もれのこと聞いてみたんだよ。そしたら一度家に連れて来いって。だから週末あいてる?」
「え?」
ひとつ事が済むとまたひとつ選択肢が現れる。まるで私たち二人、生き急いでいるようではないか。
沢里は私を救うが、同時に翻弄することも得意なようで少し困る。
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