八、タランテラ・ループ
第16話
街灯に照らされた夜道に二人分の影が伸びる。とぼとぼと狭い歩幅で進む私に沢里は自転車を押しながら合わせてくれた。帰りたくない、その気持ちは口に出さずとも伝わっているようで。
「家まで送っていくから、殴ったことはちゃんと謝ろうぜ!」
謝って元に戻れるなんて青春ドラマのようにはいかない気がするが、沢里の放つ陽のパワーに引きずられ家路につく。
よくも悪くも竹を割ったような性格の沢里には逃げるという選択肢は思いつきもしないのだろう。
鉛のように重い足を動かしていると、ふと見知った背中が前を歩いていることに気付く。
「あ、おとうさん……?」
「ん? 凛夏ちゃんじゃないか。今帰り?」
背広姿の
「凛夏ちゃんの友達かな?」
「はいっ同じクラスの沢里です」
「そうかそうか。凛夏ちゃんをいつもありがとうねえ」
「こちらこそ! 今から家まで送って行こうとしてたところっす!」
いつもにこにこしている義父とコミュニケーション力に長けた沢里はポンポンと会話を弾ませていた。私はなんとなくその場に居づらくなって自分の靴先に視線を落とす。
「凛夏ちゃん?」
「あの、おとうさん……私」
口を開きかけてまごつく私を二人とも黙って待っていた。頷く沢里の存在に後押しされるように、私は頭を下げる。
「な、殴っちゃた……透流さんのこと。あの、ごめんなさい。今からちゃんと、謝りに行くから」
「殴った? 凛夏ちゃんが透流を?」
ぎょっと目を
普段仕事で忙しくしている義父とはこれまで特に二人で話すこともなく当たり障りのない関係が続いていたが、実の息子を殴ったとあらば私のことを悪く思うに違いない。
顔を伏せたまま、義父の言葉を待つ。
なにを言われるか怯えていると、突然義父はぶはっと思い切り息を吹き出し笑い始めた。
「あっはっはっは!」
思いもしなかった反応に度肝を抜かれ、私は慌てて義父に詰め寄る。
「じ、冗談じゃないよ? 本当だよ? 思いっきり顎をグーでやっちゃって、眼鏡がバーンって飛んでいって……」
「ぶはっふふふ」
「おとうさん!」
挙句の果てには沢里もつられて笑い出してしまうものだから、私はその場でオロオロするしかなかった。
ひとしきり笑った後、義父は苦しげに呼吸しながら私たちに向き直り言った。
「二人ともこれから少しいいかな。沢里くん時間は平気?」
「大丈夫っす!」
困惑する私の背をぽんと叩き、沢里は元気よくその誘いに乗る。急すぎやしないだろうか、しかしそんな心配はあっという間に意気投合する二人には不必要だったのかもしれない。
▽
義父に連れられ着いたのはこぢんまりとした串カツ屋だった。義父は母の凝った手料理とワインを好んでいる印象が強かったため、慣れたように串カツをオーダーするその様子に戸惑いを隠せない。
「お母さんのおしゃれな料理も好きだけど、たまに食べたくなるんだよな」
そう言って生ビールに喉を鳴らす義父に、ぽかんと口を開ける私。
「リンカ、これうまいぞ!」
「うぐっ」
適応力の高い沢里はすでに串をおいしそうに頬張っており、私の開いている口につくね串を突っ込んでくる。
なぜ義父と沢里と一緒に串料理を食しているのか。言われたとおりにつくねを
「おいしい」
空腹を自覚した途端、きゅうとお腹が鳴った。「腹減ってたのか」なんてからかう沢里の腕を抓り、大皿に盛られた串にかぶりつく。
そんな私たちをいつものにこにこ顔で見ていた義父は、ふと沢里のギターに目をやった。
「バンドやってるの?」
「いえ、ギターは練習してるだけっす。弾くのが好きなんで。」
「そうなんだねえ。いや実は、僕好きなバンドがいてね、仕事帰りにライブに行ったりするんだ」
「え!?」
義父の意外な趣味に思わず串を取り落す。家で音楽を聴いている姿は見たことがない。なのに仕事帰りにライブに行くなんてかなり熱狂的ではないか。そんな素振りは全く見られなかったのに。そう思ってからふと気付く。
――いや、私が知ろうとしなかったのだ。義父の趣味のことなど、気にも留めていなかった。
衝撃を受ける私をよそに義父は続ける。
「幼馴染の息子がやってるバンドでね……もうすぐメジャーデビューかなんて言われてる。向こうは僕と父親の関係なんて知らないだろうけど、結構古参ファンだから顔は覚えていてくれてるみたいで」
「へえ、嬉しいですよねそういうの」
沢里の相槌に義父はにこにこ頷く。
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