第21話

「その頃は家でもごたごたしてて、周りに相談できる人もいなかった。友達もほとんど合唱部の子だったから、結局卒業まで私を避けていたし。……正直、どうすればよかったのか今でも分からないの。頑張って頑張って、上手くいかなかった。それだけじゃなくて私は疎まれる存在になってしまった。息もれは多分、そのことを思い出して体がすくんでしまっているから起こるんだと思う。私は人と歌うのが……怖い。昔の仲間にまだ歌を続けてるって知られるのも怖いの」


 手の中のアイスが溶け切ってしまうまで、沢里は黙って私の話に耳を傾けていた。


 つまらない話だと思われただろうか。ちらりと沢里の方に視線を向けると、沢里はどこも見ていないような目をして食べ終わったアイスの容器を握りしめていた。


 その表情に背筋が冷える。爪を割ってしまった時に見た、感情の抜け落ちた顔だ。


「あの、沢里?」


「俺はリンカと死ぬほど一緒に歌いたいのに、歌えなくしたそいつらが許せない」


「え?」


「どいつもこいつも俺の邪魔をする」


 そう言って苦々しい表情を浮かべた沢里を、私は思わず穴が開くほど見つめてしまった。想像していた反応と違う。なにかもっと、過去の私について言及されると思った。


 なぜ大切な時期に部長をふったのか、どうして肝心な本番で失敗したのか。私の胸に深々と刺さっている後悔の棘に、沢里はちっとも触れない。疑問に思わないのだろうか。私は今でも私の行動が正しかったと思えないのに。


「どうしてそう思うの?」


「リンカはなにも悪くない。じゃあリンカは、部の雰囲気を壊さないために好きでもないやつと付き合っていればよかったと思うか? 俺は思わない。絶対に思わない。断言する、リンカは間違ってない!」


 真剣で、優しい沢里の目がまっすぐ私を見つめている。


 それは遅れてきた救いだった。


 あの時誰も言ってくれなかった言葉を、今言ってくれる人がいる。


 これ以上情けない顔を見られないように俯くと、溶けたアイスの水滴とともに涙がアスファルトを濡らした。


 あの頃一人で家に帰りながら何度こうやって泣いただろう。もう一生分泣いたつもりでいたのに、沢里に出会ってから私はより泣くようになってしまった。


 もう一人じゃない。泣きながら一緒に家に帰ってくれる人がいる。沢里の手が私の頭を撫でる度にぐちゃぐちゃに絡まった思い出が解けていく気がした。


 そう、本当の私は誰かと歌うことが好きだった。父の下手なギターに合わせて、柾輝くんと私が歌う。塗り潰されていた記憶が掘り起こされては涙を誘い、家に着く頃には私の顔は溶け切ったアイスのようにぐちゃぐちゃになっていた。


「息もれを治す方法を探そう」


 沢里の真剣な声に顔を上げる。


「親父にも聞いてみるよ。曲がりなりにもアーティスト歴は長いから、発声方法にも詳しいと思う」


「あ、ありがと……」


「なあリンカ。息もれが治ったら、俺と一緒に歌ってくれる?」


 その言葉に私は迷いなく頷く。やりたいことを諦めない。そう決めたのだ。


 もう自分の気持ちを誤魔化さない。私は沢里と歌いたい。


 もう一度頷く私を見て沢里は嬉しそうに目尻を垂らしていた。


「リンカには憧れを押し付け過ぎてたな」


 沢里の言うことは時々難解で、私の理解できる範囲を超えてしまうことがある。


 もう憧れてはくれないの? そう言うと沢里は「俺をどうしたいんだよ」と言って困ったように笑った。

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