練兵に倣う灰滅-12-
「水分補給をしよう。そうしたら休憩で俺と鬼事をするぞ」
煌いた笑顔で告げる言葉に悪意はなくとも、「この人は僕を殺す気か?」と狐疑の皺を眉間に浮かべた。それほどのレベルで全身が疲労を訴えていたのである。鬼事と名ばかりは可愛いものだが、実際問題逃げ回るティムさん相手に僕が本気で鬼を全うしたとて一向に捕まる気配はない。
「鬼役なのだから真剣にならずともダラダラやって終わりにすればいいのでは?」という意見も出そうだが、「全力を出していないようなら、明日以降から基礎体力向上メニューを増やして教練の終了時間を後ろ倒しにするぞ?」と爽やかに脅されているため、そうも言ってられないのである。そんなのは御免だ。僕だって正直言って早く帰って寝たいし休みたい。
また、ティムさんを捕まえた時は、報酬として約三時間早く訓練を切り上げることが条件に入っているのも、大きなアドバンテージだ。怠惰は時に人を強靭にするものである。何としても捕えてやる――その一心で、僕は死に物狂いでティムさんの背を追い掛けているのだから。
「よし、今日の鬼事はここまで!」
そうティムさんが合図を出す。結果的にティムさんを捕まえるどころか触れられることすら一度もなかった。素速さ自体は本気を出していないのだろうが、身の
「一度もティムさんのこと、捕まえられなかった……」
「初日で新人に捕まるほど俺もヤワじゃないさ」
僕は汗だくだが、ティムさんだけ涼しい顔で汗一つ流していないというのが、これまた何だか悔しくもある。心中、「ティムさんから一本取ってやるぞ」と密かな野望が生まれたのは、生来の負けず嫌いが顔を出したからだろうか。しかし、一本取るにはどうすればいいか、まずは戦略を練らねば、と一人思案する。
次に始まるのは、対
何と
とは言え、ある程度各種
「ハチ、気を抜くと戦場じゃ真っ先に死ぬぞ」
ティムさんが真顔で冷たく言い放つ。途端に現実に引き戻された僕は、手に掛けるという気持ちに踏ん切りがつかぬまま、肉薄する
「ハチ、お前は
「……はい。十分分かっているつもりでしたが、元人間を手に掛ける状況を、上手く甘受できていなかった。まだまだ覚悟が足りない、証拠ですね」
「
「戦場で役立つ以前に
「なら、より一層の精進を欠かさないことだな」
人を殺す――無縁だったとは言えど、この世界に足を踏み入れた以上、逆らえない鉄則である。上官の命令無視は罰則ものだ。記憶を取り戻すことと内通者を炙り出すことを課せられた身としては、禁を犯してまで罰則を受ける余裕はない。
社会に仇なす危険種族を排除せんと行動するのは、害獣の駆除と一緒。例えそれが、過去通常の生活を営んでいた健全な人間だったのだとしても。そう自分を無理矢理にでも納得させる他に、辿る道は残されていないのだ。
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