背理に抗う天秤-6-
二件目に訪れた犯行現場でも、
現場から最も近い病院の個室には、僕と同年代の生き残りの少年――
「僕の父親と母親はね、僕のことをサンドバッグか何かと勘違いしてたのか、鬱憤が溜まると何かと殴りつけてくるクソ野郎共だった」
そう意気揚々に独白する彼もまた、家庭内暴力の被害者だった。家族から人間扱いされない辛さは経験者でもない限り知り得ない感覚だが、状況を察するにその身体的及び精神的苦痛は想像を絶するものと思える。サンドバッグにされる――つまり打撃の標的にされる行為は、普通に考えても悪感情しか抱けないのに、自らの子供をそう扱う人間の心情など全く理解に及ばない。
子供やパートナーに手を挙げる大人達が殺害対象になっている犯罪件数を数えればこそ、
初手から真正直に虐待の仔細を語られるとは思わなかったが、今回の騒動が他者に加害した者が死に、被害を受けた者が生き延びる。そういった法則の下で成り立っている犯罪であることから、最初に立てた仮説が正しかったものなのだと、論理的帰結に到達する。
「それがどうだ、あのクソ野郎共は悪魔の化身に
高らかに嗤う
ただ、顔は満面の笑みを浮かべているにも拘らず、彼自身も無意識のうちに一筋の涙を流している辺り、両親との死別は彼にとって間違いなく悲哀や虚無という心模様を反映していただろうことは明らかだった。
「長かったサンドバッグ人生が終わった。終わった、はずなのに……。どうして! こんなに胸が苦しいんだ!!」
僕達は泣き荒ぶ少年を一人残して、病室を後にした。親しい者を亡くした悲しみを癒す最大の薬は、過ぎ去っていく時間だけだ。下手な慰めは返って反感を買う。それを知っているからこそ、僕達はこれ以上彼に干渉しないよう静かにその場を離れたのである。
そして三件目の犯行現場。ここでも
本件でも生存者が一名いたが、生存者は女性――
「化物です。この世のものとは思えない化物が、私の最愛の彼を、殺しました」
自らを虐げた両親の不幸を嘲りつつも無意識に嘆く極端な感情のブレを見せる少年もいれば、ただ純粋に自らを虐げたパートナーの不幸に気を病む女性もいる。虐待側への報復は気分が晴れるものと当然のように認識していたが、現状は千差万別の反応に溢れ返っている。全ての人間が表面的に美しい復讐劇のようにも見える殺人事件を、真正面から享受できていないことを考えればこそ、今回の一連の
「ここまでで分かったことを纏めよう」
レンさんがパンと両手を叩いて空気を引き締める。僕と彼の部下二人は静かに頷くと、レンさんの言葉の続きを待った。
「犯人はヒト型
三件の被害者・近隣住民達から掻き集めた情報を集約した結果、導かれた解がこれだ。それでも遅かれ早かれ皆何処かでこの答えに辿り着いていたであろうことは明白。レンさんは
「――喜べ諸君。
大方次の標的になるであろう話題に上がった家庭の絞り込み。虐待が横行する一つの家庭を見張る――それが次に課せられた僕達の課題であろう。
生存者達の涙を忘れられないが故に、同じ結末を招かないよう今後一人の被害者も出さないこと。僕の目標はそこに定まりつつあった。
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