第一章:宵闇に蠢く者
File 04:背理に抗う天秤
背理に抗う天秤-1-
警察から提供された、現場検証時の
被害者が
但し、一家惨殺と言えど生存者が全く存在しないという訳ではなく、何件かに数件は生存者が数名残っているというものであった。それは、生存者が犯行時
そんな中。僕は一人で全く話題と関係のないことに沈潜していた。それは、先ほど渡された拳銃の使用意図だ。心神喪失した
つまるところ、上の空。大切な情報収集の場で完全に気が緩んでいた、ということに他ならない。重大な情報共有が行われる場で何を呑気に、と思われそうだが、僕はこれまで人の命に手をかけることもなければ、羽虫も殺したことのない
拳銃の扱い方は一通り習熟しているし、発砲までの手順もこの身体が覚えている。一思いに殺せ、と命じられれば遂行するだけの技術はある。言ってしまえば後に残るのは気持ちの問題、なのである。通常の人間からすれば俄然承服し難い命令ではあるのだが。
「――おい、ハチ。お前、今までの話ちゃんと聞いていたか?」
「あ! えと、……すみません。きちんと、聞けていなかった……です……」
そんな折、僕の様子を見透かしたかのようにレンさんが声を掛けてくる。内容にはきちんと耳を傾けていたつもりでも、心ここに在らずといった風に、詳細は右から左へと静かに流れていたのが実状。情報の欠片が一片たりとて定着していない脳内は、この後行われる
「はあ。差し詰めさっき渡した銃のことで思い悩んでいる、ってところか」
図星を指され、肩が跳ねる。
言わずもがな、最低限これ以上の被害者増加を防がんとすることを理由に、人間性を喪失した元人間たる
だが、自己防衛と称して被害者を射殺しなければいけない状況だけはどうにも釈然としない。心身喪失したとはいえ、相手は
先ほど拝領した拳銃・グロック19には、自己防衛のためとは言えど、その利己的な理由のためだけに銃弾を撃ち込み、対象を殺めるという責任が付き纏う。自らの人生に加え、赤の他人の人生を背負わなければならない重圧に押し潰されそうな、そんな感覚がしたのだ。
「どうやらお前は正しい倫理観のある親に育てられたんだろうな。命は万人にとって尊いもの、そう教わっているんだろう。だがな、目紛しく変わる戦況の中で、綺麗事を貫けるほどこの世は美しくも何でもない。状況を把握し損ねた奴から脱落していく泥臭い
まるで諭すかのように無情な現実を語るレンさんに、喜怒哀楽を示す表情はどれもない。恐らく、任務中救出した生存者から、襲撃を受けた経験が幾度もあるからこその発言なのだろう。無感情なそれが、雄弁にことを物語る。
また、軍に在籍する以上、謝礼や恩義を頂戴するのが目的ではないことも承知している。そんな一銭の金にならないもののために軍が動く訳もあるまい。飽くまで、金のやり取りを中心とした任務遂行が目標となる、単純明快な界隈である。であるからこそ、行動は端的に効率的に無駄なく
軍人としては理論的かつ正論ではあるのだろうが、倫理的には大いに欠如していると思われるそれ。自分の身を守るために承服せよとする忠言に無理矢理溜飲を下げるしか、僕には手立てが残されていなかった。
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