首輪に従う黒狗-7-

 その説明によれば、まずここはの有名な自由国家・アミティエの国防を担う第三師管区総司令部であると言う。そこには国家非公開の軍事主力部隊・K-9sケーナインズが所属し、そのK-9sケーナインズを構成する者達が、少佐のような第一級接触禁忌種と呼ばれる生体兵器や、それに準ずる生命体なのだとか。K-9sケーナインズという組織自体は、現状第三師管区総司令部に限ってのみ設けられた、各国の各師管区総司令部には存在し得ない極貴重な少数精鋭部隊らしい。一部隊三人一組スリーマンセルで構築される全十部隊の軍人達は「人類史上最強の歩兵部隊である」とも語る桐生きりゅう氏。世間一般に秘匿された存在でありながら、強靭な部隊配備を為す。そんな陸軍を誇らしげにする彼は、そうして莞爾かんじとして笑んだのだった。


「つまり、僕はK-9sケーナインズの内部調査を行う密偵スパイとして過ごしながら、『K-9sケーナインズの保護対象という名目で彼らの下に配属される』ってことで相違ないですか?」


「無事理解が追い付いている様子で安心したよ。さあ、次は何について話そうか?」


 桐生きりゅう氏の懇ろな解説に「なるほど」と相槌を打っている隣で、ルベルロイデ少佐は煩瑣はんさ極まる言論の応酬にうんざりした様子でいた。大変申し訳ないのだが次は禍津子まがつみ侵蝕者イローダーについて詳説してもらうつもりでいる――要するに少佐殿には十中八九長丁場になるであろう質疑応答の盤面に、少しばかりご同席頂く必要がある、という訳だ。まあ先刻の悶着で行使された暴力の代償とでも思ってくれ、とばかりに、僕は彼個人の都合など一切気に留めず疑義を紐解いていく。


「では、次に禍津子まがつみ侵蝕者イローダーについて、教えて頂けますか?」


「ああ、構わないよ」


 侵蝕者イローダー、それは現在知られている人間の変死に大きく関与する、人類のかたきとも言うべき超危険生命体――つまり厄災の使者・禍津子まがつみである。人類に悪影響を与えるその正体は、杏病原体プラルメソーシと呼ばれるウイルス特有の侵蝕因子であり、有機物・無機物問わずに侵食するものらしい。杏病原体プラルメソーシの侵蝕因子は、それらを侵食した後全てを支配下に置いて活動力を与えると、更に侵食を進行させんと、周囲に見境なく害を為すものであるのだそうだ。そう、それはまるで水や風などの外的営力が、岩石や地層を削っていくかのように。そしてそれを討伐するために組まれた部隊こそが、K-9sケーナインズであると。桐生きりゅう氏はそのように語った。


「ハチ。言い忘れていたが一つだけ注意して欲しい。それは今君の質問に応じている返答が、世間や殆どの軍兵に認知されてはいけない秘匿情報であり、一般的に緘口令が敷かれている内容だ。相手が軍人だからと言って、『不用意に誰彼構わず発言するのは、今後慎まなければならない』ということを、重々承知してくれ」


 要は、K-9sケーナインズの事実上の存在意義も侵蝕者イローダーの存在も、国民や軍部下層には周知されていない存在だと、桐生きりゅう氏は丁寧に解説をしていった。つまりK-9sケーナインズという部隊そのものは軍部全体に広く認知はされているものの、それは飽くまで特殊精鋭部隊という認識で、侵蝕者イローダー殲滅に大きく貢献していることまでは聞き及んでいないということだ。

 これらを隠す理由があるとすれば、それは国民の混乱を回避するため。何故ならば、侵蝕者イローダーはその侵蝕する特性から現存するあらゆる兵器が通用しないため、人類に太刀打ちする術が残されていないからだ。加えて杏病原体プラルメソーシに感染すれば、即死、若しくは人間性の喪失がほぼ確定で訪れるという――所謂いわゆる恐慌状態を招く危険性を孕んでいる。


 しかし、唯一第一級接触禁忌種の血液を媒体とした遠近を問わない直接攻撃が有効とされる中、彼らK-9sケーナインズの実用性は、大きく評価された。特に、血を媒介として攻撃を繰り出す鉤爪式の軍器・血晶刃ブロッジや、侵蝕者イローダー杏病原体プラルメソーシの侵蝕因子による体内侵蝕から身を守るガスマスク・虚飾面フェイスレスがバトルプルーフされてはいるものの、第一級接触禁忌種の血液を用いた戦闘という面においては、衛生面での問題が拭えないため、一般人がそれらを用いて戦闘に参与するというのは、あまりに非現実的な懸案事項であろう。


 国民はそれすらも認知していないのが現状ではあるが、対抗手段のないものを公開してパニックを招くぐらいなら、粛々とK-9sケーナインズが未解決事件を追跡、かつ解決する方が現実的なのは明らか。故に、現状人間側に保持された侵蝕者イローダーの対抗手段を、K-9sケーナインズが影から代行して講じている、という訳だ。


「――一つ質問なんですが……」


「許可しよう」

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