背理に抗う天秤-2-
第三師管区総司令部が鎮座するアミティエ第一都市たるヴァルフルーリィ区域とは異なり、第三都市であるアシュラム区域は、都市部ともなればそれなりに栄えているものの、一旦街の外れに出てしまえばそこはもう片田舎であった。僕達第一部隊一行は、その
「ここは、都市部に比べて街から外れると極端に人が少ないですね。どこもかしこも人でごった返しているヴァルフルーリィとは大違いだ」
二時間に一~二本ほどしか来ないバスに乗車し、砂利道を走る車輪の振動に揺られながら、初めてアシュラム区域に来訪したのであろうルカさんが、ぼそりとそう呟く。ティムさんも興味津々といった感じで、次から次へと流れていく車窓の景色に心做し無我夢中になっているように見えた。彼もアシュラムは初めてなのだろう。
僕個人としては、ヴァルフルーリィ区域という以前に第三師管区総司令部所属の
沢山の観光客もいれば、大勢の常連客もいる。そういった繁栄振りを見せるそれは、恐らく毎日デザインの変わるお洒落な御朱印や、毎月のイベント毎に変化する上品なデザインの御守り、二月に一回参拝者にお披露目する
そんなヴァルフルーリィ区域とは打って変わって至極静謐としたアシュラム区域の片田舎では、相次ぐ猟奇的連続殺人が滞ることなく連綿と続いている。初の事件発生が三ヶ月前の始め。そこから四~五日置きに犯行は続いており、確たる証拠たるものは一切残されていないという隠蔽工作の徹底振り。
現場には指紋も耳紋も唇紋も足跡も残されてはおらず、毛髪や皮膚片、血痕などのDNA鑑定に回せるような個人を特定する情報も、何一つとして獲得させてはくれない。現場にあるのは何かを引き摺ったかのような轍に似た形跡だけで、被害者の死亡確認当初身綺麗な衣服を纏っていることを確認する辺り、彼らの体躯を引き摺ったという仮説も聊か現実的ではない。殺害に及んだ殺傷武器を引き摺った名残とも、また違う。這い摺り回った後のような轍から、警察は鰐や大蛇の獣の類いかも知れないと考えもしたようだが、それにしては順当な計画的側面が強過ぎる。結局、その痕跡の正体は謎のまま、警察は泣く泣く情報をこちらへと引き渡したのだった。
勿論被害者の中にも僅かばかりの生存者はいるものの、彼ら自身が自ら何も語ろうとしない、或いは語ることができない状況下に置かれている点を踏まえると、情報の収集は困難を極めそうであった。奇しくも現場の情景を語った数名によれば「あれは化物のせいだ」と口を揃えて怯えた仕草を見せるが、その反面で、そんな恐怖体験を経た傍らでどこか安堵や喜楽の表情を浮かべるのだという。
化物とは何ぞや――そう問えば、返って来るのは「分からない」「見たこともない生物」「悪魔だ」との非現実的な証言ばかり。
不可解極まりない状況に、最早警察はお手上げ。しかし二進も三進も行かないその一方で犯罪は相次ぐものだから、止むを得ず軍の最高戦力に依頼解決を決断したのであろう。
真相が謎に包まれる中、現場に辿り着けば何か掴めるのではないかと、僕達は現地へ向かう。客観的に見れば、警察が白旗を掲げた難問をどうこうするなど一軍人には無理に等しい試みであるが、何せ彼ら
しかし、浮かれている場合ではないと己を叱咤する。当事者意識が欠けていることに気付き、咄嗟に会話に加わることでその場を取り繕った。
「こういった
純粋な質問だ。医療や科学分野の研究進度が著しい、
「随分と
ちなみに言えば、そこから
運賃の支払いはどうするのかとまごまごしているうちに、レンさんが「第三師管区総司令部所属の者だ。此度の任務遂行のため協力を仰ぎたい。宜しいか?」と簡潔に尋ねる。すると運転手は「お国の軍人様でしたか。どうぞご降車ください。総司令部の任務とあらば運賃は頂きません」と明朗に返答した。
軍の内部では
現地に降り立ち、目的の民家へ向かう。
漆黒の軍服を身に纏ったガスマスクの集団が物珍しくもあったのだろうが、村々の人達が僕達を見るや否やこちらに向かって一礼する様は、軍人という存在が社会貢献に寄与している面が表立ち、尊敬の対象になっているからだと、納得する。
「失礼、ご婦人。
一連の騒動で最も直近で犠牲になったのが
レンさんが通り掛かりの老婆に尋ねると、老婆は全身黒づくめの出立ちの男集団に驚いてはいたものの、
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