第23話
「沢里くんの馬鹿!!」
ドラマでしか聞かないような捨て台詞にぽかんとする私を、土井ちゃんが無理やり立たせる。大丈夫かしきりに問う土井ちゃんにこくりとひとつ頷くと、土井ちゃんは戸惑いの表情で状況を教えてくれた。
「凛夏が美奈と話してるのずっと影から覗いてたんだけど……凛夏が掴みかかられたときに止めに入ろうとしたの。そしたらそれよりも早く沢里クンが飛び出して行って……」
その簡潔な説明に再度頷き、おそるおそる沢里を見る。
沢里は私に背を向けたまま美奈の背中をしばらく眺めた後、くるりと振り返り奇妙な笑顔を浮かべた。
「リンカ、大丈夫だったか。いやーなんだかまた迷惑かけたみたいだな。ごめん」
「沢里のせいじゃ……」
「とりあえず教室戻ろうな。はい皆さん解散解散―!」
沢里の鶴の一声で野次馬が散っていく。その内の何人かに「どんまい」と声をかけられ途端に恥ずかしさが襲ってきた。沢里は私の肩を一回叩いて、購買の方に歩いて行ってしまった。土井ちゃんの小さい体に隠れるようにして、私は教室に戻り、邪魔の入ったランチタイムを再開する。
「もっと早く止めればよかった。本当にただの話だったら悪いなと思って、尻込みしちゃった。今度から美奈に呼ばれたら私も行くから!」
「ううん、いいの。私が嫌われてるだけだから」
「言ったとおりになったね」
「え?」
「ミーハーに目を付けられて、大変なことになるって」
「ああ……」
お弁当を早食いしながら、「【linK】の新曲語る時間なくなっちゃった!」と嘆く土井ちゃん。大変なことになると分かっていていつも駆けつけてくれる、大切な友達。
「沢里クンは凛夏のことをかばったんだね」
美奈が言っていた、あの先輩たちにキレたというのが本当のことだったら、最近平穏に過ごせていたのはそのせいだったのかもしれない。
そのしわ寄せが美奈にいって、美奈は私に怒っていたのだろう。美奈の行動はわけが分からないし自業自得とも思うが、そこに沢里を巻きこむのはやめてほしかった。
最近思ったのだ。沢里が感情のない表情をするのは、怒っている時なのではないかと。人間らしさを失ってしまったあの顔を見るとぎくりとしまうのは、その怒気を無意識に感じていたからなのではないか。
だったらなるべく沢里には笑っていてほしい。私のことで怒ってほしくない。
「それにしても美奈むかつくー! ねえ凛夏、今日こそパンケーキ食べに行こうよ!」
「あ、うん」
土井ちゃんは分かりやすくぷりぷり怒る。そして切り替えが早い。その性格は私を安心させ、ずっと友達でいたいと思わせてくれる。
なら、沢里は?
『全然釣り合ってないのにどうしてよ!?』
美奈の叫びが脳内に反響する。釣り合っていないことは私自身がよく理解していた。
新曲完成の喜びに陰りが生じる。沢里は私の救いであり、私を歌わせる力を持つ特別な存在。
しかし釣り合っていない私がそばにいることで沢里の交友関係が悪くなったら?
現にさっきも私のせいで悪目立ちしまっていたし、美奈とももう上手くやれないかもしれない。
自分が標的にされるだけならまだいい、けれどもしもまた沢里が私をかばうのならば。
「凛夏?」
「ん、なんでもない」
それは友達として看過できない。
▽
臆病になったらなかなか抜け出せない。学校では【linK】と【haru.】ではいられないのだから、沢里のためにも学校では関わらない方が無難ではないか。
これまでは美奈のようなアンチの言うとおりになるのが癪だったから普通に接していたが、そのせいで沢里にもアンチがつくようになったら私の責任だ。
好意をないがしろにした側が、どんな目で見られるか私はよく知っている。
ぼんやりと午後の授業とホームルームを終え、ゴミだし当番の仕事にとりかかる。教室のゴミをひとつにまとめて集積所に持っていくだけなので、終わった頃に丁度図書室に本を返しに行った土井ちゃんと合流できるはずだ。
ゴミ袋を引きずらないように運んでいると、ふわりとゴミ袋が宙に浮き、私は爪の引っかかった猫のようにつられて上に伸びてしまった。
「うわわ!?」
「よ、リンカ」
「沢里?」
「これから時間ある?」
ゴミ袋を私の手から奪い取った沢里に上から覗き込まれる。昼休みの出来事はまるで気にしていないといった様子だ。私は戸惑いを覚えつつゴミ袋を取り返そうとするが、沢里の頭の上まで持ち上げられてしまったそれに手が届くわけもなく、仕方なしに返事を待つ沢里に首を振る。
「今日は土井ちゃんとパンケーキ食べに行くの」
「……そっか」
「あの、沢里。先輩たちにキレたって本当なの?」
私の問いかけに沢里の目が丸くなる。
先輩三人組に絡まれてから沢里は私への過剰なミーハー的態度を改めていたはずだ。そのおかげでもうなにも言われなくなったのだと勝手に思っていた。しかし実際はそうではなく、沢里が直接先輩たちを黙らせていたのだとしたら。
「私のことかばわないでよ」
それは心からの懇願だった。沢里にかばわれなくてもアンチに負けるつもりはない。沢里はなにを考えているのか分からない目をこちらに向けて――そしてそのまますたすたと歩きだしてしまった。
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