三、アオハル・コントリビュート

第4話


 ▽


 カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ました。数拍遅れて鳴り響いたアラームを止めて、気分の重さにため息を吐く。


 昨日は散々な一日だった。


 あの後沢里から逃げるように自分の教室に戻るとホームルームはとっくに終わっていて。教室に残っていたクラスメイトたちからの、「転校生と知り合いなの?」「どういう関係?」なんて質問を全力で否定しながら帰路に着いた。


 土井ちゃんから心配するメッセージが届いたが、当然全てを説明することはできなかった。


 それに加えて昨晩は新曲の作成を進めるはずだったのに胸がざわざわしてそれどころではなくなってしまったのが痛い。


 おそるおそる柾輝くんに「転校生に【linK】だってばれた」とメッセージを送ったが、返信はない。そういえばライブが立て込んでいると言っていた。唯一の理解者の手も借りられない状況だ。


 一晩たってもまだ心に衝撃が残っている。


『あんたは【linK】だ、間違いない!』


『一緒に歌いたい』


 脳内で繰り返される声を消したくて頭をぶんぶん振っていると、トントンと控えめなノックが部屋に響いた。


「凛夏ちゃん、おはよう。起きてる?」


「はい、おはようございます。透流さん」


 ドア越しの透流さんに慌ててあいさつをする。そのままドアノブに手をかけるが、自分のパジャマ姿を思い出し思いとどまった。


「今日学校が終わったら連絡くれる? 勉強しよう」


「あ、はい……分かりました」


「うん、それじゃあ」


「今はそれどころじゃないんだよ!! 空気読め空気!!」と叫びまわりたい気持ちをぐっと抑え、身支度に取りかかった。


 のたのたと姿見の前でパジャマから制服に着替える。地元では地味可愛いと言われている紺のセーラー服に、白いスカーフ。人によっては校則違反ぎりぎりまで丈をアレンジしたりもしているが、私は膝丈が一番しっくりくる。


 【linK】の時は髪をおろしているが、学校生活を送るならポニーテールが楽だ。


 そんなどこにでもいる女子高校生の姿にこだわる理由は、単に目立ちたくないからの一言に尽きる。


 誰も【linK】と凛夏を紐づけられないように。


 しかし昨日はあの転校生のせいでかなり注目を浴びてしまった。今日は波もたたない沼で静かに息を潜めるように過ごそう。多少周りに言われるかもしれないけれど、黙ってやり過ごそう。


 そんな決意とともに登校した私を待っていたのは、校門前で仁王立ちする今一番見たくない顔だった。


「リンカ!」


「ぎゃーーー!?」


 見間違いであってほしい。聞き違いであってほしい。しかし私の望みはどたばたと笑顔で駆け寄ってくる大男に打ち砕かれる。


 朝の校門なんて一番生徒が集まる場所だ。そこにいるだけで目を惹く沢里が、こともあろうに一直線に私の元へ向かってくる。にこにこにこにこ手を振って。


 周りの生徒たちの視線が全身に突き刺さるのを感じ、心臓が激しく鳴りだした。


 今すぐに逃げ出そうと構えるが、目の前に陣取る沢里のディフェンス力には敵いそうもない。私は諦めてがっくりと肩を落とす。


「おはようリンカ」


「ねえふざけてるの? 名前呼ばないでよ!」


「【linK】とは言ってない!」


「結局同じだからそれ!」


 どうやら私を待ち構えていたらしい。校門から教室まで付いてくる沢里はなぜだか嬉しそうにしている。


「本名も凛夏っていうんだろ。じゃあリンカって呼んでも問題ないよな?」


「問題は……」


 そしてどこかから私の名前をインプットしたらしく、リンカリンカと何度も呼んでくる。恐らく私を【linK】と認識したから、その方が呼びやすいのだろう。


 そして私も苗字で呼ばれるのは、実は苦手だ。


「問題は?」


「……ない、けど」


 友人は皆私のことを名前で呼ぶ。新しい苗字に未だに慣れない私にとってはありがたいことだった。黙ったまま俯く私の顔を沢里はとびきりの笑顔で覗き込んでくる。


「俺、昨日の話諦めてないから。改めてよろしくな、リンカ」


 なんてなれなれしい男なんだ。そして距離が近い。


 私は沢里からぱっと離れ、そのまま教室に駆け込んだ。


 ああ、今日は穏やかに過ごしたかったのに。



 ▽


「凛夏、沢里クンとは元々知り合いなの?」


「そんなわけないじゃん……」


 土井ちゃんとの楽しいランチタイムも沢里の話題で浸食されてしまう。


 沢里は早くもクラスで人気を博している。爽やかな見た目と気さくな性格で、校内でもイケメン転校生だなんてもてはやされていた。


 そんな彼に突然名前を呼ばれなれなれしくされている私に注目が集まるのも仕方がないことかもしれない。


「そうなの? 私てっきり前からの知り合いかと思った。だって昨日、授業中に突然リンカ! だなんて名前呼んでたし。その後二人そろって消えちゃうし」


「ああ、うん……でも本当に、知らない人なんだよね」


 土井ちゃんの疑問はもっともだが、説明が非常に難しい。彼が呼んだのは凛夏ではなく【linK】の方で、なんて言えるはずがない。


「でも向こうはすごく凛夏のこと気に入ってるじゃん。いい感じに見えるけど。正直凛夏的にはどうなのよ?」


「ゴールデンレトリバーのゾンビにしか見えない」


「えーなにそれ。朝も一緒に登校してたってさっき聞いたけど」



 土井ちゃんは冗談交じりのつもりだろうが、正直笑えない状況だ。たまご焼きを口に入れながら面白がる土井ちゃんをじっとりと睨んでいると、手元にふと影が落ちる。


「ねえ五十嵐さんって沢里くんと友達なの?」


「むぐっ」


 同じクラスの華やかな女子代表、美奈みなが私たちを見下すように立っていた。

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