第6話

「すんません、帰りはこいつと約束してるんで」


「ちょっと!?」


 これほどまでに嫌な予感が的中したことがあっただろうか! あろうことか女子の誘いを断るダシにされたのだ。三人組の強烈な視線に射抜かれ、私は石像のように動けなくなる。


「ふーんそっかあ」


「じゃあ今日は仕方がないね」


「また今度ね沢里くん」


 人を品定めするような目で私の全身を見回してから、三人組は元来た道を戻っていく。


 殺されるかと思った。女子の殺気を体中に浴びてしまった。ぷるぷると体を震わせていると事の元凶がカラリとした笑顔を向けてくる。


「いやー助かった! サンキュー、リンカ」


「馬鹿! どうしてくれるのよ私完全に目付けられちゃったじゃない! 自分に寄ってくる女の子くらい自分で対処してよ!」


 最悪なことが続くと人は叫び疲れてしまうということを身を以て知った。相変わらず目を合わせると首が痛い。


 ぜえぜえと荒い呼吸をする私の肩に、沢里の手がポンと乗る。


「うんうん、怒ってる声も好きだなあ」


「ヒトの話聞いてる!?」


「でも叫びすぎると喉痛めるからほどほどにな」


「誰のせいよ…………最悪、曲も飛んじゃったし。はあ、もう用はないでしょ。さようなら」


「待って、一緒に歌わせてほしい! です!」


 かみ合わない言葉の応酬に疲れその場を離れようとすると、目の前の男はまた昨日と同じことを言いだした。


「【linK】のことは言わないから! あ、本当に。脅しとかじゃなくて!」


「うん、まあそのことはぜひ黙っていてほしいけど」


 どうやら【linK】についての口止めは必要ないらしい。言う人は口止めをしても言うだろうし、言わない人は言わない。こうなったら後者であることを祈るしかない。


「私に構わないでさっきの先輩たちと仲良くしていればいいじゃん。せっかく誘ってくれてるんだし」


 投げやりにそんなことを言ってやると、沢里は眉を下げ困ったように笑う。


「あの人たちは俺じゃなくて、俺のステータスに興味があるんだ」


「ステータス?」


「俺の父親。……ちょっと有名なアーティストなんだ。俺も小さい頃から楽器教え込まれて、演奏したりしてる。けど……どこにいても親の名前が付いて回る。どんな演奏をしても、どんな歌を歌っても。親の情報がどこかから漏れちゃってさ。ああいう人たちは本当の俺じゃなくて、有名人の子どもっていうステータスに興味があるんだよ」


 どうやら美奈の言っていた噂は本当だったようだ。しかし噂の本人は困っている、というより迷惑。そんな風に思っているのが言葉の端々からにじみ出ている。その気持ちを上手く読み取れずにいると、沢里はまた元の笑顔に戻った。


 もしかしたら沢里はあまり女子が得意ではないのではないか。ふとそんな可能性に辿りつく。この笑顔は【linK】に対する営業スマイルなのかもしれない。


「だからそういうステータスを全部とっぱらって、ただの沢里初春として歌いたいと思ってた。そんな時に、目の前に【linK】が現れたんだ。【linK】は自分の作り出した音楽だけで評価されてる。俺と正反対の存在だ。正直、悔しいほど憧れてる」


 どうやら私が思っていたよりも、沢里は【linK】に重い感情を抱いているようだ。言いたいことは理解できる。沢里も本当の自分を押し殺しているのだ。


 互いに共通点があるにもかかわらず、正反対の存在というのは、ある意味正しいのかもしれない。


 私とは考え方が違う。


「ステータスに興味があるって、沢里もそうでしょう。あの先輩たちとなにが違うの?」


「え?」


 その時初めて沢里の笑顔以外の表情を見た。虚を突かれたような、不思議な表情で私を見返してくる。


 かみ合わない会話ばかりしていた中で、私の言葉がようやく届いた。そんな気がする。


「私のこと【linK】としてしか見てないあなたとなにが違うの? じゃあ聞くけど五十嵐凛夏に興味がある? ないよね。それと同じじゃない」


「それは……」


 沢里は難しい顔で押し黙ってしまう。その目は真っ直ぐに私を見ているのに、どこか遠くを見ているようにも感じさせた。


 彼は【linK】にしか興味がない。それは大いに結構だ。私も本当の私は【linK】だと思っている。


 ただ、だからこそ。昨日会ったばかりの存在にさえ、【linK】ではない私をないがしろにされている事実がぽっかりと浮かびあがってしまう。


 自分のしていることを棚に上げて、自分だけ困っているような顔をされるともやもやしてしまうのだ。


「――まあ私は別にそれでもいいけど。ごめん、それじゃあ」


 よく考えたら親が有名だと人には分からない苦労もあるだろう。謝ったのは少し言い過ぎたと思ったからだ。ダシに使われたことを考えれば許してほしいところではある。


 日が暮れかけていることに気付き、私はそそくさと踵を返した。透流さんを待たせてしまったらまた母がぎゃーぎゃーとうるさい。


 歯切れが悪いさようならになってしまうが、どうせまた明日顔を合わせる。


 そう考えていた矢先、肩に重みがかかる。それが沢里の手だと認識した瞬間にぐるんと勢いよく体を振り向かせられた。ポニーテールが視界の端で弧を描いたと思ったら、目に前には沢里の顔。


「ひえっ!」


「リンカ――五十嵐凛夏。確かに俺はお前のこと全然知らない。お前の中の【linK】しか見てなかった。そうだよな……それじゃあ違うよな。でも俺はお前を諦めない。【linK】かどうかは関係なく、まずは……友達からお願いします!」


「と、ともだち?」


 傍から見れば勘違いされそうな、とんでもない台詞を真正面から受け止める。無茶苦茶だ。そして強引だ。


 けれどもしかしたら私は、無意識のうちにこの言葉を待っていたのかもしれない。


 柾輝くんは【linK】も凛夏もどっちも私だと言った。その意味はまだ分からないままだけれど。


 遠くで波音が鳴る。気付いた時にはもう、私は黙って頷いていた。

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