二、ハイスクール・オブリガード

第2話


「昨日の【linK】の配信見た?」


「見た見た。天才。てか【linK】高校生ってマジなん?」


 聞こえてくる会話にぴくりと耳を立てる。


 登校中も音を組み立てていることが多いけれど、配信の次の日はどうしても耳に入ってくるその単語が気になってしまう。


 桜並木を風が抜ける。


 白い花弁とともに、頭の後ろでポニーテールが揺れる感覚。


 乱れた前髪を直してから、噂話とともに校門をくぐる。


 【linK】の作り出す音楽は、私の通う高校でも評判だった。


 女子中高校生を中心に、曲がキャッチーで歌詞が共感を呼ぶとのことだ。


 それもそのはず、本物の女子高校生が一から作っているのだから。


 配信を始めたばかりの頃は、こんなに名が広まるとは思ってもいなかった。


 一人で歌いたい。ただそれだけの気持ちで縋るように始めた。


 凛夏のことを知らない誰かに、【linK】の歌を聴いてほしかった。


 今はこうしてたくさんの人に聴いてもらえている。その事実が陰鬱いんうつとした心を燦々さんさんと照らしてくれる。


「おはよう凛夏! 昨日の配信見た?」


「おはよ土井どいちゃん。見たよー」


 教室に着くといつも元気な土井ちゃんが駆け寄ってきた。


 鞄を置いて私も土井ちゃんに向き直る。


 おさげ髪をくるくると指でいじりながら土井ちゃんは楽しげに【linK】の動画が映るスマホの画面を見せてくれた。


「新曲もいい感じ。完成が楽しみだねっ」


「そうだね」


「【linK】のいいところは作曲してるところを見せてくれることなのよー」


「時々リスナーの意見が反映されたりしてね」


「なんか、一曲一曲に愛着がわくんだよね。花が咲くのを見守っている気分というかさー」


「私もたまたま名前が同じ読み方だから愛着あるんだ」


 土井ちゃんはありがたいことに【linK】の熱狂的なリスナーだ。見ていない動画はないと豪語しているし、配信にもよくコメントをしてくれる。


 目の前に本人がいると知ったらどう思うだろう。


 ひとしきり驚いた後に、黙っていたことを怒られてしまいそうだ。


 けれど、仲のいい土井ちゃんにも私が【linK】であることは知られたくない。


 どうしても。


 【linK】に憧れを抱いている分、その正体を知ったらがっかりするだろう。


 私はなんてことないどこにでもいる女子高校生だ。


 学校でも特に目立たないし、家ではあの有り様。


 きっと私は一生、自分が【linK】だと公言しないだろう。


 皆の思い描く【linK】を壊したくない。


 がっかりされたくない。


 私はずっと一人で歌うと決めたのだ。


 チャイムが鳴り担任の教師が教室に入ってくる。その後ろに、見知らぬ生徒が続いた。


 視界に入るのは大きな体と、キラキラ輝くような人懐っこい笑顔。


 雰囲気が男にも女にもモテると言っている。


 そんな男子が黒板の前に立つ。


 教師に連れられて来る理由はひとつしか思いつかない。


 教室がざわつく。転校生だと誰かが呟いた。


 高校二年の春という進路にも響きそうな時期に転校なんて大変だろうなと思いながら、私はぼんやりと新曲のことを考え始める。


 転校生、新しい風。なんだかいいフレーズが思い付きそう。


 いつも曲先行で作っているため歌詞は曲に合わせて作るが、今回は歌詞も同時に浮かんできそうだ。


 予想外にいい刺激をもらえたことに私は満足し、転校生の彼の名前を聞き流していることを気にもとめず一日を過ごした。


 ――いや、過ごすはずだった。


 一日の最後の授業ももうすぐ終わるという時。


 ぽとり、足元になにかが転がった。消しゴムだ。斜め後ろから転がってきたような気がする。


 私は消しゴムを拾い上げ、そのままの流れで持ち主であろう人物の机に乗せる。


「はい、消しゴム。落ちたよ」


 なんでもない行動のはずだった。


 よくある日常の一コマだ。相手の返事がないのはどうってことないやり取りだからだと思っていた。


 その瞬間、消しゴムを拾った手を強い力で掴みあげられるまでは。


「え!?」


 斜め後ろに座っていたのは、なぜか私より驚いた顔をしている転校生。


 彼が斜め後ろの席にいたことすら気付いていなかった私はいきなりの出来事に硬直する。


 なんで手を掴まれているの?


 なんでそんなに驚いた顔をしているの?


 周囲の生徒も首を傾げている。


 私だってできるものなら首を傾げまくりたいし消しゴムを拾っただけだと弁明したい。


 しかし体勢的にそれはつらい。しかもまだ授業中だ。


「あの、なに? 放してもらえるかな」


 手を引き抜こうとするがいかんせん相手の力が強い。


 消しゴムごとぎゅうっと握られる手と、全く外されない視線に私はすっかり参ってしまった。


「お前…………」


 我に返ったようにようやく口を開いた彼は、驚きの表情から見る見るうちに花が咲くような表情へと変わる。


 え? なに? などという私の問いは全く無視され、握られていた手はついにがっしりと両手で包み込まれてしまった。


「【linK】!!」


「え…………!?」


 彼の歓喜の叫びとともに、間抜けにも授業終了のチャイムが響き渡った。


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